21 誰の為に
「で、だ」
「はい」
門番に警戒されつつも無事に城に入れた一行。門番さんも私たちがやって来ることは既に知っていたようで、ロシェと一言二言話しただけで通してもらえた。
あんなに暴れたのだ。無言で入ろうとすれば不審者として追い出されていただろう。
「ボクたちの目的は覚えているな?」
「うん。あんなに騒がなければ忘れる心配も無かったんだけどね」
「うっ」
城内は意外に控え目な内装だった。現女王様は華美過ぎるのが好きではないらしく、必要最小限の装飾である。人はまばらで一般人や兵士が居るくらいだ。
「ま、まずボクらは救出のメイン部隊だ」
ロシェは胸辺りを押さえ猫背で説明を始めた。ナイトもレイリーも揃って項垂れている。騒いだ後に制裁を与えたので、当分は暴れたりはしない——はず。
「簡単に言っちまえば、件の扉を調べた後にぶっ壊すなり魔法を破ったりの対処を決める」
人差し指を立て説明を続けるロシェ。これだけを聞くと随分大雑把に思えるけど、実物を見ないことには対処のしようもないので話し合いの時は全員賛成だった。
「本来なら議会側の指示を仰ぐ必要があるだろうが、マーブルが報告すりゃあ後は幹部がなんとかしてくれんだろ」
幹部さんたちの扱いが随分と雑に思えるけど頼られているんだよね?
この全容の掴めない隔離事件はまだ一般に公開されていない。公開すれば国中が混乱するだろう。情報局の幹部さんは表立たない存在なので表面的には騒がれないとしても、王子様は別だ。
王子様がもし救出が出来なかった時。本当に可能性としてだが、死んでしまった時は……。顔も見てない相手だから実感はないはずなのに身震いがする。この国を気にする必要なんてないはずなのに。
誰かを救うこと、助けること。私には全く抵抗がないと思っていた。少なくともあちらの世界では。
どうして、今になって動揺してるの?
なんで、不安な気持ちでいっぱいなの?
私は一体、誰の為に何をしようとしてるの?
わからない。
この隔離事件なんて無視して、元の世界への帰り道を探すほうが賢明だ。私たちには関係のない出来事なのだから。
そこまで考えて即座に打ち消す。
困っている人がいる。救えるのだから救う。それでいいじゃないか。いつも通り。私のやりたいこと。
ナイトがいるし、非戦闘員の伊藤さんなら私が守ればいいのだから。何も気にすることは無い。
「相田さん」
「え?」
呼ばれてハッと顔を上げる。脳内会議が紛糾していた影響で、ぼんやり具合もひとしおだったらしい。相反する思考の荒波から抜け出す。
伊藤さんは相変わらずの至近距離から覗き込んでいた。心配そうな、申し訳なさそうな表情。そう見えるだけかもしれないけれど。
「大丈夫ですか?」
「うん大丈夫。考え事してただけだから」
「無理はしないで下さいね?」
「心配性だなあ」
笑って誤魔化した。
不安なのは伊藤さんも一緒だ。知らない場所で得体の知れない何かに巻き込まれているのは、私だけじゃない。だから心の葛藤を悟られないようにそっと隠す。こんなものが露見しないように、心配なんてかけないように。
「やっぱり相田さん、無理をして——」
「あ、そういえば議会ってなに?」
伊藤さんと目を合わせないよう、ロシェになるべく大きな声で話し掛けた。
大丈夫なことをアピールしよう。ちょっと心配し過ぎだもん。
「ん? 議会ってのは城の超お偉いな超トップで超首脳な方々の集まりを超総称して言っているんだ」
なるほど。
超スゴい。
「さっきも言ったが議会決定なしだと本来マズイ。というのも」
「政治問題へ発展しそうだから慎重に対処したいお偉い様が多いからですか?」
「ビンゴ!」
ずっと思ってたけどロシェと伊藤さんのやり取りはクイズの司会者と解答者のようだ。超ノリノリで超楽しそう。
「まあ議会は確かに従わなきゃいけない存在だが、独立している情報局は多少議会の決定に背いていても大丈夫だろってな」
そうロシェが言った。ちょっと驚く。大丈夫なの?
「えっと、情報局ってお城から独立してるの?」
「そうだな。厳密には一緒だが権力の行使範囲が違うってだけだ」
「えーっと?」
ぐるぐると考えてみた。…………。うん。よくわからないことがよーくわかった。
「まああんまり気にするな、それより行くぞ」
「時間が惜しいのはこちらも同じだ。マスターはこんな些事に時間を割いている暇はないのだからな」
ナイト、些事では無いよ……! 心のツッコミが通じることはない。
しばらく無言で城内を歩いていると、後方からルミネアがポツリと声を発する。
「それにしても案内してくれる方はいないのデスね」
そういえばそうだなあと思い直す。
場所は事前にマーブルが教えてくれて、先に行ってるから来ればわかると駆け去ってしまった。それほど立て込んでいるのだ。城内はロシェもわかるが、さすがに王子の部屋がある上階までは来たことないらしい。
そう考えると案内が無いのは心許ない。
「あたしたちの国のおっきい施設なら案内ロボがいるのになー」
「それは素晴らしい先進的な国ですね」
「ふふんっワガ国が誇るハイパーテクノロジーなのだー」
「だからなんでお前が偉そうなんだよ」
機械の国出身であるレイリーの話に興味が湧く。案内ロボとな? ちょっと見てみたい。好奇心は人形使いとしての私からも来ていた。ロボットは能力のグレーゾーン部分であるのだが、その話は長くなるのでまたの機会。乞うご期待。
それから伊藤さんが唇に人差し指を当てて、レイリーに問いかけた。
「そういえば、レイリーさん達はお金に困ってましたよね?」
「そーなのさー何事もマネーマネー。イヤんなっちゃう」
話は今朝の襲撃理由について。まだ私たちと変わらないのに仕事をしているなんて、大変だなあと思う。あ、違法商売だったんだっけ?
「ルミネアさんは人造人間でしたよね。維持費とかは大丈夫なのですか?」
「えっ? あーイジヒかかるよ? 大変なくらいかかってまうさ!」
「機械の国でも精巧な人造人間っつーと割と高価なはずだが、お前なんでルミネアを連れてるんだ?」
「あっと、それは、ね」
レイリーが口籠る。頭脳担当の伊藤さんとロシェが鋭く目を光らせた。やましい事があるのでは無いか、と。
確かに維持費を含め高価そうな人造人間であるルミネア。金欠で違法商売にまで手を伸ばすレイリー。なぜそうまでして二人でいる必要があるのか? それって……
「恥ずかしい内容なの?」
「うん……恥ずかしいんだけど道ばたで拾ってさー!」
「そうなんデス。レイリーに助けていただいてから修理してもらいまして」
「うわー大変だね。それじゃあ修理代とかも稼ぐ為に金策してたんだ?」
「そーだよー」
二人に笑いかけた。レイリーは不思議そうに、そして意外そうに、私を見ている。
「ははは! だから変な商売に手を出してやがったのか。マジモンのバカだな」
「ロシェさん、それは言い過ぎです。これから真面目に働けば良い話なんですから」
「レイリーが真面目に働くかシュミレーションしますか?」
「ま、まってちゃんと働くよ!? 頑張っちゃうよレイリーちゃん!」
「必死過ぎんだろ」
漂う空気が弛緩した。賑やかなパーティーで上階に続く階段を登る。誰かとこうやって歩くのは慣れないけど、嫌いじゃあない。
因みに結論から言うと、先程のレイリーとルミネア両名の空気は、嘘を吐く人のそれだった。