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14 朝の六人

 ロシェ宅のリビング。

 そのソファーに腰かけていた。


 ふと思い出して、私は付け忘れていたヘアピンを取り出し髪を留めようとする。

 その動作を見ていたらしい伊藤さんが私のセーラー服の裾を引っ張った。


 何だろう?


 そう思った時にはピンを取り上げられて、後ろに回られてしまう。見上げると伊藤さんの顔がすぐ目の前で心臓が飛び跳ねた。


 び、びっくりした……。


 大人しく前を向いていることに決めると、伊藤さんが私の髪に櫛を通し始める。いつの間に櫛を。


「短い髪でも、とかさないと駄目ですよ」


「……ありがとう」


 しかし伊藤さんの甲斐甲斐しい姿に目を止めていたのは私だけではない。

 向かいに座る来訪者————侵入者の二人とその隣に座るロシェ、私の隣で正座しているナイトまでも伊藤さんの行動を不思議に見ていた。


 ちょっと目立ってますよ伊藤さん?

 心の声は届くことなく、柔らかく櫛を入れる。んー気持ちいいなあ。人に梳かしてもらうなんて無かったからね。頭を撫でられた猫になった気分。


「で、ボクはあんたらの国の調査していただけで恨まれることをしていないはずだが?」


「しただろー! ウソつき!」


「お前が調査の邪魔をするからだ」


「それで商売が続けられなくなったんだぞ!」


「違法商売なんかしているからだろう。第一あれは自業自得だと思うが?」


「ななな……!」


「憲兵じゃなかったことに感謝してもらいたいくらいだ。あーそっちでは警察ってやつか?」


「ぐぅ……」


「どうした? ぐうの音も出ないか?」


 出てるみたいだよ、ぐうの音。


 伊藤さんは髪を梳き終わってから私の前髪をヘアピンで留める。そのまま頭を優しく撫でられるのだけど、な、なんだろ。まあ気持ちいいからいっか。

 謎な行動ではあるけど彼女なりの愛情表現ということで結論付けた。


 何だかナイトが「私も出来るようになったというのに」と手をワキワキ動かしているのは見なかったことにしておく。


「そうデスね。捕まらなかっただけ良かったデス」


「で、でもー……」


「レイリー、もう戦っても勝率は十二・三パーセント。負けてしまう結果が丸分かりデス」


「その演算システムが間違ってるカノーセーはないのー?」


「ありません。故障で無ければデスが」


「うぅー」


 レイリーにそう言うルミネアは、実は人造人間。人間に似せて造られた精密なロボットらしいのだ。

 最初に聞いた時は驚いたけど、ロシェが言うには「機械の国からやって来たから不思議ではないさ」とのこと。


 技術的に驚きなんだけどなあ。


 ルミネアが魔法を使っていないと言ったのはそのせいだ。

 レイリーが時間を稼いでいる間、ルミネアに内蔵された波動砲のエネルギーを溜めて発射する予定だったらしい。

 あーどこに内蔵しているのか超知りたい。後でお願いしたら見せてくれるかな?


 とにかくそれがナイトの眼に暴かれてしまったわけだ。


 狙いを定めてからエネルギーのチャージを行わないといけないらしく、見付かる前にチャージは不可能。よってあの様に無茶な手段に出た……とレイリーの支離滅裂な説明をルミネアが噛み砕いて丁寧に説明してくれた。


「もうあたしたちダメだー! オシマイだー!」


「大丈夫デス」


「だって捕らえられたしケームショ行きでしょ!?」


「私の波動砲で刑務所を吹っ飛ばしますから」


「……それはシャレになんねーよ」


 侵入者のコントにロシェは頭を抱えた。苦労するね。


 レイリーはソファーに凭れて難しい表情になろうとしていて、ルミネアはルミネアで「シワになりますよ」と的外れな注意を行っていた。


 緊張感無いなぁー


 え? 私も緊張感ないって?


「やっぱり字が綺麗ですね」


「あはは、褒められたこと無いから照れるな」


 確かに伊藤さんに撫でられつつ、ロシェに貰った紙に筆を滑らせていたら緊張感は皆無に見えるだろう。実際、緊張感は皆無だ。


 良くぞ見破った。褒美を与えよう。


 ま、ナイトがいるからあまり心配していないのと、もう襲ってくるような真似はしないと感じ取ったからだ。


 ロシェと侵入者コンビで和解の為に話し合い。

 一方こちらでは異世界転移者トリオで会話。ナイトは話さないので、ほとんど伊藤さんとのお話になるが。


「それに速筆だなんて。授業中は真面目に書いてる感じがしなかったけれど、早めに書き終わっていただけなんですね」


 因みに筆は万年筆みたいなペンだった。インクに付けると書ける。漢字、ひらがな、カタカナ、英語。カリカリと紙に文字を刻む。


「じゅ、授業中見てたの?」


「意識せずとも見てますよ。ついつい、くすぐり倒したい衝動に駆られるのも事実です」


「いま知りたくない事実を聞いた気がしたんだけど……」


 なんかすごいこと言われた。聞かなかったことにしよう。


「まー板書を写すのは得意なんだけどね」


 そう、私は授業の写しタイムが短い。暇なので窓の外を眺めていることが多々あった。

 先生の話も、その、聞いてたよ?


「早く書けるなんて十分羨ましいですよ?」


「んー早くてもな。伊藤さんみたいに話を上手く纏めて書けないから、感想とか考察とか全然だもん」


「相田さんも私のこと見てるじゃないですか」


「発表だのスピーチだのあるし大体の班分けで一緒じゃん」


「相田さんも私のこと見てるじゃないですか」


「なんで二度も言ったの」


 名前順問題ですぐ指名されるのは勘弁願いたかった。

 伊藤さんとは良く同じ班だったし、そういえば体育でもペアを組むことが多かったな。彼女とは一年生の時も同じクラス。そう考えると付き合いは長い。


「もっと私を見て……」


「なんだろう、すっごく変態的に思うんだけど」


 見上げた私の頬を、後ろに立つ彼女の両手に捕獲された。目と鼻の先に端整な顔。その顔が赤く艶っぽい。

 色気が、その、スゲー。



「キス、しちゃいますね」



 彼女の流れる黒髪から良い匂いがして、頭に靄が掛かったようにクラクラした。熱い息が混ざり合う。


 私はペンを手放し、そっと手を伸ばして彼女の頭を撫でる。感想としてはつるつるサラサラ。


「と、まあ冗談はその辺にして」


「あらら、バレちゃいました?」


 さすがにキスはビビった。何で今なのとか、女の子同士じゃんとか、ファーストそんなで良いのとか逡巡しちゃったよ。

 流れに飲まれそうだったのも彼女の凄まじい演技力に圧倒されたからだ。


「もー伊藤さんジョークは高度過ぎて難しいよ……」


「褒めて頂ける経験が無いので照れますね。でも本当にジョークかどうかはわかりませんよ?」


「あははは、わかるよ」


「え?」


「表情だけなら私もたぶんわからなかったかな」


 そう、表情だけなら難しかったろう。騙されるところだった。


 表情に出ない人形とばかり関わってきた。その為、人形との意思疎通を円滑に行う目的もあるが慣れでわかるようになったことがある。それは空気や雰囲気だけで状態を読み取ること。人形だけでなく人間にも有効らしい。


 ただ、わかりやすさはある。

 ナイトは付き合いの長さからわかりやすい。ロシェは表情との離反が少ないのもありわかりやすい。伊藤さんは逆に複雑でわかりにくい。

 一年半くらいはクラス一緒だったのになあ。


 彼女は本気で唇を奪う気は無く、私があたふたするのを弄るつもりだったのだろう。


「……相田さんは変なところ鋭いみたいですね」


 何かを察した模様。頭良いんだよなあ。ただ私から離れた後は「変なところ鈍いみたいですけど」と呟いていた。

 聞き捨てならん。答えなさい。


 と、コントを開催している内にあちらの話し合いが終わりそうだった。

 ちち違うよ? 好きでコントしてたわけじゃないんだよ!? そんな流れになっちゃっただけで!


「————要約すると、お前ら仕事無くて金に困ってるんだろ?」


「大体のところそうデスね」


「永弾の悪魔のせいでねー」


「仕事を案内してやるよ」


「え!?」


「それでいいだろ?」


「ホントに!?」


「ああ、ただ条件があるんだが」


 私をチラリと見てからレイリーとルミネアに視線を向ける。


「こいつらのことは内密にしてくれないか?」


「あー……」


 なるほど。

 そういえば色々と彼女たちの前でやらかした気がするなぁー


 レイリーは私と伊藤さん、ナイトを順繰りに見てから頷いた。


「いーよ、それだけで仕事が貰えるなら」


「私も構わないデス」


「ま、内密じゃ無くなるかもだがな」


「え?」


「それより行こうか仕事場に」


 立ち上がるロシェ。


 私たちはどうすれば良いんだろ?


 その気持ちを見透かしたのか、ロシェが私たちを眺めて手招きする。


「情報が必要ならついでにお前らも来た方がいい」


「どこに行くの?」


「ああ、それは——」


 ロシェはここにいる一同を再び見回して、つまらなそうに宣言した。


「セブンルークだ」

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