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7.救いの破壊

 朝、目が覚めると、そこにはいつも通りの風景が広がっていた。


「ノール。おはよう。」


 コンクリートに敷詰められた藁の上で、僕の横で、お母さんが微笑んでくれている。


「うん。おはよう。お母さん。」


 僕も微笑んだ。微笑み、微笑み返した。

 お母さんが居れば、何も怖くない。お母さんさえ居れば、お母さんだけが居れば、何も、恐れることはない。


「体は大丈夫? 自殺しない限り死なないって本当? 無理してない?」


 お母さんはやや心配性だが、そんなことは気にしていられない。

 心配されることに、どれだけの愛が籠っているのか、僕はちゃんと理解しているから。


「それは本当。だから大丈夫だよ。……けど、お母さんの方こそ、無理してない?」


「ええ。大丈夫よ。これでも、5年はここで生きているのよ?」


 5年。

 僕がここに来て、早1年が経とうとしているから、相当なものだ。

 ……そう言えば、クラスの皆はどうしているのかなぁ。


 ……ま、どうでもいいか。


「でも、無理だけはしないでね。お母さん……」


 死なないでね。

 そう、僕は言外に含めた。

 僕達の主というべき人は、とても怖い。出会い頭に人を殺すことだってままあった。僕も、これまで何度も致命傷を負わされた。

 それでも生きていられるのはこの能力のお陰でもあるし、お母さんのお陰でもある。


「ええ。約束するわ。」


 お母さんは小指を差し出した。

 お約束するときにする、指切りだ。


「うん。約束。」


 僕は同じく小指をお母さんの小指に絡ませて、小さく上下に振った。


「「ゆ〜びきりげんまん嘘ついたら針千本の〜ますっ、指切った。」」


 僕達はゆっくりと小指を外して、また微笑みあった。


「……ノール。来なさい。」


 と、いきなり外から僕を呼ぶ声が聞こえた。

 僕達を散々痛め付けている金髪の人だ。僕を痛め付けるのは構わないけど、お母さんを痛め付けてるのはやめてほしい。


 僕はお母さんに目配せして、無言ながらも「行ってきます。」と伝えた。

 お母さんもまた、「行ってらっしゃい。」と、目で伝えてくれた。

 まさに以心伝心である。

 僕は少し誇らしい気持ちで、金髪の人のところに向かった。


「ノール。最近、アインとやけに仲が良いわね。」


 皮肉を言うように、拗ねたように金髪の人は僕と目を合わせない。

 しかし僕は、それに正直に答えてしまった。


「だって、お母さんだもん。」


「……は?」


 一瞬、信じられないような声が聞こえるも、すぐに納得したらしく、怪訝な顔で僕を睨んだ。


「……本気で言ってる?」


「当然だよ。」


「………」


「………」


 何かを見定めるような時間が過ぎ、彼女は形の良い眉を寄せた。

 そして、何も言わずに歩き出した。

 その足音は、何かを貫くように鋭かった。

 僕はそれを見て、何故か、お母さんが居る牢屋を振り向いた。角度的に、お母さんは少ししか見えなかったけどーー


 ーー嫌な予感が、拭いきれなかった。





「ねぇ。ノールは、お母さんのことが好き?」


「ぅ……ん…」


 腕を切断され、止血していない断面は、血を流し続ける。

 音に痛みが混じってノイズとなり、判断を鈍らせる。

 けど僕は、どうにか肯定した。


「ねぇ。ノールは、お母さんとずっと一緒に居たいって思う?」


「うぷっ………う、うん。」


 浅い呼吸を繰り返して、酸素を吸引し続ける。

 腹を抉られて、黄色い液体が吐き出される。


 ぺちゃぁ。ぴちゃっ、と。


「私よりも?」


 ……は?


 なにを、当然の事を言っているのだこの人は。

 こんなことをしておいて。お母さんを虐めておいて、よく、よくそんなことが言えるな。

 僕は呼吸が整うまで咳き込み、呼吸をすると痛む腹を叱咤して、叫んだ。


「当然…だ…ろう……が……!」


「……!」


 彼女は少し怯んだような表情をした後、なんと涙を流した。

 ツゥ、と。そんな音がしたように錯覚するほど、その軌跡がゆっくりと、煌めいて見えた。


「応えて……くれてたじゃない……」


「……?」


 訝しむ僕を他所に、彼女は頭を抱えて、そして髪を掻き毟る。


「1年……ずっと、ずっと側に居たじゃない。なのに、なんで伝わらないの? 何で、何で何でなんでなんで何で何で何で何で何で何で……………!」


 ベキョォ! と奇怪な音を立てて僕の肋骨が肺に沈み、折れた骨が心臓に突き刺さる。


「〜〜〜ッ!」


 怒りで頭が冴えていたのが原因なのだろうか。最近の痛みのどれよりも激しく痛い。

 何度も。


「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでぇぇぇえ!」


 何度もベキョベキョバキバキと、体の至るところの骨を粉砕されていく。脳が痛みの信号を拒否し、頭を掻き乱されたような奇妙な感覚になった。


 ガッ!


 彼女が僕の首を絞め、親指で気管を押し潰す。


「あきゅ」


 そして、彼女は急に閃いたように目を瞠ると、俺を地面に落として、叫んだ。

 何故か、その言葉を言わせてはダメだと直感できて。

 でも、僕は叫べなかった。止めれなかった。


「ツヴァイ! 今すぐアインを殺せ!!!」

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