18 大図書館3
セブンルーク王国が誇る、広大な土地の北東部に位置する大図書館。その一室は妙な緊張感に包まれていた。
花の咲く笑顔のロイエさん。
青褪めた顔のロシェ。
興味津々の伊藤さん。
瞑目したまま動かないナイト。
無言で見守るルミネア。
ルミネアに口を抑えられてるレイリー。
室内は人数の割に静かだった。そして一人として同じ反応を示す者はいない。
「察しての通り、この施設は図書館としてだけの機能をしている訳じゃないの」
「図書館を兼ねた何かという解釈でよろしいのですか?」
「ええ、もう一つの役目は——」
伊藤さんの声に応え、ロイエさんは言葉を切り舌で唇を湿らせる。獲物を見付けた狩人のような剣呑さを漂わせたかと思うと、ふわっと微笑んだ。
「——この国の裏方」
「裏方っていうと」
彼女は私に首肯すると、両手を広げて指折り数えていった。
「具体的には各国の外交や保安、偵察や監視とか情報収集が主ね。国では動けないものやそうでないものまで、まあ色々権限が与えられちゃった国専属の何でも屋さんってところかしら」
「それを……ここで?」
「そうよ、図書館でそんなことしているなんて誰も思わないでしょう? 秘密裏に国をバックアップする謎の組織! 暗躍する華麗な私たち! なんて素敵な物語かしら!」
舞台女優顔負けの迫真の演技で動き回る。無駄にテンションが上がっている彼女に苦笑い。
言ってしまえばスパイ組織。いや、外交や保安までしてしまうならそれも少し違うのか。多面的過ぎて便利屋と定義したほうがまだ納得できる。
でも、なんで隠すんだろ?
表立って出来ないことをするのは理解出来た。が、そこまでして隠す理由もあるように思えない。図書館をダミーにするなんて真似しないで、それこそ王城にあれば手っ取り早くて良いのに。国の裏方ならそうした方が一番だろう。
その結論に達したのは私だけではない。
「何故わざわざそこまでして、存在を秘匿するのでしょう?」
唇に人差し指を添えつつ伊藤さんが疑問を呈する。
「まー隠すのにはそれなりの理由があるんだよ」
それに頭を掻いて複雑な表情を浮かべるロシェ。このことを知られるのに忌避感があるらしい。
「ここまで来ちまったらもう……」
紅い双眸が細められるのを見て声を掛けようとした。それを遮るかのように聖母様が落ち着いた声音で語り始める。
「大図書館の裏方を情報局と呼んでいるわ」
「それでは情報局の調査員がロシェさんということですね」
「ああ、ボクは情報局で働いている平社員だな」
するとロイエさんがクスクスと笑い出した。
「平社員って、永弾の悪魔なんて称号があるのに?」
「勝手についた名に食い付くな!」
「ずっと思ってたけど永弾の悪魔って何?」
「うぅ」
そこで何で呻くの? ロシェ。
永弾の悪魔。
最初こそ不安になったその名称。ロイエさんも“黄蝶の聖母”と呼ばれているみたいだし、一種の二つ名とか通り名だと思うけど。
「永久に尽きることのない魔弾。それで永弾と呼ばれているのよ」
「聖母様は黄金の蝶をはべらせているから黄蝶なんだ」
ロイエさんの説明に、競って説明をするロシェ。
「優れた決断が出来るからって“英断”とも掛けられているわね」
「噂では“黄泉の蝶”なんじゃないかって恐れられ——」
「あら、そうなの?」
ぅわ、重力が! 背筋も凍りそう!
ロシェは下手くそな口笛を吹いてそっぽを向いている。誤魔化し切れてないよ。てか何でまた煽っちゃうの。
「こういう称号は勝手についてくるものなの、功績や容姿や性格などによってね」
「あっじゃあ永弾の悪魔って」
「ええ、悪魔は紅い目と黒髪から来ているのだと思うわ。純粋に性格かもしれないけれど」
「最後は余計だっつの」
不服そうなロシェに愉快そうに笑うロイエさん。
何だか幹部である彼女にロシェが怖じけずにいるのが凄いと思うんだけど、これが普通なのかな?
その気持ちが伝わったのか、ロイエさんが私を見据えて頷く。
「私は情報局の直接的な幹部というより、図書館側の機能を保つ為の幹部。だからロシェの直接な上司ではないのよ。他にも二人幹部がいるけれど、私の立場は弱いと言って良いわね」
ああ、なるほど。管轄外ということか。
しかしロシェは苦い顔で首を横に振る。
「いやいやいや聖母様がその設定にしたんだろ!? ボクが変わらない態度で接していた方が面白いからって! 普通は三幹部全員に敬意を払」
「でもどうしようかしら、今日の泊まる場所」
必死に訴えるロシェを華麗にスルー。ロイエさんが思い出したように話題転換すると、しばらくフリーズした。
考えているのだと思う。恐らく。
やがて空中とのにらみ合いを止めてポンッと手を打った。
「ここまで話しちゃった一般人を野放しにしてはいけないわね」
……おや? 何か、不吉なことをさらっと言ってテンション上がってません?
流れるようにそんなことをのたまう聖母様に、嫌な予感がした。思わず隣の伊藤さんとロシェを窺う。伊藤さんは苦笑い。ロシェは顔を引きつらせていた。
えっと……私の予感が当たってしまう確率、非常に高いような……。
「筋書きはこう。ロシェの連れてきたお客さんがひょんなことから大図書館のシステムを知ってしまい、私はやむ終えずお客さんを軟禁する」
へ!? ひょんなことからって自分で喋ったんじゃ!? やむ終えず軟禁って何ッ!?
無茶苦茶なシナリオに冷や汗がだーらだらと背中を流れる。
「ロシェはその際の見張り役として一緒に泊まり」
「そうだと思ったよ」
「ほら、これなら社員寮どころか拷問室を使えるわよ~」
わよ~って、他に方法はなかったの!? 拷問室ってかなりヤバイんじゃないかなあ!?
すると振り向いたロシェが小声で囁いた。
「自分好みの展開にするのが大好物なド変態だから、この幹部。言ったろ変な人だって」
「ロシェ〜筋書きの訂正をしても良いならするけれど?」
ロイエさんにしっかり聞かれていた。地獄耳過ぎる。目が据わっているのがとてつもなく怖い。本当に聖母なのだろうか。
ロシェは慌てて手を振り引きつり笑いを浮かべた。
「や、やだですなー冗談でございますザマスよぉ~」
うん、色々混ざってるよ。
なんというか。異世界二日目にして拷問室に軟禁はルート的にも字面的にもよろしくはない。是非とも回避したいのだが……。
「就職希望者も結果出る前から知っちゃったら事件だものー仕方無いわねー」
「むっムチャクチャなー! レイリーちゃんを怒らせるとコワイぞー!」
「就職する以前に求人情報が秘匿だなんて聞いたことがありません。ご紹介頂けるのには感謝デスが、これは横暴ではありませんか?」
ルミネアの拘束を逃れたレイリーが早速食い付く。恐らく彼女の性格上の問題で、話が進まないと踏んだルミネアが抑えていたのだろう。しかしそれも状況的に不味いと判断したらしい。
ルミネアが今しがた言ったことは正論だった。横暴である。
「ふふふ、有望だと言っていたのは間違い無さそうね。良く見付けて来たものだわ」
だが先ほどからまともに取り合わない聖母様。
有望ってどこを見て結論を出したんだろう。
人造人間であるルミネア。魔法使いであろうレイリー。両名は確かに強い。
彼女たちはロシェ宅に侵入してきたが、並みの者なら侵入前に捕らえることが出来た。例え侵入されても攻撃すれば沈黙するだろう。
それが出来ず牽制し合うだけに終わったのは、手の内が見えないことと二人の未知数な戦闘力がこちらを鈍らせたことが大きい。全体の連携が上手く行かなかったのもあるが。
それらは私たちが実際に交えて得た情報だ。
ロイエさんはそれを会話すら一言二言の状態で理解した?
魔法か、違う何かを使ったのか。その結論に至るまでが謎に包まれている。
レイリーとルミネアは話しても無駄と理解したようで口を噤んでしまった。
「拷問室なんてただの倉庫だろ、寝るスペースないぞ」
ロシェは頭痛を堪えるような表情。あくまで足掻き続けるらしい。聖母様スマイルを一身に受ける。
「片付ければ平気よ」
「片付けが済む頃には朝だろうなぁ」
「何とかなるわ。ちょうど片付けて欲しかったし」
「おい今、本音が出たぞ。しかも拷問具と寝るって——」
その時だった。
「ロイエ様!」
ドアの開く音と共に、転がり込む勢いで一人の金髪美少年が駆けてきた。
「あらマーブルじゃない。ノックくらいしないと拷問室行きにするわよー」
「久し振りだな、どうしたんだそんなに慌てて」
振り返ったロイエさんとロシェは顔見知りのよう。
しかし何か差し迫った様子で美少年は言葉を吐き出した。
「幹部のお二人と王子様が! 城内に隔離されましたっ!」
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