13 朝の来訪
「んー誰かいるな」
「何奴?」
ピリピリと緊張が走る。
いち早く席を立ったロシェとナイトは周囲を警戒。私はワンテンポ遅く立ち上がり伊藤さんの側に控えた。伊藤さんは張り詰めた空気を察して黙り込んでいる。
今、何者かがこの家に潜んでいる。たぶん二人くらいか。私が感じた違和感は人の気配によるものだったらしい。
「ちょっと、気付くの早いじゃないかー」
「——計算上では後、十九・八秒は気付かなかったはずデス」
コソコソと聞こえる二人の女の声。
「その約二十秒が無くなったのはアイツの客人の影響っぽいよ?」
「そうみたいデスね」
「さっさと出てきたらどうだ?」
ロシェはそんな侵入者に呆れた声で話しかける。
すると音もなく現れた人影。
かなり……凸凹。
一人の少女は明るい茶髪のボブで意地悪そうな笑みを浮かべていた。黒いローブにすっぽりと覆われた低身長は私より年下に見える。
何故かふんぞり返っていた。
何故だ。
もう一人は珍しい薄緑の髪。スノーゴーグルのようなゴーグルを掛けているので目は見えない。少し背が高いらしく、隣の少女の身長を際立たせていた。
小さいほうが声を上げる。
「さー大人しくコーソクされろー! 永弾の悪魔!!」
「えいだんの……悪魔?」
ロシェを見て言っているのだし、ロシェが“永弾の悪魔”とやらなのだろう。厨二の匂いがするお名前だ。どういう意味が込められているのかは分からないけど。
「お前らはこの前の————調査対象国の人間?」
「ふふん、永弾の悪魔ロシェ、ここで会ったが百年目!」
小さいのがトテトテと走ってくる。子どもが公園で駆け回る姿と変わらない気がして——正直、戦意が削がれる光景だ。
「ナイトお願い」
「承知した、マスター」
私の声にナイトは頷く。
侵入者には変わりはないので対応することにした。ナイトに近付いて肩にそっと触れる。こうやって力を注ぐと、効率的にパワーアップ出来るのだ。人間になったら効力が無くなるわけでは無いらしく、ちゃんと機能した。
ナイトは刀に手を掛けてロシェと小さい侵入者の間に立つ。
「おい……下がれ」
「あんたのお客さん、命知らずだね~」
ロシェの緊迫した声と暢気な侵入者の声。
ナイトは一瞥しただけで何も答えない。
「傷を付けたらダメだよ」
「相変わらずお優しい」
「ナイト危ねぇから手を出すな」
振り向かずに侵入者を真っ直ぐ見据えるナイト。
「指図される覚えはない。私のマスターは桜だ」
私への忠誠を恥ずかしげもなく言って、刀を抜き左足を引いて構える。私は私で久しぶりに自分の名前を彼女から聞けて感動していた。わーもっと呼んで欲しい。
「あー、んじゃ桜? こいつを止めてくれ。ボクが片付けるから」
「だーめ、まだ何もお礼してないし良いじゃん」
「良いじゃんって」
「とりあえず片付けは私たちに任せて」
「いやいや関係ないやつを巻き込めないだろ」
「いいから! ナイトは結構強いよ?」
「仕事上の不始末がコレなんだ、お前らの手を煩わす訳には」
「あっちの世界でもよくあったことだから平気だよ」
「片付けなら宇宙人であるボクのほうが————」
「っだぁあーーーーーー!!」
私とロシェが言い争っていると、小さい侵入者が耐えかねたように叫んだ。親に構ってもらえなくて怒っている子どものようだ。
「さっきから片付けだコレだなんだって! そんな簡単に倒せると思ってるのー!? バカバカバカぁー!」
私たちは呆気に取られる。
……泣き始めちゃったよ……。
頭を撫でたい衝動に駆られて思い留まった。
「うっ……あんたのせーで、ひっく……商売出来なくなっちゃって、ルミネアと一緒にフクシューしよーとしたら……ぐすっ……」
「あちゃー何か泣かれてる?」
「泣かれてるね」
「泣かれてますね」
私の隣に並んだ伊藤さんまで苦笑い。
敵、だよね?
それとも演技か。
泣き喚く小さな侵入者から目を離して、彼女の口から出てくるルミネアであろう人物を観察することにした。
「………………」
無言で佇む淡い緑の髪を持つ少女。
時折、ゴーグルのレンズが輝いて見えた。
彼女は泣いている少女の仲間のはずだ。なら何故、何もしていない? もし、既に何かをしていたとしたら?
それは手遅れになる。
「ナイト」
「斬り捨てるか?」
「傷付けないでって言ったばかりでしょ?」
「むぅ難儀」
「熱心で嬉しいけどね。そうじゃなくて、視れる?」
「視るのか?」
「お願い」
「マスターの頼みとあらば」
ナイトの後ろ姿を見守りつつ、ルミネアを注意深く見つめた。この間にもロシェに対する恨みつらみが泣き声と共に室内に響いている。
「ロシェは何をやっちゃったの?」
「仕事内容を部外者には教えられないな」
「仕事かあ」
永弾の悪魔と呼ばれる由縁はそこにあるのだろうか。
悪魔。その言葉は不吉さを伴う。少し年上に見えるが仕事もしているとは……異世界基準だろうか。
彼女を信じていると言っても、結局のところは他人。何も知らない。只者ではないとわかるが——
そんな当人が油断無く警戒しながらチラリと振り向いた。
「しかし、巻き込んで悪い」
そう溢すとまた前を向いて侵入者とナイトを確認する。彼女が少し罰の悪そうな表情なのを見つけて、疑っていたことがおかしく思えてくる。
信じればいい。
こんな綺麗な眼をした彼女を疑うほうが間違っている気がするのだ。不思議と。
「マスター」
「視れた?」
「視れた。マスターと違う力の流れを」
「じゃあ元は?」
「それが——あのゴーグル緑と泣き虫とロシェからだ」
そのナイトの言葉に侵入者の二人とロシェがピクリと反応した。
「お前、魔律の流れが見えるのか!?」
「……ぐずっ……な、な、なんでバレて……とゆーか泣き虫じゃないやい!」
「…………」
三者三様の反応。
私はロシェから溢れた単語に惹かれた。
「魔律?」
「それも知らないんだったな……例えが出てこないが、魔法を使うのに必要なエネルギーが魔律だ」
「何となくですがマナと近いみたいですね」
「魔律を操ることで使える近代魔法。その魔律から生まれた精霊と協力するのが精霊魔法」
「何だか異世界ファンタジーっぽくなってきた」
「もうこの状況が異世界ファンタジーっぽいですけど」
伊藤さんに、それもそっかと呟く。
剣と魔法の世界。異世界ファンタジーの鉄板とも言うべき舞台に飛ばされたって感じか。
逆に何も無い空間に放り投げられて「さあ冒険しろ」と言われても無茶だし、体が対応出来ないような地獄の空間に投げ出されても即死の運命だ。
そう考えればこの舞台はピッタリで、ご都合主義全開の異世界対応能力もナイスといえる。
ご都合主義万歳。
「……? よくわからんが、魔律は魔力が無いとただの空気だから扱えないと言われているな」
考えが明後日の方向をひた走っているのを全力で戻す。
またボーッとしてた。危ない。
「でも魔律の流れが見えちゃいけないの?」
「普通は魔力を感じることが出来ても、魔律を見るのは無理だ」
「え、でも今、魔律を扱うって」
「まあ扱う本人が魔律を感じるのは当たり前だな。けど他者がその扱っている魔律を感じるのは、魔法として構築された後だろう。増してやそれが見えるだなんて」
油断なく牽制し合う侵入者とロシェとナイト。小さい侵入者が無駄にハキハキ動いていて、すっごく気になる。
「例え魔律の動きが見えたとしても、私は魔法を使用していないので関係ないデス」
沈黙を守っていたルミネアが口を開いた。魔法を使ってないかあ。嘘ではないみたい。
ロシェも頷いている。魔律は感じることが出来ないが魔力を感じることが出来ると言っていた。つまりルミネアには魔力が無いのだろう。
「そ、そーだ! そーだぁー!」
便乗して小さいのが跳びはねる。……元気だなあ。
「ゴーグル緑、その物騒な力の流れを消せ」
ナイトの鋭い言葉に固まる二人の侵入者。
「待て泣き虫……その力をマスターに向けたら喉笛をかっ斬るぞ」
「——ひっ!?」
ナイトは物騒なセリフを吐きながら剣呑な空気を纏う。小さい侵入者は眼光に射竦められたようで、動かない。
「どうなっているんだ」
ロシェと伊藤さんの困惑した表情を横目に、ナイトの後ろ姿を頼もしく眺めた。
「魔律ってやつも視れると思うけど——ナイトが視れるのは“力の流れ”だから」
いわゆる限定的な魔眼だ。これこそ厨二ちっく。あれ、厨二そのものかな。そもそも私、中学二年だよね。
「つまり力なら何でも視れる……と?」
「たぶんね」
厨二の話はとりあえず忘れることにした。
「すげぇな。でもナイトはぬいぐるみなんだろ? 何でそんな力が」
「まー色々とね」
思い出した。彼女は恨んでいるだろうか?
いくら仕方無いとはいえ、私は彼女に——。
「マスター?」
「あっ……そのまま牽制してて」
「承知」
彼女は私の力の些細な揺れに気付いているのだと思う。だから心配そうな瞳を向けたんだ。その碧眼は特殊な輝きを宿している。もうそろそろ魔眼効果が切れちゃうかなー。
そんな胸中を知らない敵——ルミネアはため息をついた。
「レイリー、これは計算外デス」
「あ、うん」
「この方たちとやり合うのは分が悪すぎます。止めましょう」
「そう、だね。ここだとあたしは役に立たないしね……」
絶句していた小さい相棒ことレイリーは、放心状態でナイトの持つ刀を見ている。
「あーなんだ。とりあえず一杯しようか?」
場違いなロシェの提案に私は吹いてしまいそうだ。
戦意が侵入者に見られなくなったことで、ロシェも密かに練っていた魔法を解いたらしい。
謎の二人組による朝の襲撃は一度も刃を交えること無く幕を下ろした。