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8.絶望の最果てに、僕は何を成すか。

「畏まりました。御主人様。」


「そしてその生首持ってこい! いいな!」


「はっ。」


「な……な……」


 何を言っているお母さんを殺せだってそんなの許されるわけないだろふざけてるのかおかしい可笑しいオカシイやめろ辞めろ止めろヤメろぉぉぉおおお!


 しかし、僕の喉は叫びをあげてくれない。


 そして、ツヴァイとやらがどこかに去っていって。

 僕と金髪の女性だけが残されて、嫌な沈黙が降り注ぐ。脂汗が噴き出し、舌の根が急速に乾いていく。心臓の音が警鐘のように鳴り響き、それを恐るかのように呼吸が浅くなる。


 ……………


 ここは、防音ではない。

 故に、外の音もたまに、聞こえる。否、聞こえてしまう。


「ァァァァァアアアアアアアッッッ!」


 紛れもない、お母さんの声だった。

 その声に、絶叫にハッとし、俯いていた顔を上げると、勢いに余って涙が空を舞った。

 その涙が、その後の沈黙が、ピチャピチャと囁くような小ささの音が、カツカツと貫くような足音が、全てを如実に語っていた。


 …………………………


 思考を停止し、感情の機能を抑制させる。これから起こるであろう、見るであろう光景を、最低限のダメージで済ませれるように。


「お母さん……」


 しかし、掠れた声は、今もなお流れ続ける涙は、そんな理性を無視して、本能の感情を表し続けた。一瞬が永遠のように感じられ、思考がスロー再生のように遅くなる。

 しかし音だけは鮮明に聴こえ、マトモな覚悟もできないまま、その時は来る。


 ぎぃ


 扉が押される。僅かに外の光を入れ、それを遮る影が酷く鬱陶しい。


 カツン


 開かれ続ける扉の隙間から、足が出てきた。それが誰のかは、すぐに分かった。分かってしまった。

 その足音が、死神の足音のように感じられ、奥歯を噛み締めた。


「御主人様ーー」


 ツヴァイとやらの声が聞こえた。抑揚も感情も感じず、機械的な声だった。だから、その声が何を表しているか、咄嗟に判断がつかなかった。


 ぴちょん


 何かが、液体が弾けるような音がした。それが無色透明ではないことくらい、分かる。

 けど、それは、誰のかは……まだ、分からないはずだ。可能性は一杯ある。


「おかあーー」


 逸らしていた視線を、扉へと向ける。

 堪らず、叫んでしまった。呼んでしまった。声を掛けてしまった。希望を、奇跡を願った。全てを踏み躙あっれてはたまらなかった。僕のお母さんで、唯一の味方……なのに。

 涙でボケた視界に、一人の女性が入る。

 その、両手が抱えていたものは。


「お母さんをッ、その穢らわしい手で触ってんじゃねぇ!」


 ーーお母さんの生首だった。

 分かり切っていたこと。99%の可能性が、当たっただけのこと。1%なんて、絶対に当たらない。そんな運があるんだったらそもそも、ここに来ていない。希望なんて、抱いた時点で負け。希望が顕現することなんてありえないし、あってはならない。

 喉が千切れても、叫ぶ、叫ぶ、叫ばないと現実を目の当たりにしてしまう。


「今すぐお母さんを返せッ! 今すぐこの拘束を解けッ!」


「ノー……ル……?」


 まるでそう叫ばれる理由が分からないとばかりに、金髪のクズは一歩後退った。

 怒りがぼこぼこと湧き上がり、この憤慨をそのまま形にする。


「その名で呼んでいいのはお母さんだけだッ! お母さんを殺したクズがッ!」


「ッッッ!」


 声が震え、上ずる。

 涙をぼろぼろ零して、それでも睨み付ける。

 許さない許してたまるかお母さんは何人にも変えられない、僕の全てだった。僕の絶望に希望をくれた、唯一無二の味方だった。


 それが、分かっていて……言っているのか。


 息が荒くなり、涙を流しながら奥歯が割れることも厭わず食いしばる。

 食いしばることで、睨みつけることで、お母さんは決して帰ってこない。そんなの千も承知だ。けど、けどそうしなければならない。そうすることで今の僕という存在は保たれている。生きるのなら、それくらいの憤慨はしておかないと、いつか死んでしまう。


 ……?


 微かな疑問。しかしそれはみるみる内に膨れ上がり、巨大な違和感として僕の心を蝕む。捉えようもなく、蟠るように居座っている。その癖、まだ膨れ上がる。


「……ゔ」


 その違和感を吐き出そうとするように、僕は嘔吐した。

 ビチャビチャと、床を穢していく。

 しかし、吐き出されたのは違和感では無く、胃液と……そして、僕の頭を機能させていた常識だった。


 何で、生きなければならないのか。


 そんなの分からないし、分かりたくもない。生きるのは当たり前で、生きることで、生きることに意味を見出すーーそう、思っていた。


 何故、生きるという行為を日常的に行わなければならないのか。


 そんなのーー………………………本当だ。何で、僕は生きてるんだろう。

 生きる理由も、僕を支えてくれた全ても、何もかもが崩れ去ったというのに。

 異世界になんて、来るんじゃなかった。

 学校になんて、行くんじゃなかった。

 人になんて、会うんじゃなかった。


 ーー産まれてくるんじゃ、なかった。


 自殺はしちゃいけない? 馬鹿言うな。地獄を味わい続けろって? そんなの無理だ。

 希望があるから待てって? ふざけてるのか。お前の寝覚めが悪くならないようにするための、自己満足のためだろうが。

 諦めるな? 人生は希望で満ちているって? 上から目線で偉そうに驕り高ぶってんじゃねぇよ。そんなのお前の主観じゃねぇか。俺の主観で満ち足りた瞬間は全て殺されたんだよ。


 なぁ。


 生きることには、リスクもリターンもある。


 けど。


 死ぬことには、リスクもリターンも無い。


 極論。


 人とは、死ぬために生きている。


 暴論。


 人とは、死ななければ生きたことにならない。


 結論。


 僕は、生きたことを証明するために、死ぬ。


 そのための、最良で、今この拘束されている状況で実現できる手段はーー


「ちょ、何をしてるのッ!?」


 舌を噛み切る。その程度だ。


「〜〜〜〜〜ッッッ!」


 痛い痛い痛い痛い血が流れて溢れて苦しい苦しい苦しい苦しい


 死なない何で死ねないおかしい噛み切れれば死ねるんじゃなかったのかもっと根元で噛み切らないとダメなのかクソが創作物フィクションなんて信じるんじゃ無かった!


「つ、ツヴァイ! 今すぐ治癒魔法使いを! 急いで!」


 ガチャガチャガチャガチャと拘束されてるとわかっていても暴れる。このままでは死に損なってしまう。そうだ凶器。ナイフでも何でもいい。早く。


 早く死にたい。


 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい


 凶器が見つかったただのナイフだけど十分過ぎるけど手が届かない。


「な、何!? 手を使いたいの!?」


 俺は何度も頷く。


「ちょ、ちょっと待って……ほらーーって、え?」


 ナイフを握り締め、勢い良く喉を深く掻っ切る。意識が、力がある内は、何度も何度も。もう死に損なうことなど起こらないように。

 鮮血が噴き出す。何度も見慣れた血。そして匂い。全てが脳に刷り込まれている。

 そして、最後の力を振り絞ってーー


「や、め……」


 ーー心臓に、ナイフを突き刺した。









 僕は、死んだ。

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