プロローグ
………嗚呼、今日も独りか。
心臓が締まる。頭を抱えたくなる。
「あれ? 今日って絵の具要る?」
「ああ。あ、お前忘れたのか?」
「そうなんだよ〜っていうかマジかヤッベ。後で借りよぉっと。」
この会話は、ありふれている。普通だ。学校生活において、こういった会話は普通だ。
ちなみに、俺は今本を読んでいる。さっきの会話に俺は入っていない。
俺は、ぼっちだ。
そして、その状況を受け入れれる程、心が強くない。
まだ、虐めの方がマシだったかもしれない。
そう思えてしまう。そう現実逃避してしまう。
虐めの時だって、物凄く辛かった。痛かった。怖かった。
死にたいと、何度思ったか。
こんなんなら、無視された方が何倍もマシだと、何回思ったか。
夏になると冬が恋しくなり、冬になると夏が恋しくなる。という経験は無いだろうか。
それと同じだ。
でも、今の俺とその例の違いがあるとすれば、その状況は俺の手で変えられるか否かだ。
気温はどうしようもない。けど、この状況からの脱却は、出来るのではないか。
「ねね、今日からテスト週間じゃん? どうせなら遊ばない?」
自分の心の弱さが憎い。
本に目を落としているはずなのに、意識はまるで傾いていない。
他人の会話に耳を傾けて、そこに自分も混ざれたら、と思ってしまう。
「それな。じゃあどこ行く? ゲーセン?」
「いやここはもう1人女子誘って擬似ダブルデート1択だろ。」
俺はこんなチャラくてどういう思考をしているか分からないような奴にはなりたくないが、友達は欲しい。とても欲しい。
けど、もうその時期は過ぎてしまった。
「それ貰いっ! じゃあ私が呼んだ子で良い?」
「勿論。んじゃ4時からで良い?」
「おけおけ〜。」
いや、それは言い訳だ。そうだ、言い訳だ。
俺は友達を作る努力をしていない。リスクを恐れて現状を打開しようとしていない。
けど、どうしろっていうんだ。
まだ中学生。高校デビューがあるさ。とは思わない。どうせ失敗して終わりだ。
何故なら努力をしていないから。
チャイムが鳴る。
確か次の時間はーーーーー数学だったはずだ。特に好きでも嫌いでもない教科。数学、という点なら、こんな感情にならなかっただろう。
俺は、数学の授業、というのが何より嫌だ。
この数学の授業では、問題を解く時は、4人班になって問題を解く。
これは自力で解けない人が、周りから教えてもらいやすくするための措置だ。
「〜〜〜ということで、p89〜p92までの問題を班で解いて下さい。」
………来た。
ここで上手く話せれば、もしかしたら最低限たまに話せる程度にはなるかもしれない。
話し掛けるだけ。そう。分からない問題を聞くだけだ。
………嗚呼、もう自分が大ッッッッ嫌いだ。
自意識過剰な自分が嫌だ。マトモに声を掛けれない自分が憎い。色んなことを言い訳にして結局何も出来ない自分が、本当に大嫌いだ。
心が痛い。涙腺が崩壊しそうだ。
皆はただ、話し掛ける必要が無いから話し掛けていないだけ。わざわざ話し掛けるような関係じゃないから、ただそれだけの理由なのに。
どうして疎まれていると勘違いする。どうして避けられているとーーー
「……あっ。」
隣の人の消しゴムが落ちた。
俺の方に転がったので、拾い、無言で机の上に置く。今このタイミングで何か言えば良かったものの、俺の目はすぐに教科書へと向かってしまった。
その、視界の、端で。
隣の、人が。
俺が、拾った、消しゴムを。
まるで埃を被ったものにするように、ハンカチで拭った。
………え?
それを、見る人達は。
さも、当然の事のように。
その光景を見過ごしていた。
翌週。テスト最終日。
俺達はテスト座席にそれぞれ移動し、テスト開始まで時間を潰していた。
「汚ッッッ!」
女子の誰かが、喧騒の中で叫んだ。
チラリとそこを向けば、なんとそこは俺の席で、大して汚れていないのに近くにいた女子の筆箱を俺の机に押し付け、こすった。その筆箱の持ち主は、泣きそうな顔で筆箱を取り返していた。
……やめてくれよぉ。
あれから一週間。分かったことが幾つかある。
1つ目。人によって違うが、俺は意図的に無視されていた。というか、話すと菌がうつるそうだ。
2つ目。俺の机及び俺の所有物は全部、汚いそうだ。
休憩中、少し席を外しから戻ると、たまに、「うわ、きたねぇっ!」「それ誰のだよってあいつかぁっ!」という光景や、「うわちょっとどこ乗せてんだよ! 汚いだろ!」「ギャハハハハざまぁ!」という光景を見かけた。
テスト中、俺はついに泣いてしまった。
知識問題が主なテストだったので、比較的早く終わったのが幸いした。
俺は机に突っ伏し、ただ静かに涙を流し続けた。
ここ1週間、泣かなかった日は無い。
俺はこんな扱いをされて耐えれるような精神は持ち合わせていない。
…もう嫌だ。
…もう嫌だ。もう嫌だ。
耐え切れない。こんな思いをしたくない。
…何で? どうしてこうなった?
今まで何十回何千回と繰り返した自問。
…才能があれば。
才能があれば、もっと違ったのか?
何か、人とは少し違った特徴があれば、変わったのか?
今まで何十回何千回と繰り返した自答。
俺には才能というものはない。
といっても、平均だ。
ABC評価で言えばC以上B以下という、至って普通なんだ。そうなんだ。俺は、至って普通でどこにでも居る人間のはずなんだ。
【2年1学期理科中間テスト】
(1)酸化銅__(2)二酸化炭素(3)NaCl___
(4)Na2CO3_(5)4:1___(6)3:2___
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(50)「石灰水が逆流するのを防ぐため。_______」
2年B組18番(六田圭太)
最後の記述問題。
そこに書いてあった解答を消し、俺は別の答えを書いた。
(50)「もうこんな学校生活は嫌です。もう大嫌いです。」
チャイムが鳴った。
「はいじゃあ後ろの人から集めて下さい。」
俺は立ち上がり、解答用紙を回収していった。
あれだけ他人の会話に傾けていた意識は、今この激情を抑えるのに必死だった。
唇を食いしばりながら提出し、俯きながら席に戻る。
………
………?
足元が妙に明るい。見れば壁も、天井も窓でさえ妙に光っていた。
ざわざわ、と教室中がざわめく。
ある者が立ち上がり、教室から出ようとしたその瞬間ーーー
カッ!
壁、天井、床の計6面に、丸い陣のようなものが出現した。
そして、光が俺達を包み込み、意識は強制的に断たれた。
「貴様は何を望む。」
………?
「貴様は何を望む。」
「何って………いきなりなんだ…?」
「我は神。万能の神なり。」
万能の神………ねぇ。
それにしちゃ、会話があんまり成立してない気がするけど。俺は辺りを見渡す。何か真っ白な空間だった。
「もう1度問おう。貴様は何を望む。」
はぁ。望み、ですか。
そりゃ、一杯欲しいよ。友達だって、才能だって。学力だって。
でも、まあ、1度にそんな貰ったって、どうせ持て余すだけなんだろうなぁ。けどやっぱりそういうのは、人に貰うもんじゃねぇな。うん。そうだ。
でも。いつか、この選択を後悔するんだろうな。
『あそこで全部貰っとけば、今は変わったんじゃないか。』って。
じゃあ、1つだけ…
「ずっと、俺の側に居てくれる人が、欲しいなぁ。」
それは絶対に手に入らないから。最低限、今の俺では。
何が起こったか分からないけど、天国とかに連れて行ってくれるなら、俺はそれを望むなぁ。
「そしたら、友達も、才能も、要らない。まあ、学力は要るけど。」
「貴様の望み、確かに聞き届けた。」
「本当か? ありがとうな…」
何だろう。このフワフワした感覚。現実味がまるでない。
さっきまでの心の痛みが、霞むように消えていく。
神様、かぁ。今まで信じて無かったけど、本当に居たんだなぁ。
「さあ。行くがいい。」
神様が指差したのは、俺の背後。
そこには道があった。白くて、光のような道が。
「貴様には2つの能力を与える。故に、進め。」
「はい………はい……! ありがとうございます! 神様!」
俺は最敬礼し、神様に示された道を駆け抜けた。
今までの感情が嘘のようだ。ここまで気分が高揚したのはとても久しい。
これで俺も人生が楽しめる。これで俺は苦しまなくて済む。
やった! やったぁ、やったやったやったやった!
道が、終わりを告げる。
そこからはきっと、新たな生活が広がっているはずだーーー!
神は、最後の1人を送り出すと、虚空に映し出した今回のまとめを見た。
第1回異世界召喚
異世界召喚者計36人。
勇者……………5人
魔法使い………10人
武器使い………15人
非戦闘系………5人
奴隷……………1人
このまとめを見て、神はふと思った。
子供に混ざっていた大人を余り物の奴隷にすれば良かったと。
まあ、過ぎたことだと神は頷いた。
しかし、最後に送り出した少年は、どう育つだろうか。
神は彼を、加虐趣味の元勇者である彼女の奴隷にした。
普通の者ならまず数日で死ぬが、神は彼に二つの常時発動する能力を与えた。
1つ。自殺と寿命以外の原因で死ぬことが出来ない能力。
2つ。友達と平均以上の才能を手に入れることが出来ない能力。
それは能力というのかと突っ込みたくなる能力で、彼はどう生きるのか。
それは、神ですら分からない。