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第三話、『イタリアンの誘惑』

「ハーゲンダッツ食べ放題? モチロン、私は頼むわよ」

「正気ですか!?」

「ええ。あの高価なハーゲンダッツが三百円で食べ放題なのよ。頼むのは当たり前でしょう」

「デザートを食ったら、その分メインを食べられる量が減るんだよ。それなのに……」

「忘れたの? ここは時間無制限のよ」

「――っ!? まさか……」

「お腹がいっぱいになったら、減るまで我慢すればいいのよ!」

「やっぱりか――っ!!」


 翌日。

 ボク達二人は、イタリアンなバイキング『○ォーノ・イタリア』の駐車場で座っていた。

 話せば長くなるのだが……朝一で義兄の家『不知火家』に集合し、すぐさま出発。一時間近い道程を越えて目的地へやってきたら開店一時間前だったという悲しいお話なのである。

 まあ、よくあること。気にしない、気にしない。そんな事よりも我が姉が白さんをニンマリとした表情で見ていた事の方がよっぽど気になる。気になるけど、それも今はあえてスルー!

 ――藪をつついて蛇を出すぐらいなら、見ないふりするのもまた勇気……ボク達の目的はあくまでイタリアンなバイキング! 集中しろ! 雑念を払え!

 てな感じで、現在は向かいにある漫画喫茶に入っていくお客さんをマンウォッチングしながら――開店をまだかまだかと待ちつつ――冒頭の会話をしていたわけです。

 やっぱり値段に関わる打ち合わせは最初にしといた方が良いからね。

 でも、まあ方針を決めても、それを実行できるかどうかは別問題――ってコトで携帯を取りだしてCall!

「もしもし、義兄さん?」

『――私だ』

「相変わらずネタが古いよ、義兄さん」

 さすが『大竹ま○とのただいまPCランド』をボクに勧めた漢である。

『冗談冗談。どうした太陽? 財布無くして困ってんのか? そういう時はジャンパーのポケットをまず調べることをオススメするぞ』

「それは昔のボクに進めて欲しかった……じゃなくて、義兄さん、そっち終わるのだいたい何時くらいになりそう?」

『ああ。競艇の方は昼前で締めて俺達も昼メシいく予定。そっちは?』

「ボク達の戦いはまだ始まってもいません」

『じゃあ、俺達はラグーナにでも行って遊ぶことにすっから、終わったら連絡プリーズ』

「――なッ!? それズルいよ!!」

『なお、この携帯は自動的に消滅する』

 しないです……って、切れてるよ!?

 ……なんてこった! 文句を言える立場ではないが、ないのだが……ボク達も誘って欲しかったよ。まあ、誘われてもボク達はこっちを選ぶのだけど。それでも……くそぉ……。

「どうしたの?」

「義兄さん達、ラグーナで遊ぶ事にするから終わったら教えてって……」

「ラグーナというと……あのナ○トや○ンピースがよくフューチャリングされる、あのテーマパークのことかしら」

「うん。テレビでよくCMやってるアレだよ」

「……ズルイわね。私、まだ入ったこともないのに」

「ズルイよね。ボクはショピングのとこのバイキング止まりだよ」

「……ここに住み込むつもりで食べるわよ」

「うん。全ての怒りを吐き出して、代わりに詰め込む気で食べよう」

 そして、それから程なくしてボク達はその戦場へ足を踏み入れる事になる。

 ……この時、ボク達はまだ知らなかった。

 ここは料金後払いで、デザートの有無は後から選択できるということを。

 そして、時間は無制限だけど三時にオーダーストップがかかるという事実を……。



「ご注文はお決まりですか?」

 ウェイトレスさんがシステム説明のついでに最初の注文を聞いてくる。

 ボクの手には春限定のメニュー。そして白さんの手にはメインのメニュー……彼女の方が選択肢に幅があるが、ボクはまずは限定モノを攻めるタイプなので問題なし!

「ボクはピッツァを頼むよ。この春メニューにあるやつ」

「チョコのピザ? 初っ端からチャレンジャーね」

「ソレじゃなくて、となりのやつ」

「私はパスタね。ズワイガニクリームでいくわ」

 それぞれ心を惹かれた最初の獲物を選択終了!

 この店のシステムは『オーダーバイキング方式』というやつである。

 頼んでから作ってくれるため、料理が出てくるまで時間が掛かる。その代わり、アツアツなものが食べられるってシステム。ちなみに注文は一人一皿づつ。注文したものがテーブルに届いた時、次の一皿を注文できる。だから、一気にいっぱい頼むって事はできない。

 ――食べ残しを防止するには良いシステムだな。

 …………そんな風に思っていた時期がボクにもありました。

 数分後――


「なかなか美味しいわね」


 パスタをゆっくり味わって御満悦な白さんの笑顔が眩しい。

 ボクはそんな彼女を、サラダバーからとってきたレタスをポリポリしながら見つめる。

 ポリポリ、ポリポリ、ポリポリ、ポリポリ、ポリポリ……気分は草を食ってるウサギさん。

 ――……ぬかった!

 圧倒的に考えが足りなかった!

 注文を受けてからピザを焼くのと、パスタを茹でるのでは、パスタのほうが圧倒的に早かったのである。目の前で美味しそうに食べる白さんを見ていると、溢れる気持ちが抑えられなくなりそうです。いままでの一人バイキングではなかった感情だよ。

 ――……くぅ……つ、次に注文するメニューでも考えて気を紛らわせよう!

 次はピッツァではなく、他のもの……ドリアというのも良いかもしれないな。うん。

 そんな事を考えているうちに白さんがズワイガニクリームパスタを完食。ちなみに彼女は既にニョッキという食べ物を注文済である。なんか芋で作ったモチみたいなものらしい。食べたこと無いけど……。それよりボクは、ボクの頼んだピッツァを食べたい……。


「おまたせしました~」


 心の底から待ってました!

 ようやく、ご到着。ボクのピッツァ!!

「次のご注文はお決まりですか?」

 ――おっと、そうだったぜ、ベイベー☆

 目の前に用意された獲物を早く食べたい。食べたいが、その前に次の注文をしておかないと食事のテンポが悪くなってしまうので………………逸る気持ちを抑えて店員さんに向きあう。

「えっと、じゃあ、コレ。このドリアお願いします」

 なんか名前がややこしかったのでメニューを指さして注文。

 注文を受けた店員さんが去っていくのを確認して――さあ、ボクの闘いの始まりだ!


「なかなか美味しいわね」


 そのお皿には半分の月が残っていた。

 ボクが頼んだ、ボクのピッツァ……既にその半分が白さんのお腹に収まっていたのである。

「……し、白さん?」

「ピザが切ってあるのは、みんなで食べるためでしょう?」

「…………そのとおりです」

 強気に無敵である、この娘。

 そして、そんな強気さに抗えないこの弱い心が憎い。憎むべきは自分の弱さ! 目の前の相手ではない! 『そう考える事自体が弱い!』とバカ縁に言われたこともあるが、仕方ないじゃん。これがボクの性格なんだから!!

 ……まあでも、いまはそんな些細なことより目の前のピッツァをアツアツなうちにいただく事のほうが重要! さあ、いただくぜ!

 一切摘んで持ち上げる――と、トロけたチーズが糸を引く。

 ――……おお、チーズ。

 思わず感嘆。

 チーズフォンデュとはまた違った、チーズっぷり。

 口の中に入れる――と、その熱さと美味しさが広がっていく。

「おお、美味しい」

 美味しいとしか言えない――ボキャブラリーが貧困なのではなく、飾る必要のない美味しさなのだ。さっきから白さんが『美味しい、美味しい』と繰り返していたのにも納得である。

 そんな白さんはボクの表情を見て『そうでしょう、そうでしょう』って感じにしたり顔。なんだかとっても上から目線なんだけど、どこか微笑ましい仕草である。このロリっ娘め。

 ゆっくり一枚ずつ食べていると――また店員さんが料理を持ってきた。

 もちろんドリアではない。ニョッキとやらである。

 ――ペース早いな。

 ボクがゆっくり食べているのもあるが、こっちが一皿食べ終わる前に白さんは2回戦に突入です。正確には2.5回戦だけどね!

 ――そうか。序盤はパスタ系で攻めるのがこの戦場みせの攻め方か。

 うん、覚えた。

 この教訓はいずれ来る次回に活かす。今は振り返らずただ駆け抜けるだけ!

 そんな感じにピッツァを食べ終わったボクだったが……案の定、ドリアはまだ来ない。

 しかし、また草を食べる気も起きなかったので――白さんが食べている料理に注目する!

 それはクリームソースの上に、小さなカタマリが浮かんでいる食べ物で――

「それが、ニョッキ?」

「そうよ。食べたこと無いの?」

「イエス!」

「じゃあ……食べる?」

 そう言って、フォークに刺したニョッキを差し出してくる白さん。

 ――……これは、まさか…………あ、『あ~ん』しろと、いうのですか!?

「あ~……う~……」

 雰囲気に抗えず、餌を待つ雛鳥のように口を広げるボクの身体(制御不能)。

 近づいてくるニョッキ(+白さんの使用済みフォーク)!

 残り距離二〇……十五……十……三、二、一――


「なんちゃって」


 ゼロの瞬間、Uターン。

 白さんの口に収まるニョッキ付きフォーク。

「驚いた? それとも怒ったかしら?」

 イタズラをした子供のような表情で、そんな事を聞いてくる。

 まだ、お互い距離感が掴めていないためか、彼女の瞳にも少々の不安が見えたような気がしました。願望ではないと思いたい。声もちょっと控えめだし!

 ちなみに、彼女の質問に対するボクの答えは――

「……安心しました」

「ヘタレね」

 はい、ヘタレです。

 でも、仕方ないじゃん! まだそんな親しくもない女の子に突然『あ~ん』とかされたら、嬉しがるより先に疑心暗鬼に陥るに決まってるよ! 絶対罠あると思ったよ! むしろあのオチがあったお陰で安心しまくりなんだよ!! ありがとうございます!


 その後、ボクが頼んだドリアが出来上がるまでに白さんはもう一皿消化。

 ――……ドリア、すんげー時間かかるね!

 でも、美味しかったです。チーズと米の絶妙なハーモニ―がGOODでした!

 そして、それからお互い四皿ほど消化した後――

「……そろそろデザートにいくわ」

「じゃあ、ボクはこのチョコのピッツァを頼んでからデザートに移ろっかな~」

「それは既にデザートでしょう?」

 確かに。

 でも、温かいモノをデザートと認めるのに、少々の抵抗があるのも事実。

 人の心のなんと難しいものよ。


 ――さあ、終盤戦デザートタイム突入だ!


 さあ、いよいよハー○ンダッツ食べ放題の時間がやってきた。

 うん、ボクも頼んだよ。……だって、他にもミニケーキとか、ゼリーとか、ソフトクリームとか、チョコレートタワーとかあるのだもの! チョコのように心が溶けても仕方ないよね。

 ボクがそんな事を考えていた間に――白さんがミニケーキを全種狩って帰還しました。

「ハーゲンダッ○じゃないの?」

「冷たいアイスは、最後に食べるのが私のポリシーよ」

 バイキングでは誰にも自分の世界ルールがある。

 それを例えるなら空をかける一筋の流れ星――流れるような料理の繋がり。おそらく、彼女は最初にメニューを見た時から自分のルートを決め、その通りに突き進んできたのであろう。

 ――臨機応変に欲しい物を食らうのではなく、全てのメニューを把握した上で、ラストまで計画通り走り抜けるタイプだね。

 ライバルと競うのではなく、ただひたすら高みを目指す『個人』な考え方。

 先日の○タミナで初っ端から寿司を焼いたのも、全て計画通りだったのかもしれない。

 ――……山野白、恐ろしい娘ッ!

 驚愕するボクの前に、店員さんがチョコなピッツァ持ってくる。

 白さんはそれを流れるような自然な動作でパクリ。

 ――まさか、ボクがこれを頼むことも計画通り!?

 と、言うことは最初の注文時の会話は、ボクにこのメニューを意識させるための伏線!?

 ――……な、なんて恐ろしい娘ッ!!

 ボクは恐怖に震えながら、チョコなピッツァを口に運ぶ。

 甘くて暖かい不思議な味――デザートなピッツァも、なかなかいけるって思いました。


 食べて心を落ち着けたボクは、改めてデザートへ。

 とりあえず、ボクはケーキよりアイスなんだけど……ハー○ンダッツをメインにするなら、まずはソフトクリームでジャブを入れとくのも良いかもしれない。

 グラスにコーンフレークを敷き詰め、その上にソフトクリームをセッティング。フルーツで彩り、ブルーベリーソースとストロベリーソースでパフェっぽく仕上げて――完成!

 ――うむ。美しい。そして美味しい。やはりソフトはこうでな、く、て……ッ!?

「……これ、は、……なん……だと……!?」

 違和感がボクの口中に広がっていく。

 手が、声が、魂が驚愕に震える――そんな混沌とした味。

「……どうかしたのかしら?」

「ありえない! こんなのありえないよ……」

 あまりの事態に思わず我を忘れて取り乱すボク。

 でも、取り乱しながらも、頭の片隅で冷静に我が身に起こった悲劇を分析し――


「コーンフレークに……にんにくチップが混じってる」


 彼女にその哀しい真実を告白する。

 今も口の中に広がっていくニンニク味――ソフトクリームの冷たさ、甘さ、コーンフレークの噛みごたえ、その全てを台無しにするありえないほどの自己主張っぷり。

 そんなありえない不運に見舞われたボクを――


「は? ……は、あ、ひゃはははははははははははははははははははははあはっ! ニンニクっ! ニンニク味のソフトクリーム!! なにそれ! どんだけ不幸なのアナタ! あははッ」


 涙を流しながら大笑いしてくれましたよ、この娘。

 あんまり大声で笑うから店員さんが怪訝な表情を向けてきてるけど……。

 ――おのれ、誰のせいでこうなったと思ってる!

 ボクはテーブルのボタンを連打し、店員さんを呼びつけ――


「……あの、すみません。コーンフレークににんにくチップが混じってましたよ」


 他に被害者を増やさないために、やんわりと申告させて頂きました。

「も、申し訳ございません」

 謝罪し、コーンフレークの入った容器を回収して厨房へ駆け込む店員さん。

「……お人好しね。文句を言うなり、あえて報告せずに他の被害者が出るのを楽しむなりすればいいのに」

「ボクには他人の不幸を楽しむ趣味はございません」

「それは大笑いした私に対する皮肉かしら?」

「……そうでもないよ。独りでこんな事が起こったら気分台無しな『悲劇』だけど、白さんが笑ってくれたお陰で、笑い話な『喜劇』になった気がするから。うん。そうだ――ありがと、って言いたい気分だよ。ありがと」

「…………ホント、お人好しね」

 顔を逸らして嘆息する白さん。

 でも、その頬はほんのり赤くなっておりました。

 ――……感謝されることに慣れてないのかな?

 なんか微笑ましいと思う暖かな感情は………………父性愛?

 そんな感情を同級生に対して抱いた自分自身にちょっと笑いたくなった。


 ボク達はそのまま三時のオーダーストップまで、充分に楽しんで終戦を迎える。

 本日の闘い――大勝利、ってことにしておこう。



「ありがとうございました~」

 店員さんに見送られ、外に出る影二つ。

 ――……義兄さん達が迎えに来るまで、まだ時間あるな。

 そんなワケで少々手持ちぶたさ。向かいにある漫画喫茶に入りたい気分だけど……さすがにそろそろお小遣いが厳しいので、それは我慢。

 とりあえず、車の邪魔にならないところで腰を下ろして待つことにしました。

 そんなボクを、白さんが立ったまま――何処か深刻そうな顔をして――見下ろしていた。

「どしたの、白さん?」

 今回の戦いが良い戦果だったからこそ、その浮かない表情が気にかかる。

 彼女の身に異変でも起こったか? それとも気づかないうちにボクがなんかミスってた?

「……大事な……、うん。大事な話があるの」

「なに? 今度は一緒に住もうとか?」

「茶化さないで。本当に大事な話なのだから」

 あまりに深刻な様子だったので軽口入れたら怒られました。

 白さんは真剣な話には真剣に応えて欲しいタイプらしい。うん、覚えた。

「…………ボクで力になれるなら」

 ボクの言葉に、彼女はその口をゆっくり開く。

 ゆっくり、ゆっくり……噛み締めるように紡がれたその言葉は――


「おこづかいがもうないの」


 確かに学生ボクたちにとっては死活問題な最重要事項だった。

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