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28 私の為に

 私はこの異世界に来てからずっと考えていた。



 ナイトや伊藤さんを連れてきた後悔。

 伊藤さんを必ず守る責任。表情を曇らせた痛み。

 人形たちを救う決意。破れない約束。



 考えてしまった。



 私の身勝手に巻き込まれて傷付く人がいる事実。今後もそうなってしまうのではないかという恐れ。それが行動を鈍らせていた。

 救おうと、助けようと、その気持ちは異世界に来て恐れをなしたのだ。



 自身への問いを思い出す。



『どうして、今になって動揺してるの?』



 責任が苦しいから。重いから。怖いから。



『なんで、不安な気持ちでいっぱいなの?』



 また同じ過ちをしてしまう可能性があるから。



『私は一体、誰の為に何をしようとしてるの?』



 誰の為、だろう? 何を、するんだろう?



 こんな事件なんて放置して、人形たちを救って帰ればいい。私が介入しても良好な未来に行ける訳じゃない。もしかしたら最悪な未来を引き寄せてしまうかもしれない。

 この世界に来てしまった時のように。

 今でさえいっぱい問題を抱えているのに、能力の届かない問題なんて無理だろう。


 諦めも肝心。そうすれば余計な問題は起きない。

 何でも抱えるなんて不相応なことは止めるべきで、放置が一番なんだ。



 震えはもう止まっていた。



「伊藤さんありがとう。やっと気付いたよ」


「いえ、わかってくれて——」


「私は私の為に、すっごく無理するし抱え込むよ」


「——え?」


 と、まあ


 そんな風に割り切れるほど残念ながら大人じゃない。


 それに放置が一番……大っ嫌いだ。


 私が“誰かを救う”なんてことは自分のワガママ。そんなこと最初からわかっていた。だから私の為に、いつも通りワガママを突き通そう。それが私だ。


 責任も苦痛も約束も未来も、これからすっごい解決して、守れるようにすっごい頑張って、すっごくやりたいようにやる。怖がって困難から目を逸らすのは、たぶん違うから。


 なんとかするし、なんとかなる、と思う。


「一人になっても、この子たちの話を聞いて何とか解決したい」


「そ、そんな無理ですよ……。今起こっていること、出来ること、不可能なこと、わからない相田さんではないはずです!」


「わからないよ」


「……っ」


 苦笑して黒の瞳を受け止めた。その瞳は揺れている。

 彼女は気付いていない。伊藤さんが止めてくれたから、止まらないことを決めることが出来た。そのことに気付いていない。


「お、おいおいおい。喧嘩はやめようぜ?」


「痴情のもつれ」


「我らを気にすることはない。元より話すことも動くことすら叶わない身だったのだから」


 深刻な空気を察してかロシェとガナッシュが気を利かせてくれる。



…………ナイト、後で覚えてろー。



「わぁお~あっつ~い! ショコラちゃんお姉さんのこと気に入っちゃった~」


 肩に引っ付いていたショコラが私の頬っぺたを突っつく。むにむにと楽しげだが、こちらは真剣である。真剣と書いてマジである。どーどーとショコラの頭を撫でてやると、とりあえず静かにしてくれた。


「確かに私は完全無欠な英雄でも正義のヒーローでもない。でも目の前にある問題を解決しないまま置いて行くことは出来ないよ」


 大人になり切れず割り切ることも出来ない中途半端な子ども。

 正義や勇気といえば聞こえがいいかもしれない。その実、虚栄であって無謀なだけだ。さらに無策と来た。誰もが止めるだろう。


 それでも、


「このままでは他の問題が疎かになります。解決出来ない問題より——」


「出来るとか出来ないとかの問題じゃ無いんだよ。それが人間だろうと人形だろうと私にとっては全部大切なこと」


「そんなことをしていたらあなたは抱えきれずに壊れてしまう! また問題ばかり抱えて一人で苦しむつもりですか!?」


 そう言って伊藤さんが勢いよく胸に飛び込んできた。俯いたまま私の制服を握り締める。

 彼女がここまで感情を発露させるのは珍しいことだった。意外に思う。冷静沈着で何でも見通せる人だと思っていたからだろうか。


 彼女の言う“また”とは、たぶん人形お助け活動の話。あれもナイトが居てくれたし、完全に一人じゃあ無かったのに。でもまあ今の状況はそれを凌駕してもおかしくはないのかな。異世界だし。


「確かに壊れちゃうかもしれない」


「だったら」


「でもそれは今じゃないし、一人で苦しんでた覚えはないよ。今までやってきたことに後悔はしてないから」


「でも……でも……」


「全部、私のワガママなんだよ」


 誰の為に? 君の為にとか、みんなの為にとか、カッコイイこと言えたと思う。でもこれは全部、私の為にやりたいことをやってるだけなんだよ? 私が私である為に。


「根本的な解決にはなってません! 変わらず背負うつもりじゃないですか!」


 そう。理知的に判断してしまえば何も解決していない。単に無茶をしますよーとバレてから改めて宣言しただけ。

 彼女は激情に言葉を荒げ、きつく私の制服を握り締めた。私はなるべく優しく手を重ねる。


「伊藤さん、責任取ってくれるんでしょ?」


「え?」


 こちらに来る前、そして転移後にも彼女が言ったセリフだ。

 論理に合わないのは百も承知。何でも利用させてもらおう。


「責任は……そうだなあ。私の側で支える友達になってよ。私が自分のワガママで壊れそうになったら助けること。それが、責任」


「それは責任なんて言い、ません……ともだちなんて、あなたは、いまそれをいっちゃうんですか……?」


 震える声音。動じてるみたいだし畳みかけよう。


「あーそうだ私も責任があるんだ。じゃあ私は君を守る責任を果たそうかな。で、君は私を助ける。ウィンウィンじゃない?」


「そんなの、ずるい……です」


 あ、わ、泣きそう。経験がないので少し怖かったが、頭から抱き締めた。泣き顔は見られたくないだろう。震える身体をなだめるように撫でる。


 伊藤さんは私を心配してくれていたんだ。ずっと。あちらの世界にいた時も。そして今も。

 彼女の気持ちは、もうこれ以上の苦痛や哀しみから守りたい一心なんだと思う。優しい人だなあ。彼女も苦しんでたのにホント優し過ぎる。それに、やっぱり嬉しい。

 私に関わったから異世界の旅になっちゃったのに。



 ここで重大な間違いに気付く。



 あれ、待てよ。伊藤さんは私と友達って責任は重すぎたんじゃ……だから泣いて!? なんてこった! やらかした!


 動揺から心臓がマッハで鼓動する。


「ごっごめん! そんなにイヤだったとは思わなくて!」


 あばばばばば、よくよく考えたら無謀な約束の旅に彼女は連れて行けない。嫌がることを考えていなかった。危険に身を晒したくはないだろう。ぐるぐる巡る思考にムチを打つ。


「ああ安全なところにいてもらえば大丈夫ちゃちゃっと片付けて戻ってくるし安心して待っててよなんなら今から別行動でも」


 ナイトなら私の意志を汲んで守ってくれるだろうし、ロシェも手伝ってくれるかもしれない。

 本当は私が守りたかった。友達にも、なりたかった。でも処刑宣告みたいなことはしたくない。胸の奥がきゅっと掴まれたような感覚が走る。

 その大混乱を縫う飄々とした声が室内に響いた。



「なんか勘違いしてねーか?」



 不服そうなオランジェットを両手で抱えつつ発言したのはロシェだった。彼女は至極面倒そうにこちらを見遣る。


 え、な、なんだろ?


「勘違い?」


「ボクはあんたら一人でも目を離したらあの聖母にこってり絞られちまう。あの蝶たちに骨の髄までしゃぶり尽くされる未来なんてぜってーに嫌だ」


 うわぁそれは確かに全力回避の一択だろう。

 続いてナイトが私を見据えて首を横に振った。


「マスターを残して危険に晒してしまうくらいならイトウを抹殺する。跡形も無く」


 うわぁなにこの殺戮クマさん超こわい。

 てかナイトにまで否定された。ショック。



「ふふっ……あはは……」



 すると私の胸元からゆっくり顔を上げた伊藤さん。いきなり泣き笑いのように声を洩らす。


「ここ、すっごく、ドキドキしてますよ」


「……っ」


 だ、誰のせいだ! 私の心臓に悪いランキングトップは伊藤さんだよ!? 彼女は涙をそのままに真っ直ぐ私を見つめた。


「私は相田さんから離れる気はありません。しかし無謀に全部を背負って潰れてゆく様も見たくありません」


 なるほど、つまり私以外は同じ意見だったと。ちっ妬けるぜ仲良しさんめ……。なんてカッコ良く心で決めていると、伊藤さんに肩をガッシリ掴まれ上目に睨まれる。


「私を守って下さい。一生掛けても責任を取りますから。友達として」


 伊藤さんはわからなかった。空気感などで感情を察するにも複雑だった。様々な感情が入り組んで絡み合ってややこしい感じがしていた。


 でも、今はわかる。


「えへへーありがとう」


「あまり無理はしないで下さいね」


「……がんばる」


「何ですか今の間は」


 笑い合う。何も状況は変わらないのに、気持ちを通じ合えたことが嬉しかった。自分の迷いが晴れたことが嬉しかった。今ならなんでも出来そう。


 よっしゃーやってやろうじゃん!


 さてさて前述しました通り、解決してないんですねこれが。弱ったなあ。


「みんな、時間をくれる? ダメそうなら諦めて脱出に専念で」


「わかりました。早めに諦めたほうが身の為ですよ」


「まー天才宇宙人の出番かもしれないしな!」


「マスターなら今まで通りやり遂げるだろう」


「ありがと」


 一応納得していただけたようなので、次に静かに待つガナッシュに振り返った。


「じゃあ、ちょっといくつか聞きたいんだけど大丈夫かな?」


 まだ諦めるのは早過ぎる。

伊藤志乃の気まぐれ相談室……改め談話室


「最近は暑くなってきましたね」

「どうしたの藪から棒に」

「相田さんは六月といったら何だと思いますか?」

「(本編に触れる気ないんだなあ……)えっと、梅雨かなあ」

「雨に紫陽花にカタツムリ——六月の風物詩ですね」

「てるてる坊主よく作るよ」

「さすが人形使いさんです」

「あとはー衣替えシーズンだし、父の日もあるよね」

「祝日のない月でもありますね」

「学校が毎日ある……ジメジメしてるのに……」

「毎日私たち会えますよ」

「う、うん楽しそうだね。でもそれぐらいじゃないの六月って」

「ジューンブライドもあるじゃないですか。結婚ですよ結婚」

「あー縁がないから忘れてたよ」

「相田志乃に改名の時です!」

「もしかしてそれ言いたかっただけじゃないの伊藤さん!?」

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