01 始動の歌
とある神社に来ていた。
夕暮れの橙色が幻想的に世界を染め上げている。
古びた鳥居に寂れた境内。役目を果たせていない賽銭箱。雑草も生えっぱなしで秋風に吹かれた木の葉も落ち放題で舞い放題。視界に全体像が入るほどには小さい神社。
とてもじゃないけど、人が来るようには思えない。手入れさえロクにしていないんじゃないかな。でなければこんなにならない。
それほど酷い神社に足を踏み入れた私。意図的に来てはいた。やっぱり今日は止めようかなーなんてボヤきながら、二段残した階段を登りきる。
止まらない理由。
呼ばれたからだ。
哀しい声音に……
歌声が聴こえる。
か細く、高く、でも鮮明に、
~~~♪
哀しげな歌が確かに聴こえる。
でも私以外に誰も見当たらない。
背筋に冷たいものが走った気がした。
参道を静かに歩き、賽銭箱の前に立つ。
どこから聴こえるのかわからない。とりあえず何処かに入ればわかるだろうか。拝殿を目の前に私は浅く息を吸う。
ここは人形供養で有名だった——らしい神社。
そうこの地域で話されている。
最近それを知った。
放課後に制服のまま寄り道。今では悪いとは思っていない。注意する人もいないから。それよりも重要なのはこの場所この話である。
家から少し遠いので知らなかったのも自然な話だが、今回は悔やんだ。無知であることを。私が興味を持つのは必然に等しい内容だから。
この“力”に関係しているかもしれない。もし違うなら聞いた話の真相を探ぐるつもりだ。それで何かが出来るなら試してみたい。
たぶん私と同じような境遇の人ならわからないような気持ちだと思う。試すためだけに、自身にとって危険な領域に踏み出すのだから。
両腕に大切に抱いたクマのぬいぐるみ——ナイトを軽く抱き直し、拝殿の扉をひいた。
「…………」
ものの見事に真っ暗。
これじゃ何もわからない。
ゆっくりと中へ足を踏み入れ目を凝らす。
「……っ!」
次の瞬間。強い圧迫感が一気に私を襲う。体が瞬時に動かなくなり、何も音が聞こえなくなった。
たぶん破壊的なほどの威圧を受けたのだろう。
思わず目を閉じてまた開く時には、真っ暗な建物の中はクリアな状態で映った。目の前に見える光景に暫し絶句する。
覚悟の上だったはずなのに……
両腕に抱えるナイトは警告するようにナイトの胸元にある鈴を鳴らす。
いや、警告するようにではなく“警告している”んだけど。
『貴女はだれ?』
頭に直接響く声。
女の子の繊細な声音。
堅く警戒心が強いのを伺える。
声の元を探した。
「私は————相田 桜」
答えつつ辺りを見回す。中はたくさんの人形で溢れ返っていた。
部屋全部を隙間無く埋めつくし異様な空気を放っている。雛壇に載せられた子達からは悲鳴が聞こえそう。
哀しみ、苦しみ、怒り、憎しみ。
負の感情が流れるようにこの場で停滞し渦潮の様にぐるぐるしている。表情には出ない人形たちの空気や雰囲気は通常感知出来ない。でもその点、私は慣れているので痺れるほどわかってしまった。
これは、最悪の状態。
しかもこの数の負感情は異常だ。
冷や汗がツーっと流れるのを感じた。
『何しに来たの?』
「試しに来た」
淀み無く答える。迷いや動揺に付け込まれてはいけない。
因みに声の本人は見つかりそうにないので早々に諦めた。多過ぎる。
なぜここに人形がこんなに置いてあるのか。そしてこの状態。興味本意で来たのは確かなのに、近くへ来た途端に私を呼ぶ不思議な声はなんなのか。試すためだとは言ったけど、この状況で無事に帰れるのか。
何か不安がよぎった。
『そう、では貴女は何を試すの?』
真っ当な質問である。答えて何が待ち受けるかは今のところわからない。私が望む結果なのか、それとも違うのか。
でも、
「自分の力の由来でも探して、ついでに君達を救う」
ここまで来たら、譲れなかった。
「一石二鳥のお得なお試しセットだと思うんだけど、どう思う?」
不敵な笑みを浮かべて、汗の滲む手を固める。
危険な香り。
異常と不気味さ。
不可解を運び、冷んやりと私の身体を撫でまわす恐怖。
安全に済めば良いんだけどなあ……。
この時の私は、希望的観測が最悪な絶望的観測を塗り潰すことを忘れていた。
言ってしまえば舐めていたのだ。
自分以外の脅威はない、と。
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