29 解決せよ1
ガナッシュは眩しげにこちらを見ている。そしてゆっくりたてがみを揺らして首肯した。
「えっと?」
「いや、そんな目をする人間がまだこの世にはいたのかと世界の広さを思い知ったところだ」
いつからガナッシュはこの世界にいたのか。本当なら自己紹介でもゆっくりして、人形昔話に耳を傾けるところ。しかし残念ながらそのような時間は残されていない。
「ごめんね。こっちのこと全く話してないのに聞いてばかりで」
「恩人に頼み事をしているのだ。貰ってばかりでは釣り合わないだろう? 疑うことも無いとわかっただけでも十分だ。そちらは時間が無いようだしな」
ガナッシュはたてがみにしがみ付くオペラを気にもしていないようで、オペラが落ちそうになっても無反応だった。危ないから降りなよオペラ。
「疑うことも無い?」
「先ほど、お主が当たり前のことのように我らを見捨てないと言ったこと、協力しようと尽力を続けていること、それは信用するに足るだろ?」
「私のワガママなんだけど……」
「ははっ謙虚だな」
正直、私がどうにか出来るレベルではないと思う。実際に能力は効果がなかった。
でも見捨てられないという私の判断で辿り着いた展開。責任持って協力したい。
「私の能力が効かないなんて何だか悔しいから協力するよ」
「それは有難い。是非お願いする」
ベッドに伏せる黄金の獅子の隣に再び腰を掛ける。特有の軋む音を耳にしながら、内容を整理してゆく。
この部屋の主フィレナ。人形の持ち主で日記も彼女が記したもの。良家のお嬢様で部屋にヒッキー状態。しかし三ヶ月ほど前から人形たちや私でも話が出来ない特殊な人形へ変わっていた。
うーん異世界ファンタジーの気持ちでいたけど、まさか異世界ミステリーのノリになるなんて……本当にパンクしそう。
そんなことをフワフワ考えていると、隣からギシッと沈む感覚。次に剥き出しの脚にくすぐったさを感じた。危うく悲鳴を上げそうになって無言で太ももをなぞる手を捕獲。
気を紛らわせてくれたのは有難いけれど他に方法はなかったのだろうか。
伊藤さんの片手をイタズラ出来ないよう握ってガナッシュに問いかけた。
「口の聞けない人形になった人間。素性もわからないお姫様かあ。ねえガナッシュ。フィレナさんの詳しい話が聞きたいんだけど、フィレナさんってどんな人?」
フィレナとはどのような人物か、そこもまた大切な部分だろう。
「見た目はその人形と瓜二つ。姫は姉を尊敬し親を愛していた。我々のようなぬいぐるみまで大切にするほど慈愛ある方だ。姫なら姫らしく国を守ろうと、一人黙々と本を読み魔法と剣技の研鑽を積み、仕草さえも姫であろうとした。高潔で優し過ぎる方。丁度、お主と似た激情も兼ねていた」
フィレナが主人であるからと補正がかかっているかもしれないが、ヤバそうな悪い人ではなかったようだ。
「部屋に閉じ込められ心も閉鎖的になるのが筋というのに、これは守ってくれているから、自分が守れるまでになれば自分も広い世界を見れるんじゃないかと言っていたな。みんな優しいから平気と言って、我々にさえ弱音を吐かなかった。それが……こんなことに」
なるほど、それは優し過ぎて壊れそうだ。
不意に隣から視線を感じて、チラッと顔を上げてみる。伊藤さんとナイトが私に物言いたげな目線をしていた。私、何も喋って無いんだけど何で責めるような目で見るの……?
「良い人なんだね」
「良い人でも過ぎると困りものだがな」
苦笑して、猫のように顔を掻くガナッシュ。前足でオペラに触れたのか少し驚いていた。
「フィレナさんのお姉さんや親はどんな人なの?」
「親は忙しい身だと言っていた。年一回しか会えないと。姉は隙を見ては会いに来ていたぞ。姫より身長が高く、髪は短くて深い青に近い色。姫と同じ黄金の瞳は綺麗だった。あまり似ない姉妹だったが馬が合うんだろう。世間話をしたり、よく剣の本を一緒に読んでいたな。時折見せる哀しげな表情が印象的な娘だった。口では愉快げに話していたが」
なるほど、良い妹に良い姉か。
姉が嵌めたと言う線も無くはないかな。
どの世でも、訳のわからない陰謀はどこに潜んでるかわからない。その陰謀らしきモノに巻き込まれた私が言うのだから説得力はあるだろう。
陰謀恐ろしい。陰謀マジこわい。
「そしてあの日。姫が人形になってから数日後。使用人は外に食事を置くだけで気付かなかったが、訪ねた姉は姫が失踪したと酷く焦っていた。人形には気付かずにな」
…………。
あれ、それだと姉は本気で無実やん。まだ見ぬお姉さん申し訳ございません。確実に疑っておりました。誰もいない部屋で慌てる必要無いもんね。
容疑者リストから消えてゆく。キャストも揃ってないのに容疑者リストもなにも無さげだけど。
「姫と我らが少なくとも話せれば良かったのだがな。口無しの人形とは些か苦しいものがある」
ガナッシュは苦々しげにそう呟いた。
…………?
自身の腕を組んで右の人差し指で二の腕を爪弾く。
何か、おかしいことがある。
フィレナというお姫様。
お姉さんと親御さん。
王城とこの部屋。
日記と口無し人形。
今回の騒ぎとこの話の関係性。
ゆっくり、話を思い返す。
トントントントン
考えろ考えろ考えろ考えろ。
どう繋がるのか。なぜこうなったのか。
時間は悪戯に経過してゆく。
瞑目して、洗い出して、普段使わない脳みそをフル回転させて、熱を持って、目の前が真っ白になりかけた。
「相田さん」
永遠かと思う時間を過ごして、静寂の空間を引き裂く彼女の声。
「もう諦めて下さい」
私の組んだ腕を解くように触れた。掛ける言葉と裏腹に、声音は優しく耳朶に残る。
優しくされたら甘えたくなるのになあ。
苦笑いで頭を掻き、伊藤さんの手を握った。彼女の頭上にはハテナが浮かんでいた。
「えーと待って待って、考えたんだ。推測と勘と勘と第六感に基づいた結果なんだけど、聞く?」
その瞬間、全員が頭上にハテナを浮かばせていた。
意味を理解し始めた面々は、次第に疑惑と困惑の色が濃くなる。
いや、ちょっと信用無さすぎじゃあないです?
「ボクはまあともかくだが、志乃が答え出てない話に答えが出たってのか? 間違いじゃねーか?」
渋い顔をしたロシェがそう苦言を呈した。
まーそれは当たり前の反応である。なにせいつも私の味方をしてくれるナイトでさえ、その言葉に何も言わないのだから。
ナイトは驚いた後、腕を組み目を閉じたまま。
確かに伊藤さんがこの中で一番に洞察力や考察力がズバ抜けている。ロシェも引けを取らない。短期間でそれはよくわかっている。
逆も然り。私は誠に残念ながら、ぼーっとして話を聞かないし難しいことを考えることが苦手。ぐちゃぐちゃしてしまう。
自慢ではないが頭脳戦は誰かに押し付けるタイプである。うんうん適材適所だよね!
その私が伊藤さんの知らない領域まで行けるわけがないのだ。伊藤さんは未だに驚愕に目を見開いていた。
適材適所だからといっても今回は緊急事態なわけで、ちょっとは働かないといけない。
それは何故か。とても簡単な話だ。
私は今のうちに活躍する。この人形使い能力で活路を切り開くシーン。その後は伊藤さんの推理シーンとナイトのバトルシーン。レジェンド主人公ロシェによるクライマックス。
……ここまで視える。そう私の見せ場はここなんだ!
グッと密かに握りこぶしをつくる。
小説やマンガを読み込みゲームをやり込みナイトとテレビを観ていた私だからわかる。どの物語にも相応の流れがあり、分岐にさえ気を付けていれば穏便に済ますことが出来る。しかもあまり目立たずにだ。
因果律を味方に今が追い風だ先手必勝おおおおお!
「だーかーらーほとんど勘なんだって」
考えていることを微塵にも出さないよう、控えめに手を振った。
あんまり本気で猜疑心を抱かせるのは良くないので釘を刺す。私は名探偵じゃないのですと。
それに想像と勘であるからこそ私が辿り着けた結論。決して伊藤さんより優れた思考をしている訳ではない。むしろ穴だらけだ。
その穴は、みんなで埋めれば怖くない。
どこかで聞いたことあるセリフに、私は無理やり正当性をねじ込んだのであった。