2.奴隷
「………?」
今、俺は言葉を発せれなかった。
「ほー。次はこいつか。虐め甲斐がありそうな顔をしてるな。」
手と足には枷が付いていて、服はボロ衣だ。
……は?
「うーん。イマイチ状況を理解出来ていないようだ。おいお前。アレを。」
「どうぞ。」
あざや傷が大きく、俺と同じようなボロ衣を纏った女性が、恭しくあるものを渡す。
………何だ? それ。
そう意識は言っていても、本能ではどこかその物体を恐れていた。
「一撃入れれば分かるだろう。いくぞ。」
ゆっくりと、自然に、躊躇いなく。
その物質は、何だろうか。何処にでもある鉄パイプのような。
俺は頭が理解を受け付けなかった。
理解したくなかった。理解しようとしなかった。
振りかぶられる。
進行方向は、腹だろうか。いや、そんなはずがない。
暴力はいけないことだ。だから、そんなことするはずがない。
だって、そう教えられて、そう学んで、これはいけないことだと、今まで何度も叱られてーーー
「うっ」
ーーー痛い?
誰かが語りかけてきた。
痛い? そう言えば、最近、転んだこと無かったし、痛いと言えば口内炎くらいだった気が………ぁ?
あ?
何かが、込み上げてくる?
「ごぽっ」
赤? 何だこれは。どこから出てきた?
口の中で、妙な味がする。鉄のような、そんな味。
あれ、あれれ、あれれれれ?
お腹が痛い。でも、こんな痛みは初めてだ。まるで、何かに押しつぶされたような……
「うぅっ」
痛い。
痛い。痛い、痛い。嫌だ。痛い。助けて。痛い。
「ッッッ………ぁぁ…」
痛みを紛らそうと、叫ぼうとする。けど、お腹に力を入れると痛い。何で、何で痛いの?
「まだ、分からないか。」
「いぁぃ…」
頭皮が痛い。やめて。こんなことしないで。髪を引っ張らないで。
「お前は私の奴隷だ。ファリ・ユーシアの奴隷だ。分かったか。」
ドレイ?
ドレイ………どれい、奴隷?
俺が、奴隷?
違う。俺は、ただの中学生だ。
「うぐぁっ」
「何度も言わせるな。殺すぞ。」
頭がぁ………痛いよぉ……
「ぅ………ぅぅ…」
「いい加減現実を見ろ。あと2回言わせたら殺す。」
お腹がぁ………頭がぁ………足が、ボキッていったぁ…
「たす、け、てぇ………」
お母さん。お父さん。助けて、助けてよぉ。
「ぁゔ…」
「1」
目を、顔を、逸らさないで。
俺を独りにしないで。
もうあんな思いはしたくない。嫌だ。孤独は嫌だ。
涙が垂れる。血溜まりに滴る。
「0」
バコッ
ドカッ、バキッ
痛い。痛い。痛い。痛い。いたい。いたい、いたい、いたい、いたい、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタ…ィ…ィタ…イ
イ……………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?
「アハッ。やっぱり、実際殺すととぉっても気分が良いわぁ。はぁたまんない。この血の味も最高だわぁ。………ん〜。もうちょっとリアクションは欲しかったけど、これはこれで良いわねぇ。あぁ。もう一回味わいたい。………ねぇあなた。来て。…そう。四つん這いになって…そう、そう!」
………………どこからか、音が聞こえる。
「ーーーーーー」
どんな音だろう。よく聞き取れない。
「ーーーァ! ー〜〜ッ!」
誰かが叫んでいる?
いや、これは、悲鳴?
「あぐっ、ごっ、ごぽっ」
「あぁ気持ちいい。ああ至福。ああ最高。最高に最高で最高だわ! もっと、もっと私を楽しませて頂戴!」
物と物がぶつかる音と、誰かの漏れ出た声と、誰かの喜びに震える声。
「………?」
状況を確かめようとするが、体が思うように動かない。
それどころか、痛みを伴う。
ーーー痛い?
さっきも聞いたような、語りかける声。
俺は自覚した。俺は意識を痛みに傾けてしまった。
「あ………ア……」
声を出すと痛い。けど、そんなのを吹っ切ってしまう程叫びを上げたい。
息を吸う。
「ごほっ、ゴホッ」
失敗。吸い込んだ息が吐き出されてしまった。
「ァァァァァ……」
「……?」
呻き声が聞こえ、喜びに震える声が途切れた。
「ァ……ア……」
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…………!
「ヴヴウァアアアァァアァアァァァアアアッッッ!」
内臓が抉られている。足の骨が折れている。頭から血が流れている。鼻の骨が折れている。歯が欠けて取れている。
叫ぶ喉が痛い。全てが痛い。
ああでも、叫んでいるからか、痛みが少しずつ引いている気がする。
「ヴォォオエェエッ」
胃から醜いものが込み上げ、吐き出される。
喉が焼けるように痛い。けど、体の痛みほどではない。
「……生き、てるの?」
カツン、と足跡がこちらを向いた。
カツン、カツン
顔を上げる。目線を向ける。
誰かが居た。誰かが屈んだ。誰かが俺と目を合わせた。
「………」
歪んだ。
顔が笑顔という形に変形した。背筋が寒くなった。
「ファリ様。そろそろお時間です。」
どこからか老人の声が聞こえた。見えない。
「ちっ。もうそんな時間か。………お前ら、こいつを牢屋に突っ込んどけ。そうだな。アインの所だ。」
目の前の女性は、顔に付いた返り血をひと舐めすると、俺に耳打ちしてきた。
「帰ってきたら、楽しみにしておくことね。ふふっ、楽しみだわぁ。」
さっきの男勝りな口調とは打って変わって、良い事があった女の子のような声だった。
俺はそのまま連れ去られ、藁が敷かれている牢屋に放り込まれた。
「………嘘…」
ここまで来て、ようやく理解した。
俺は、本当に奴隷になってしまったんだ、と。