03 人形使い2
昔、人形供養で有名だったとある神社に供養されずに捨てられた人形たちが夜な夜な動き出し人を襲う……という話。
それが伊藤さんが特ダネとして私に語ってくれた話だった。
興味深い話と表現したが嘘はついてない。人形使いの私としてはその神社を今まで知らなかったことが残念だったし、内容がまた変な話だったから。
“人を襲う”人形の話は初耳だし“供養されずに捨てられた人形たち”が人を襲うなんてのは耳を疑った。それも最近になってだという。
人形に人が感情を持ち、愛情等を注ぐことによって魂を得る。いや、もちろんそんなに簡単な話ではないがそんな流れ。だから私のような人形使いじゃなくとも、魂自体は籠めることが可能なのだ。
ただ、強弱や効果範囲が変わるだけであって、普通にしていて動き出す——なんてびっくりな事はまず起きない。
例えば藁人形はわかりやすい例だ。
五寸釘を打って呪う行為自体は効果を疑うが、その呪う時の憎悪や邪気みたいなのは恐ろしい効果をもたらす可能性を私は否定出来ない。それが本家本元の本格的な行為なら尚更。
いやーこわいこわい。
でもいくら魂を籠めたからといって魂が永遠に持続するのはあまり聞かない。世界の呪い人形みたいなのもあるけど、一般的な人形はまず無いと思う。
その人が人形を必要としなくなり、さよならを宣言した時点で人形の役目はそこで終わる。
魂が人形から消えるのだ。
だから供養をわざわざしなくても呪われたりはしないのだが、“供養されずに捨てられた人形たちが人を襲う”という噂はどうしても疑ってしまう。なんと言っても呪われるのは大切にしない人くらいだと思う。
それか強過ぎる気持ち。
さらに例外を言うなら、私のような存在。
どうしても気になってやって来たはいいものの、声が聞こえるのが事実を物語っているようで怖くなった。
女の子の歌声。
確かに呼ぶ声。
青春を謳歌せずにこんな寂れた神社に来てオカルト調査なんて我ながら悲しいものだ。まあ、あの、友達いないんだけど。仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
『すくう?』
女の子の声は困惑の色を宿していた。
噂の神社に踏み入れた私の目に飛び込んだのは、部屋を隙間無く埋め尽くす人形たち。そして感じ取った人形たちのツラそうな空気。
ま、自分でもバカみたいだなあ……とは思ってたけどお節介ってついついしてしまうものである。そう、これは半分お節介だ。さらに半分は私のワガママ。あれ、というか全部ワガママ?
かなり勢いで発言してしまった。
腕に抱いた親友のクマぬいぐるみ、なんて言ってしまうとぼっちレベルに拍車がかかるので避けたい単語だが、事実こちらのナイトが私の親友である。同時に私を守ってくれる戦士。
ナイトを落ち着かせるように頭を優しく撫でた。「お人好しが過ぎる、もう少し慎重にならないか?」とでも言い出しそうだ。あーいや、言ってるのか。説教されないと良いけどなあ。
と考えが違う方向に走っていることに気付いた。危ない危ない。
「うん、君たちを開放したい」
こんなところに居続けるなんて哀しすぎるから——。
この場所を見て、そう思った。
雰囲気もそうだが、こんなにギッシリ狭い空間に詰め込まれてもよろしくないだろう。私なら一日もしない内に参る。ここはプライベートも重視してパーテーションで区切って……なんて冗談は置いといて。
『救う。貴女が私達を?』
「そうだよ」
彼女の問いに即答する。
周りの人形たちは私の言葉を聞いてざわついた。
なぜだろうか?
救うってことがそんなにいけないのか。
『……残念だけど、無理よ』
「えっ」
否定された理由を聞きたい。そう思ったのがわかったのか、彼女は話し出す。
『貴女は私達と話せる。そして他には無い能力を持っている。そこらの人間より私達を救える』
「だったら……!」
『でも、これは救いようが無いの』
哀しげに声が響いた。
私は言葉を飲み込む。
『——私達は繋ぎ止められている』
何に?
問うように周りに視線を投げる。
先ほどのざわつきは消え去り、痛いぐらいの静けさが辺りを包んだ。
『わからない、でもここでは無いところ』
まるで掴み所がない。
本人たちさえ、わからない状況にあるのか。人形だけど。
でも、そっか。
「君たちは、開放されたいの?」
こっちが先か。救える救えないは後回しだろう。
つい状況に飲まれて勢い付いてしまったが、開放されたい気持ちがなければ私の出る幕はない。勝手に救うだなんだ言ってるのもあれだが、実行して嫌ならそれこそありがた迷惑というもの。
『……もちろん……』
彼女の声を筆頭に周りの人形たちも口々に同意を示す。やっぱり、ここから出たくないわけじゃないらしい。
ざわざわと波紋が広がる。
こうして見ると人形も人間と似ていた。
手元のナイトは黙って事の成り行きを見守っている。
『私達はずっと長い間この中に居る。私達には自分達を救う術がない。ここから出る事も、魂を浄化する事も出来ない』
開放されたい意志があっても出来ない理由がある。そう言いたいみたいだ。でも、肝心の理由が彼女たちにもわからないらしい。
「方法は無い?」
情報不足だ。
私には魂の浄化とは少し違うけど、魂を人形から解放する術はある。でも、肌で感じた。解放さえ出来そうにないと。何故かはわからないけど、そのように力が作用しているみたいだった。
私の能力でも無理なの……?
この事実はさすがに驚きだ。
というかそもそも、供養されずに捨てられた人形たちが夜な夜な動き出して人を襲うって話は何だったんだろう?
デマ、かな……。
『あるにはある、けれど』
戸惑いの色が滲む。
言い淀む彼女は言っていいものか迷っているみたいだった。
他の人形たちは黙っている。
どうやら彼女がリーダーっぽく、彼女を中心に動いているようだ。やはり人間染みている。
「じゃあ言いにくいんだったら他の質問いいかな?」
話を変えてみる。彼女はほっと安堵していた。
いや、顔は見えないけど。人形だけど。
「ここらへんで人形たちが暴れて人を襲うって噂を聞いたんだけど、心当たりない?」
あえてあなた達がやってるなどとは言わなかった。下手にペラペラ話して警戒されても困るし。……今更な感は否めないけど。
『それは私達のこと、かな?』
幾分の間を空けて、彼女はそう答える。
人形たちが凍り付く。
元々そんなに動いてなかったけどさ。
いやそれより、
「え、でもここから出られないって」
白状が早い上に矛盾ばかりがある。
出られず、どこかに繋ぎ止められ、なのに人を襲う?
謎かけみたいだ。
『ええ、直接的ではないけれ……っ!?』
彼女から息を飲む声が聞こえた。
「どうしたの?」
『貴女はここに居てはいけない! 早く立ち去った方がいいわ』
「そんないきなり、何言って……」
『早く、逃げ……て…………』
彼女の声が苦しげになっていた。
よくわからない。でも唯一わかるのは、今から何かよろしくない事が起きようとしている、ということ。
ナイトがピリピリと空気を震わし、臨戦態勢に入っている。
一気に体が重くなった。
最初に中へ入った時と比べ物にならないくらいの圧迫感。そして痺れる程の重力感。
待って待って、私には肉体強化系の能力は無いんだよ!?
自分が普通では無いからこそ余裕があった。普通が羨ましくて、普通ではあれないとわかって、だからこそ普通ではない私に危機を感じさせる敵はいなかった。一点を除いては平々凡々なんだけど——と愚痴る暇はない。
体勢が崩れる寸前で持ち直す。
「一体……なにが?」
ナイトを守るように抱え直し、周りを見回す。
漏れる掠れた声。私がその声を出したことに遅れて気付いた。そして息を飲む。
この状況を作ったのは人形たちなのではないかと一瞬でも疑った。疑ったが、身体に走る感覚に違和感を覚えるのだ。なにより————
人形たちが悲鳴を上げている。
異世界へ向かうのは後ちょい先になります。
さらに桜さんが能力をバシバシ使うのはもっと先になります。
ご了承くださいませ。