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02 人形使い1

 チャイムが鳴り響く。二限目の授業が終わりを告げた。



「…………では、この問題は次回までに解いておくように。指名するからなー」



 先生のセリフに軽いブーイングが起こる。みんな先生からのご指名は遠慮願いたいらしい。それはとても良くわかるので内心で首がもげるほど頷いた。


 さっさとペンを放ってノートを閉じ机に仕舞う。机に物があっては寝にくい。腕を枕に数分の休眠を実施。


 もう迷わない。

 私は、寝る。

 キリッと無駄に決めて瞼を閉じた。


「あれ、相田さん? もう寝ちゃうんですか?」


 何か聴こえた気がしたけど、大概は気の所為だ。私には友達が居ないのだから。うん寝よう。


「相田さーん? んー仕方無いですねー」


 すぐ後ろで声がする。気の所為、ではないみたい。幻にしてはリアル過ぎる。声にも聞き覚えがあるのでとりあえず起き上がる————が、


「……新情報を入手しましたよ」


「ぅひゃぁ!?」


 耳元で囁かれた。無防備にも吐息に晒される耳。くすぐったい電流が流れて、バッと慌てて振り向く。


 黒髪で色白な美少女。

 一言で言ってしまえばそんな感じの彼女が至近距離にいた。机に身を乗り出してまで声を掛けてくれたようだ。



 クラスメイトの伊藤(いとう) 志乃(しの)さん。



 席が後ろの事もありたまに話す子。まあそれだけでこんなぼっちに声を掛けてくれる理由にもならないだろう。

 実は一般的な世間話以外にも理由がある。それは私の個人的な要因によるものだった。


「も、もう……耳元で話さないでよ……」


「せっかくの特ダネを手土産に話しかけたのに、無視する相田さんの所為ではありませんか?」


「うぐっいやそれは、うん私が悪かった。ごめん」


「先ほどの反応がとても私好みに良かったので許します」


「よくわかんないけどありがとう……?」


 伊藤さんは愉快そうに笑みを浮かべていた。いつも思うが、彼女は表情だけでは何を考えているのか読み取れない。

 友達にでもなれば分かるようになるのだろうか? なんてそんなありえないことを考えて、椅子の背もたれを抱くように後ろへ向き直った。


「ふふ、では新鮮な情報の内にお話しましょう」


「いつもありがとう。何かお礼出来れば良いんだけど」


「好きで話しているだけなのでお気になさらず。逆にこういうことをお話出来る相手が欲しかったくらいなので」


「そっか。それで特ダネって?」


「ええ、実は隣町で——————」


 話し出す彼女の黒曜石みたいな双眸を見つめて、話の内容を心に刻み込む。私の今後の行動が左右されるので割と重要なのだ。



  *



 私こと相田桜は現役の女子中学生。十四歳。


 数少ない周りの人たちからは何か達観しているなどと言われる。考えていることがわからないとも。中学生に対する評価としてはどうなのだろう。


 淡い桃色の短髪。瞳は色素の薄めな紫色。環境や体調で虹彩が青紫や赤紫に見えることもあって、髪の色と併せて中々珍しいのだそう。

 外国人やハーフだといったことはない。日本人なんだけど目立つ事この上ないのだ。


 その他の見た目は普通の中学生だと思う。見目麗しい美少女ではないと思うし、身長も高くも低くもないし、勉強も運動も平均的。胸も……控え目な方だろう。平凡でどこにでもいる凡庸な人間。ただ。

 ただ少しだけ特殊な点がある。




 私には特殊な能力があるのだ。




 この“力”に気付いたのは物心ついた頃。人形に魂を込めることが出来、魂の籠っている人形と話すことが出来て動かすことさえ可能。


 魂については諸説あるので細かい定義は出来ない。私が魂と思っているもの……であって、もしかしたらもうちょっと違う何かかもしれない。


 ともあれ、人形と意思疎通が出来る。


 そんな能力を正しく何と言うかは知らない。私のような人を人形使いとか言うのらしいけど。

——案の定、私以外のそんな人たちは会ったこともなかった。


 人形が自我を持つので、操り人形とはまた違う。たぶん出来なくはないと思うがあまりやりたくはないかな。


 人形やぬいぐるみと話せるのが小さい頃から当たり前で、魂を込めて動かすなんていうのは朝飯前。私にとって日常の一部だった。

 それが私の普通じゃない部分。自慢出来ない特技で、誇りたくない自分の部分だった。



 異質で異物。

 平穏な日々を送るのに不必要なもの。

 それが私の認識である。



 私が三歳ぐらいの頃、クマのぬいぐるみのナイトに魂を込めて動かした。


 初めてのお友達がナイト。


 私は寂しくなかった。


 いくら親に嫌われていても。

 友達と呼べる人が少なくても。


 人形たちが側にいるし、ナイトが守ってくれているから私は私で居られる。

 そんなでも手を差し伸べてくれる数少ない人がいた。でもいつかは居なくなってしまったけど。まあ人形に守られた私に呆れたのかもしれない。そうじゃない人もいた気がするけど、もう記憶にはない。



 そしてある日、私は道端に落ちているぬいぐるみを見付ける。手のひらサイズのカエルっぽいぬいぐるみ。まだぬいぐるみは新しく魂がちゃんと籠っていた。


 そして声が聞こえたのだ。


 あの子の元に行きたい、と。


 私はカエルみたいなぬいぐるみの指示に従って持ち主の子を捜し歩いていく。


 数時間後。

 カエルみたいなぬいぐるみは、無事に持ち主の子の手の中で満足そうに喜んでいた。 それを見て、嬉しさと温かさが心に沸いたのを覚えている。


 それから私は自分の“力”で人助けならぬ人形助けを始めた。たぶんそれが私のしたいこと。そう思ったのだ。引きこもりからアウトドアに、活発に動いた。


 本当を言うとこういうのはあまりしてはいけないことなんだと思う。人形も人間と一緒で感情を持ち合わす。良い人形もいれば、悪い人形もいるのだ。危険が隣り合う可能性は必ずある。

 だからあまりしてはいけない。



 けども、私だって放っておけるほど大人ではない。



 学校が終わって放課後。町を散策して人形を助けたり噂を元に人形を助けたり……そんな変な習慣が出来たのだ。


 今までは特に危険なことはなかった。と思う。


 化学準備室に放置されていた人体模型が、内臓を吹っ飛ばしながら襲いかかってきた時は心臓止まるかと思ったけど。


 そういう噂を聞かせてくれるのが伊藤さんだ。オカルト好きらしく、よく聞かせてくれる。ネット情報よりも早いし、地元の噂なんてちゃんと聞ける相手が居なかった私には有難い存在だった。



 *



「——————という話です。相田さんが好きなお話じゃありませんか?」


「うん、そうだね。興味深い特ダネだったよ。ありがとう伊藤さん」


 伊藤さんの話を吟味。確かに興味深い話だった。寧ろ私が今まで知らなかったことに愕然とした。というか話がにわかに信じられない。もしそれが本当なら、


「信じられませんよね、そんなことがあるなら大事件ですよ。トップニュースですよ。未知との遭遇ですよ」


 話した彼女も若干興奮気味。そう、普段落ち着いていて優等生。深窓のお嬢様って感じで近寄りがたい雰囲気さえあるこの人でも、血湧き肉躍るといった目をしてしまうのだ。


 ん? なんで血湧き肉躍ってるの?


 ああいや、目の奥が輝いている、が正解かもしれない。輝いて……うん、ギラギラしてるが正解かな……。

 輝く瞳の意味は一旦捨て置いて、今後の活動指針を立てることにする。


 もちろん彼女には話を聞かせて貰うだけで、私が何をするかなどは話していない。いつもそうしていた。危険だし気味悪いだろうし、伝えない方が吉だと考えたのだ。私がその手の話が好きだということを伝えるに留まっている。


「相田さん」


「ん、あっなに?」


「放課後は何かご用事があるのですか?」


「あーうん、あるよ。大したことじゃないけど、どうして?」


「……いえ、聞いてみただけです」


 寂しそうな顔をする彼女が何を考えているか検討が付かないが、目の前にいるのに考え事は失礼だったかもしれない。


 放課後は今の話を確かめたいので、隣町へゴーな予定が入った。嘘ではない。面倒事に首を突っ込む性格は今回の噂の調査にも遺憾無く発揮される。調査というか現地に直接行くだけなんだけど。


「相田さん、その」


 伊藤さんが口籠るとは珍しい。何事だろうか。


「先ほどお礼したいとか仰ってました、よね?」


 ああ、そのことか。気にするなとは言ってくれたけど、やはり私に関わるリスクを冒してまで教えてくれたのだから授業料は払わなきゃね。納得して頷く。


「今度の土曜日にお出掛けしませんか?」


「え」


 グイッと前に身を乗り出す伊藤さんに、私はガタッと後方に下がりかけて背にある机が音を立てた。


 何のイベントなの。ふ、フラグ? まままるで友達みたいではないか。あーいや、騙されないぞ。あれだ、私に色々奢らせる為の企画だろう。気を取り直して笑った。

 それでも嬉しいので頬が結構緩んでいるが気にしない。人と出掛けるのは久しぶりだ。


「いーよ、お世話になってるし奢るよ」


「奢るなんて違……いや、そういう人でしたね……約束ですよ。予定は後ほど決めましょう」


 いつの間にか始業のチャイムが鳴り先生が教壇に立っていた。珍しく有意義な休み時間を過ごせたので、今日の残りも良い日になりそうだ。向き直って教科書とノートを取り出した。



「————いつになったら友達として隣に居させてくれるのでしょう」

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