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16 大図書館1

 観光とコントもそこそこに連れられたのは、とても大きいでは足りないくらい巨大な建物だった。



 大図書館。



 ロシェが「第二の王国と崇められている」と言ったのも頷ける。地元の図書館なんて視界にすっぽり入るくらい小さな存在だったのに、この大図書館は私の通う学校の敷地面積を軽くオーバーしている。

 図書館は赤茶のレンガ造りで、図書館への道もレンガ敷きだった。木々と草花が縁取るように茂っている。


 レイリーとルミネアに仕事を紹介したいとの話は、きっと図書館の働き手ということだろう。ロシェはそこで働いているかコネがあるのかな。


 コの字を描いて構える大図書館の中心を歩き、公園と見紛うくらい緑豊かな自然を観賞。


 観音開きのドアを開き足を踏み入れると、書物がぎっしりのドーム空間が現れた。本の匂いと暖かな光が交錯しハンパない蔵書量に息を飲む。まるで異空間。


 なんて感動している暇はないらしい。


 階段をさっさと登るロシェ。

 その後を追って早歩きで進む。


「どこに行くの?」


「最初はお偉いさんに顔を見せないとな。ここなら情報量も申し分ない。許可証を貰ったら調べてけよ」


 異世界へ来ての情報収集といえばパブ——酒場だと思っていた。が、よくよく考えれば私たちは子ども集団。追い返されてしまうだろう。

 ロシェも酒場は新鮮な情報の集まる場所と表現していたが、あまり行きたくなさそうだった。私たちとしても今知りたいのはこの世界の基礎的な部分。それなら図書館は都合の良い知識の保管場所だった。


「ありがとう。お偉いさんかあ緊張するな」


 大図書館のお偉いさん。どんな人だろう。


「緊張するのなら、手のひらに“丼”と書いて三回飲み込むと良いですよ」


「なんか美味しそうなおまじないだね」


 そこは“人”じゃないのか、とは突っ込まないことにした。緊張をほぐしてくれたんだろうけど伊藤さんジョークをまともに取り合うと火傷しそうだ。


「ただ——」


「ただ?」


 赤い絨毯が続く廊下を歩きながらロシェは言い淀む。彼女は私たちを振り返りつつ頭を掻いた。


「ちょっと変な人だから気を付けてくれ。特にお前らは余計な事を話さないほうが良い」


 変な人……。ロシェと目が合う。スッと目を細め睨まれた。な、何も言ってないじゃん。

 彼女の言う“変な人”のお偉いさんは謎として、“お前ら”は当然異世界転移者である私たちのことだろう。


 そうこうしている内に廊下の突き当たりに辿り着いた。


「入るぞ」


 何の変哲も無い木製のドア。ロシェがノックを二回。中から「どうぞ」と女性の声が聴こえた。

 ドアノブに手を掛け開く先に——



「あら、永弾の悪魔様が取り巻きなんて……驚きだわ」



 質実剛健と謳っていそうな書斎の奥。一人の女性が出迎えてくれた。

 彼女の背後にある窓からの逆光で目が眩み、一瞬だけ顔が確認出来なかった。しかし、なるほど、綺麗な人だ。


 波打つ栗色の髪、白地に金色が走る豪奢なローブ、白く透き通った肌、花が咲いているかのような雰囲気。そして女神のような柔らかい笑顔と眼差し。これは後光こと逆光が差しているからだろうか。

 とりあえず“女神”という印象を第一に抱いた。この人がお偉いさん。変な人には見えないけど……。


 その女神様に向かい、さっきから永弾の悪魔と呼ばれる彼女が苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。


「ボクの取り巻きなわけないだろう。こっちは情報を、こっちは職を探してるんだとさ」


「残念、ソロから転向するかと思ったのに」


「周りに人がいても邪魔なだけだ」


「相変わらずね」


「魔女と鬼姫は?」


「今は城で女王と謁見中じゃあないかしら」


「二人も幹部がいないのか」


「あの二人は直接的に運営に関わってるから仕方ないわ」


 ソロ? まじょ? おにひめ?

 気になる単語をポイポイ落としていくが、構わず話を続ける二人。


「で、どっちかしら」


「裏方だ」


「有望という解釈で構わないの?」


「まあ、な」


 図書館の裏方となると受付より事務作業とか? ルミネアはともかく、レイリーは仕事大丈夫かなあ……。魔法使いっぽいし、ある程度は出来るんだろうけど。

 そんな失礼なことを考えては打ち消す。人は見た目によらないんだよ。と思う。たぶん。恐らく。


 話題の渦中であるレイリーは胸を張ってるし、ルミネアは微動だにしない。お偉いさんの前でも堂々としていて逆に尊敬してしまいそう。


「ふふっあなたがそんなに褒めるなんて」


「それより聖母様だけで決めていいのか?」


 聖母。確かにそっちの方がしっくり来るかも。心の中で聖母様と呼ぶ事にした。


「もちろんそれは駄目よ」


 栗色の豊かな髪を揺らしニッコリ否定。対するロシェも想定済みなのか、落胆せず頭を掻く。


「面倒だな」


「知っているでしょ? 私は二人と違って間接的な関わりしかない形だけの幹部よ。それに採用は三幹部全員の合意が必要だし」


「じゃあ、いつ魔女と鬼姫は帰って来るんだ」


「そう、ねぇ……」


 聖母様は彼女の視線はどこ吹く風。宙を見上げて黙考したかと思うと急に棚を漁り始めて——目当ての資料を見つけたらしい。


「あったあった、明日の午後だって」


「——明日か」


 あれ?


 今、ロシェの様子に違和感を感じた。それは今朝の彼女の様子に似ている。これは焦りと迷い……いや、それ以外にも何か……。


「あら何か問題?」


「別に」


「そう、これからどうするの?」


「どうしような。とりあえず就職希望者は保留として、館内の利用を許可して欲しいな」


 思案するロシェの表情はどことなく硬い。なんだろう、悲愴さを感じるというか。

 私以外は特に不思議に思ってはいないらしい。

 でも違和感がある。ロシェという少女の横顔に。纏う空気に。じっとロシェを見ていた。不意に振り向く彼女。



「「…………」」



 目が合って、口を開くのを待つ。彼女は躊躇うように私を見返していた。


「館内利用はすぐに許可出来るわ、許可証を作らせましょう。でも残念だけど就職面接は早くても明日からになりそうね」


 その声に私とロシェの視線は聖母様へ。後でじっくり聞こう。今は人がいるし。

 ロシェは先ほどの逡巡が無かったかのように首肯した。


「わかった。明日の午後にまた来る」


「ええ、ロシェの紹介なら喜んで引き受けるわ」


 笑顔で手を合わせる聖母様。よほどロシェを評価しているらしい。あれ、もしかしなくてもロシェって結構すっごい人なんじゃ……。

 謎が深まったところで、それ以上考えないように努める。これは謎しか呼ばない。


「それと、寮で五人分の部屋を借りられるか?」


「へー寮なんてあるんだ」


 私は素直に嬉しかった。寮で過ごす必要のない圏内で通っていたから当然だけど、馴染みないのでちょっと憧れていたのだ。

 ロシェの家から距離があるから今日のところはこちらで過ごすつもりなのだろう。


「ロシェ? 何を言っているの」


 しかし聖母様は眉をひそめていた。


「あなた社員寮に一般人は泊められないって知っているでしょう?」


「え、そうなの?」


 社員寮なんだ!?


「しかも国民ですらない人を」


「その辺は幹部の腕の見せどころだろ」


「実権を握っているのは魔女と鬼姫よ。あなたの家じゃ駄目なの?」


「ボクの家は宿屋じゃないぞ」


 なぜか聖母様と悪魔様が言い争いになっている。

 止めようかこのまま見守るか手をわたわたしていると、伊藤さんが一歩前に出て一同を見回す。その一瞬で二人の口論は止まり、みんなの注目を集めてしまった。


 なんか伊藤さんって底知れないパワーを感じるよ……。


 当の彼女はニコニコしたまま口を開く。


「ロシェさんはなぜ『五人』と仰ったのでしょうか?」


 五人?


『寮で五人分の部屋を借りられるか?』

 そう言っていたのを思い出す。


「ロシェさんは私たちと、少なくとも明日から数日ほど一緒に居る予定ですよね?」


「あ、ああ」


「では六人いるはずの私たちが一人欠けていますが、数え間違いですか?」


 伊藤さんの指摘に合点がいった。それは確かに妙な話だ。ロシェは何でもないと手を振った。


「いや、ボクは家に帰るから頭数に入れていないだけだが」


「なぜ一緒に泊まろうと考えないのです?」


「家があるし……」


「でしたら厚かましいとは思いますが、私たちも泊めて下されば良いのでは?」


「五人も泊めると狭いなあ」


「あの大きな家では五人でも広いくらいだと思いますが」


「うっ」


「一旦別れてまた集まるのでは効率が悪いですし」


「うぐぐ」


「今朝仰っていたことは嘘でしょうか? それに一応監視の目が必要では?」


「ぐはぁっ」


「私たちが楽しく無くなったらポイですか……そうですよね、それくらい価値の無い人間ですよね……」


 伊藤さんがいわゆる口撃を見舞う。さらに追撃で泣き落とし。顔を伏せて涙を拭う姿にロシェは動揺している。——嘘泣きなのに。


 確かに、この話は効率性がない。侵入者組に対しての監視も必要といえば必要。その役は一番の関係者であるロシェが適任だ。


 まあ見ず知らずの他人を自宅に泊めるのは嫌だろうけど、ロシェを見ている限り他人を泊めること自体が嫌な訳ではなさそう。それはこれまでの会話とロシェの様子から言えることでもあった。


「わかったわかった! でも社員寮が使えないんならボクの家になるのか?」


「聖母さん、どうにかなりませんか?」


 ロシェが渋々両手をあげて降参の意を示し、伊藤さんは聖母様に縋る。


「私は聖母じゃなくてロイエよ」


 聖母様ことロイエさんは蝶々が飛んでくるかもしれないほど、とびきり華やかに微笑んだ。






——て蝶がホントにいるッッッ!?






 いきなりロイエさんの周りから、黄金に光る鱗粉を散らし数匹の蝶がひらひらと舞っていた。


 私は幻想的な光景に言葉を失ってしまった。


 これは一体……。

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