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27 人形姫君

 人形が人形の持ち主で、部屋の主?


 場が凍り付いてから誰もが口を閉ざした。


 そりゃあ私の専売特許であるところの人形については当然私がよく存じ上げている項目である。


 ある、のだが、


 さすがにお人形さんが一人部屋を所有し、ぬいぐるみの持ち主であるとかは存じ上げない事例だ。


 実はここはミニチュアハウスだとかいうオチだろうか。

 動物たちのミニチュアであるシルバーファミリーを思い出した。動物のご老人しかいないのに何故か人気が出た謎のミニチュアハウスシリーズだった。皺の造形が凝っていたことがマニア層の琴線に触れたとされてるが……。



 そんなことはさて置き。



「え? あのお人形さんの姫様がこの部屋の住人で君たちの所有者?」


「フィレナ姫は元々人形ではなく人間だったのだ」


 あ、なるほど。


 って、なるほどじゃない!


 ますます訳がわからない!


 人間から人形になんてなるわけ……っ


「あった」


「どうしたマスター。いきなり私に振り向いて。何もしてはいないだろう?」


 ナイトの上から下までを舐めるように見詰める。ツインテールの金髪、つり目がちな碧眼、まだ幼い輪郭と身体。見られている本人は頬を朱に染め、青いマフラーを握り締めて身動ぎをした。その際にナイトの鈴がくぐもった音を響かせる。


 そういえばこの相田さんちのナイトさんは元の世界からこちらに来たら人間になったぬいぐるみ。現象は逆でも実例がここにいた。驚くことではなかった。


 いや原因わからないんだけど。


 ナイトは恐らく人間からぬいぐるみにもなれると言っていた。でもフィレナは人間に戻ることが出来ない。んーなんで? 元々が人間だからかな。というかナイトの場合は色々特殊で参考にならない気がする。

 もしかしたらあのすり抜けるような感覚と関係があるのだろうか?


「んな黙々と熱視線でナイトを見てやんなよ」


 呆れたようなロシェの一声でハッとした。慌てて目を逸らしてガナッシュのほうを向く。


「あのっフィレナさんはなんで人形に?」


「我もそれが謎でな。いつもは我々に語りかけていたりしたものだが、余裕が無かったのか何も事情が聞けなかった」


 この部屋の主ということは、あの日記はフィレナの日記というわけだ。人形が友達だと記されていたし語りかけることも考えて間違いない。


「数ヶ月前に、寝ていた姫がいきなり人形となってしまったのだ。話も出来ない口無しの人形に」


 沈痛な面持ちでガナッシュは尻尾をへたりと落とした。

 数ヶ月前。日記の途絶えた日と変わらないだろう。通常は人形同士で話せるのに、なんでこの子だけなんだろう。


 周りのぬいぐるみ達は言いつけ通り沈黙し私以外の三人も話を噛み砕いている。


「勝手かもしれないがお主に姫を救って欲しい。救済の手掛かりでもいい。何とかしたいのだ」


「私に——」


「無茶な願いかもしれぬ。お主がここまでしてくれただけでも十分だ。しかし、もし叶うのなら姫をお救いして欲しい」


 嘘はついていない。真摯で純粋な気持ちであると雰囲気からも読み取れた。

 ガナッシュはぬいぐるみでありながら、多少表情を変えることが出来るので話しやすい。


「フィレナさんがそんなに大切なんだね」


「無論」


 清々しい即答だった。


 部屋から抜け出さなきゃいけない。問題に問題を重ね、さらに問題を積み上げた今では両手が塞がっている。正直、平凡な毎日を送っていた中学生には許容量を超えパンク寸前。


 でも、もしかしたらどうにか出来るかもしれない。この気持ちに応えたい。


 それにピースが揃えば繋がりそうな……。この感じは私の二つ目の専売特許な信用ならない勘と想像力が大活躍な予感。


 私はさっと立ち上がる。


 その際、腕に張り付いていたオペラが慌ててガナッシュの頭にモフッと着地。もう片腕に絡んでいた伊藤さんは手を離し小首を傾げ見上げていた。


 私は腕を組む。歯がゆい気持ちで天井を眺めた。やっぱり情報が足りない。


「フィレナさんはどんな身分の方なんですか?」


「ふむ、良家のお嬢様であることは間違いないが聞き及んでいない。何せあの姫は出会ってからほとんどをこの部屋で過ごし、稀に外で遊んでいたくらいだ。お家の細かい話はしていなかったな」


「じゃあなんで姫様なんて」


「我らにとって彼女は姫だ。愛を授けてくれた彼女をそう呼ぶのは間違いではないだろう?」


「そう、だね」


 姫。その単語で連想したのは、三つ。


 昨日、この世界に来たばかりの日のこと。ロシェに幽霊のお姫様が王城を彷徨っていると聞いた。

 幽霊騒ぎは眉唾ものかレジスタンスの差し金かと思ったが、案外そんなことも無いのかもしれない。ただ人形から人間になれない彼女が最近になって現れるのは少し違う気もする。

 本物の幽霊な可能性も……いやいやいや。怖いので考えるのをやめよう。


 次に、大図書館の裏で活動する組織である情報局。その三幹部で救出対象の一人——青剣の鬼姫と呼ばれる存在。魔力が無い廃魔でありながら剣の腕は一流らしい。

 確かここには大剣があった。姫と呼ばれるならここの主人である可能性はありそう。

 でもロシェがそれを知らないのだろうか?

 名前など彼女の情報は揃ってきてもなお判別出来ない? ということは鬼姫さんではないのか。


 そして最後の連想が、王女様である可能性。王城の中ならそう考えるのも妥当だろうと。しかし彼女の日記には親の他に姉がいる。王家は女王と王子のみ。王女様という項目がない時点でそれはないだろう。


 待遇的には貴族が一番妥当かな。どうして貴族が匿われてたりするのか。身分が高いことでの問題点は……



「相田さん、何故そんなに真剣なのですか?」



 耳に届いた声で現実に引き戻される。

 振り向けば、ベッドに腰掛け私の制服のスカートを握っている伊藤さん。あのー捲れてるんですけど……見えちゃうんですけど……。

 そっとスカートを押さえ向き直れば漆黒の瞳とぶつかった。双眸に宿る感情は読み取れない。これは冗談を言うような空気ではないなあ。


「相田さんが悩まなくても良いのではありませんか?」


 伊藤さんの言いたい事は察しがついた。

 つまり、ぬいぐるみ達から抜け道か何かの話でも聞いて早く王子と幹部を助け出そうと。

 確かに私が悩むだけ無駄なような気がする。フィレナの状態は謎だらけで解決の糸口一つも見つけられていない。

 伊藤さんは同じように立ち上がり、私と向かい合った。


「困ってるみたいだし」


「私たちに解決出来ないと理解している筈です」


 伊藤さんは私の考えていることくらいまでは結果が出ていた。その上で無駄を伝えている。


「今はそうだけど、頑張れば——」


「わからないとでも思ってますか? 私にはずっと相田さんが苦しんでること、わかりますよ」


「そんなの」


 彼女を呆然と眺める。内容を飲み込めない。

 ずっと苦しむ? いま何をいって。


「相田さんが私のジョークを見抜けるように、私はあなたのことをそれなりに見て来ました。どのくらい側に居たと思ってますか。あなたが今の問題だけじゃなく、誰かの為にたくさん、ずっと、考えているなんてわかりますよ」


 待って、ダメだ。それ以上は……。

 身体が動かない。黒い双眸から目が離せない。まるでメデューサに石にされてしまったかのような心地だった。

 静観していたはずの伊藤さんがなぜそんなことを言うのか。


「これ以上は無理しなくて良いんです。もう抱え込むことはしないで下さい。誰かの為じゃなく、相田さんは相田さん自身の為に生きて欲しいんです」


「ちがっ無理なんて……抱え込むなんてしてないよ」


 違くはない。でもそれを悟られる訳にはいかない。無理やり笑顔で誤魔化す。

 目の前の伊藤さんは怪訝そうにしていた。珍しく眉根を寄せている。


「もしかして気付いていないのですか?」


 なにを……と掠れた声が滑り落ちる瞬間、キュッと手を握られた。

 なんだろう? そんな疑問は彼女の震える手で掻き消される。思わず顔を凝視。


「割と表情の読み取りは得意なのですよ。そんな作り笑いでお茶を濁さないで下さい」


 バレてる。私の様子がおかしいことを見破っていた。哀しそうに笑う伊藤さん。どうしてそんな顔をするのか。

 それに何が気付いていないのか答えて貰っていない。


 両手で再び強く握られた私の手。


「あなたは特殊な能力がある。しかし完全無欠な英雄でも正義のヒーローでもなく、一人の女の子です。自覚して下さい」


 ああそっか、手に伝わる震えは彼女ではなく私の震え。心は我慢できても体は耐え切れなかったのだろう。

 伊藤さんはその異変に気付いたから止めに来たということか。


 私が『平凡な毎日を送っていた中学生には許容量を超えパンク寸前』であると表現したのは冗談でもなく事実。この世界に昨日来たばかりで、平然と適応出来るほどの器用さは持ち合わせていなかった。


 心配させないよう不安にさせないよう、平気なふりをしていたに過ぎない。



 本当は、怖い。



 視界には制服のスカーフと桃色の髪。


 自分で自然に俯いたのだと、遅れて気付いた。

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