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15 旅人の国

 異世界は空想上の存在。そう思っていた。

 元の世界に戻ればそう思う人がほとんどではないだろうか?


 でもこの世界の住人はそう考えていないらしい。


 原因は一つのお話にある。

 はるか昔に神々と人間との抗争が勃発し、挙げ句の果てには世界が分断されたそう。

 大陸が別れるだけならまだ良いほうだった。世界が天高く昇り、地中深く沈み、時空さえ越え、次元さえ越えた。

 世界が散り散りに砕け、小さな世界を無数に創り上げた。


 その一つがこの世界。


 そんな歴史が残っているので、この世界の共通認識として異世界というものを現実として捉えているみたいだった。

 正しい歴史なのかはわからないが。


 まあもちろん、その分断されてしまった世界を越えてしまう異世界転移者なんて見たことないらしいので、その点は珍しいといえる。


 あくまで、“異世界はある”という認識の差なのだ。



 *



 セブンルーク王国。通称、旅人の国。

 森を抜けた先に建つのがこの国。


 まず巨大な城壁が目に入った。

 近付けば城門——東門が見えるが、もっと近付くと橋を渡らないといけないことに気付く。水堀ってやつだね。


 城壁に沿って作られた溝に、川の如く並々と水が流れていた。というか近くの川から水を引いているので“川の如く”と言うよりまんま川の水。らしい。


 旅人の国というだけあり他国からやって来る者が多い。旅人が訪れる理由は数あるが、前提条件として滞在するのに安心材料の存在が挙げられる。

 それはこの国が大きく栄えている治安の良い国であり、どの派閥にも属さない中立国であり、世界の中心に位置するとされている国であるから。らしい。


 そんなこんなで旅人がたくさん訪れるイコール情報が集まる。それに知識の宝庫と言われる大図書館もある。手に入れたいものがあるなら打ってつけの国。らしい。


 これらは全て受け売りなロシェ情報なので、特に私が何を知っているわけではなかった。


 という話はさておき。


 異世界転移組三人に侵入者コンビ、先導するロシェの六名で城門をくぐる。

 門番はロシェを認めると一礼。顔見知りみたいだ。一方、ロシェ以外の私たちは通り過ぎる間、物珍しそうに見られていた。


 ロシェ曰く「ボクが人を連れているのが珍しいんだろう」とのこと。私たちが変だった訳ではないと知り、ちょっと安心。


 石畳の道が真っ直ぐに伸び、西洋風の建物が立ち並ぶ様は中世ヨーロッパを連想させる街並み。例に漏れず異世界ファンタジーの鉄板設定だった。


 でもまあ、異世界に来たと言うより外国に来たと言うほうが納得しそうだ。


 広大と称したのは伊達では無いらしく、結構歩いた。体力は人並みなので流石に疲れる。

 本来は国内の乗り合い馬車が出ているらしい。の、だが。私たちは諸々の事情が些細なことでもバレたくない為、根性の歩きで地を踏みしめていた。

 伊藤さんも少し青い顔で歩いている。って大丈夫かな?


 人通りの少ない道を通っているが人が居ないわけではない。もちろんすれ違う。



 その、人間以外にも。



 いわゆる亜人と呼ばれる存在だ。

 亜人は人間型でありながら特殊な能力や性質を持ち合わせる。見た目では全く違いがわからない者から、テンプレなケモミミを持つ者、鱗の生えた尻尾を持つ者、純白の羽を持つ者。

 見た感じで割と亜人は多いが種族ごとに数は違うらしい。


 いやあ確かに予想はしてたものの、実際に目にすると触れてみたい衝動に駆られる。なまじ人間に似てることで驚きより興味が湧いてしまったみたい。

 でもその気持ちは私だけではない。

 ナイトは「同胞の一人や二人居そうだ」と微笑。伊藤さんなんかは青い顔をそのままに、目を輝かせて亜人について語っていた。


 なんか私より適応力が高いし神経図太いぞ。



「まっっったく何が書いてあんのかわからん」



 先頭のロシェは緩く束ねた黒髪を揺らし、振り返りもせず手にした紙をひらひら。道中、彼女に私が書いた文字を見てもらっていた。なぜか伊藤さんに撫でられながら、ロシェとレイリーの話し合いの最中に書いたものだ。

 どうやら元の世界の文字たちは異世界人にわからないものみたい。


「でも私たちからは異世界の文字が読める、と」


 そう。こちらの世界の文字が読めたのだ。

 私が踏み入れたロシェ宅の書斎。目に入った字を理解出来たのは小さいながらも驚きだった。


 異世界人と会話が成立し異世界文字の読解可能。本当にご都合主義過ぎる、と誰に突っ込めば良いのか最早わからない。

 異世界文字の読みに不自由しないのは大きいアドバンテージだ。言葉の意味が理解出来れば後は書けるように慣れるだけ。

 海外旅行したら会話さえ出来るかわからないのに異世界は大丈夫ってどういうことだ。


「楽で良いですね」


「幾らか胡散臭いな」


 伊藤さんとナイト。二人は対照的な表情を浮かべている。


「わーっルミネア見て見てー! あそこで何かやってるー! うわ、あのお肉うまそー!」


「……わかりましたから、ちょっとは落ち着いて下さい」


 レイリーは街中を落ち着きなくキョロキョロ。逆にルミネアはレイリーが転ばぬよう手を握っていた。

 こちらの会話に混ざることも出来ないくらい元気っぷりが凄まじいらしい。最初は仲の良い姉妹に見えたが、徐々に親子のように見え、最終的には暴れ馬をなだめる飼育員の関係に見えてしまった。


 因みに侵入者である二人からは全く逃げる気配が窺えないのと、そもそもナイトとロシェが逃すと思えないので注意は払っていない。


「ロシェは私たちの名前をどう思う?」


 私は紙を返して貰いつつ名前について聞いてみた。

 ロシェは最初に自己紹介をしてから、自然に名前で呼んでくれている。でも異世界ならこの名前だと変なのでは、と考えていた。

 紙に漢字やカタカナなどを書いて見て貰ったのは、そこら辺の線引きを調べる為でもある。


「あーナイトはともかく相田桜と伊藤志乃だったか。不思議な名前だよな。宇宙人だからファーストネームを名乗った時点で理解出来たっちゃー出来た。他の国で不思議な名前もあったが一般的には無いな」


「さすがロシェさんです。様々な国を見てきたんですね」


「まぁな。天才うちゅ——」


「じゃあこの近辺では不便そう?」


「——ああ、名前の説明が面倒だと思う」


 彼女が物知りでよかった。さすがは宇宙人だね。もう宇宙人の定義とかサッパリだけど。

 ともかく名前が変というより、地域差があるって感じかな。


「そっか。じゃあ伊藤さん、改名しちゃう?」


「相田志乃に?」


「なんで平然と入籍してるの……。違くて」


「伊藤桜のほうがお好みですか?」


「好みの問題じゃないんだよねこれが!」


「郷に入っては郷に従え、ですよね」


 そろそろ真顔で冗談言うのやめて欲しい。伊藤さんは最初から察しているようで遠回しに許諾。あの、直球でお願いします。


 ともあれ異世界風に改名したほうが何かと楽そうだ。毎度毎度、名前と名字の説明をするのは骨が折れる。それはもうボキボキに折れる。


「サクラ・アイダで良いのかな」


「私はシノ・イトウですね」


 ロシェがニヤニヤ楽しみそうに私達を見守っているけど、もっと面白い名前にとの要望は受け付けません。しばらく彼女は眺めていたが残念そうに肩を竦める。


「ま、違和感ねーよ」


「すっごく投げやりだね」


 こうして私と伊藤さんの異世界名が決定。

 そんなに変わらないんだけど大切だ。


「それにしてもロシェさんは面倒見が良いですね。私達なんか放っておく事も簡単なのに」


 いきなりなんて身も蓋もないセリフを言ってしまうんだこのお方は!

 笑みを絶やさず髪を撫で付ける伊藤さん。虚を突かれたのか目を丸くしているロシェ。

 私はせっかく協力してくれているロシェに失礼だと焦ってしまう。ただでさえ家に泊まり食事まで振る舞ってもらい探索までしたのに、これでは恩返し前に放り出されてしまう。


「いっ伊藤さん、そんな言い方」


「実際、無一文の私達と居ても何の得も無いですよ」


 そうだ。無一文だった……。

 人形でも作って売れば儲かるかなあ。

 職業とか文化とかも勉強しないとなあ。

 うわぁ、もう引きこもりたい……。


 軽い現実逃避の中、ロシェも伊藤さんが言わんとしてることを理解したらしい。苦笑いで私と伊藤さんを交互に見遣った。


「ボクに何の得も無い? 面白けりゃあ良いんだよ。損得で動いてたら面白くねーだろ。偶然見つけたお前らを見届けるのが楽しそうだって判断しただけだ。その点はボクに得があんのかもな」


 意外な——いやある意味、彼女らしいセリフだった。


 面白いから、楽しそうだから。

 そういった理由で他人を世話出来る人なのか。私たちに、そしてレイリーたちにもその理論が通されているのだろう。宇宙人の彼女だからこそなのかな。私にはそう言えるだけの度量の大きさはない。


 彼女の裏表の無い笑顔。今度は伊藤さんが毒気が抜けたように目を丸くしていた。


「ま、ボクがしたいようにしてるだけで理由は無いな。お前らがイヤだっていうんな」


「言っておくけど恩返し出来るまでは捨てないでね!」


「必死だなあオイ。気にすんなって言ったのに」


 慌てて言葉を遮る。

 絶対、ロシェに恩返しだけはすると昨日から決めていた。それに今から捨てられても困る。

 何をもって恩返しにするかは、いっぱい考えておこう。


「もし捨てるなら拾って下さいって相田さんにプラカードを持たせ」


「私が拾う!」


「待て待て待て待て!」


 伊藤さんの爆弾発言の途中に爆弾宣言するナイト。黙って歩いていたのにクワッと碧眼を見開くのでビビる。そっとロシェのほうに避難した。


「大変だなあ桜は」


 そう思うなら助けて……。そんな気持ちでロシェを見上げるが、彼女は遠い目でメンバー全体を見渡していた。


 暴れ馬レイリーとそれを制するのに必死なルミネア。覚醒済みナイトと楽しく私をイジる伊藤さん。さらにイジられる私と引率の先生ロシェ。


 先が思いやられる、と空気や表情からダイレクトに伝わった。

 私も同じです。ロシェ先生。

少し長くなってしまいました。

いよいよセブンルーク王国突入です。

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