飢餓
酷い空腹と喉の渇きで目眩がする。頭の奥からひび割れていくような鈍い痛みが広がって、何度も床に胃液を吐いた。唇もかさかさで、薄い皮が時折歯に張り付いて、ぺりと捲れて血が滲んだ。
冷たくて肌に痛い石の床に転がって、飢餓状態になると人はこんなふうになるのか、なんてぼんやりと考えた。白金の髪が石の隙間に溢れた朱紅いへどろを吸い上げて、不愉快な臭いに眉を顰めてみたけれど、手も足も動かす気にならなかった。
瞼を閉じれば、冷え切った頬に熱い雫が流れて。こんなにも身体が水を欲しているのに、まだ流れるものがあったんだ、なんて。くだらないことに驚いた。
このままわたしは飢えて死ぬのだろうか。自分の名前も知らないまま、どうしてこんな目に遭っているのかもわからないままに。
この涙が無力な自分を嘆いたものなのか、理不尽な仕打ちに対する憎しみによるものなのか。それすらもわからない。
乾いた喉の奥で、ひゅうと掠れた音がした。
床に近付けた耳の奥で、ごつごつと重い靴音が鳴り響いた。蝶番が軋む音がして、朧げな視界で重い鉄の扉が開かれた。
現れたのは濃灰色の不揃いな髪をした男。古びたコートと黒革のロングブーツ。きっと瞳は琥珀のような金の色。
重い足音が石の床を通して頭に響く。
どうしてだろう。
わたしはもう、その足音に恐怖を感じなかった。
閉じかけた瞳に映る虚ろな景色の中で、男はぎこちない動きで膝をつく。へどろにまみれたわたしの髪をすくい、綺麗な琥珀の瞳を細める。
「水と、……こんなものしかなかった」
柔らかな低音でそう告げて、彼はわたしを抱き起こした。床の上に置かれたプレートには、水に満たされたグラスと、まるっこいパンがのっていた。
ごくりと喉の奥が鳴った。男の腕を押し退けて、わたしは無我夢中でグラスに手を伸ばした。冷たい水を喉に流し込み、ちぎったパンを掻き込んだ。
獣のように全てを食らい尽くして、わたしはようやく一息ついた。まだお腹の奥が疼いて、喉の感覚もおかしかった。けれど、あんなに反抗的な態度を取ったのに、わたしの願い通りに食事を与えてくれた彼に、お礼を言わなければいけない気がして。
わたしはのろのろと膝の上に手をついて、伸ばせるだけ背筋を伸ばし、顔を上げた。
「ありがとう」
その声は酷く掠れていたけれど、無理矢理に笑顔を作るわたしの顔を見て、彼は安堵するように琥珀の瞳をすっと細めた。
彼は穏やかに笑っているのに、わたしは何故か、彼が泣いているように思えてならなかった。
きいと錆び付いた音がして、籠の扉が閉められる。鉄の錠前に鍵を掛け、籠の中のわたしを一瞥すると、彼は分厚い鉄の扉を開き、暗闇の中へと姿を消した。




