第二話、『暁学園ランチタイム』
「そりゃ、太陽が悪い」
「縁の言うとおりだね。さすがに高校入学から一ヶ月以上、半径一メートル以内にいた相手を覚えてないとか失礼かな。デリカシーに欠ける。ボクがそんな事したら土下座するね」
「返す言葉もございませぬ!」
土下座しました。
別に彼等にする必要はないのだけど、なんかいたたまれなくて!
土曜日の鮮烈な出会いから時は流れ、今日は月曜日。
すでに午前の授業は終わり、今は嬉し楽しなランチタイム。
天気が良かったので同じ中学出身の友達二人と屋上で仲良くゴハンです。まあ、高校入学から一ヶ月ぐらいしか経っていないのだから、新しい友達よりも昔馴染とお弁当を食べることになるのは必然。別に人見知りしてるわけじゃないですよ。
「……しかし、学校の屋上でチーズフォンデュって校則違反じゃないの、生徒会長殿?」
「残念ながら、我が校の校則に『校内でチーズフォンデュしちゃいけません』って文字はないんだよ太陽。あと、ボクのことは生徒会長じゃなくて皐月って名前で呼べって」
「それ、言わなくても解る常識だから敢えて書いてないだけだろ、か・い・ちょ・う!」
「……残念ながら、それでもルールとして明記してない以上、取り締まる事はできないのサ」
不敵な笑みを浮かべながら、鍋をかき回す男――ハイライトのない虚ろな瞳/鍛えられ引き締まった細身で小柄な身体/ボサボサの髪/全体的に野性的な印象を受けるのだが、学ランから覗いて見える『五月病』という文字シャツが笑いを誘う――そんなヘンテコなのが、この暁学園の生徒会長・不知火皐月。
ボクと同じクラスで、同じ新入生――なのに生徒会長なんてやっているのは、この学園の生徒会長が世襲制で、前任者からの指名で決められることが原因だったりする。つまりラブコメ的な騒動があって、前生徒会長な女生徒をメロメロに攻略した結果だといえばなんとなく想像つくかな? まあ、そういうこと。
そして、そんな皐月を『先天的ラブコメ体質なエロゲー主人公キャラ』と呼び始めたのが、その隣で「メシまだ~?」と待ち構えている超絶ハンサム・斎藤縁。
ラブコメに命を賭け、ラブコメを支援する存在――通称・ラブコメマスター。やってることはギャルゲーの友人キャラと言えば解ってもらえるであろうか? まあ、そういう奴である。
「なあ、皐月、そろそろいいんじゃね? はやく、はやく!」
そう言いながら、汚れるのもかまわず地面をゴロゴロ転がるおバカさん。
――……子供か!?
顔かたちはこれ以上ないほど整っているくせに、そのやんちゃな表情・行動が全てを台無しにしてくれる……そんな残念イケメンさんである。だからこそ、友達でいられる。それぐらい見た目だけは近寄りがたいイケメンなのです。日常生活でイケメンなんて単語を使うとはコイツと出会うまで考えたこともなかったよ……。
「ちょっと待ってろ縁……と、そろそろいいかな? 太陽も食う?」
「いただきます!」
心を踊らせながら、この素晴らしい心友の好意に甘えさせていただくことにしました。
実はボク、チーズフォンデュってまだ食べたことがないのですよ。嬉し恥ずかし初体験!
「俺様、ホントはすき焼きみたいな鍋が良かったんだけどな~」
「まあ、それはまた冬にでもやってやるよ。ほら、縁も食え」
「おう」
文句を言いつつも結局食べるツンデレお馬鹿さん。
……っていうか、よく考えたらなんなんだろ、この状況?
「なあ、なんで会長ってバカ縁に毎日昼飯作ってやんの?」
「ん? だってコイツ、ボクが昼飯用意してやらないと、ご飯にソースかけただけのソーライスしか食わねーもん」
「栄養偏って死ぬぞッ!」
「だってさ……俺様の母親、料理の腕がジェノサイドでさ。白飯以外は食えたもんじゃないんだよ。そのくせ料理したがって……無理なんだよ! ゲロマズなんだよ! 白飯も洗剤みたいな味がついてるから、ソースでもかけないと食えないんだよ!」
「ごめん。むしろ、それは無理して食わないほうがいいレベルだ」
「そんなワケで、ボクが作ってやることにしたんだ。まあ、自分と義妹と義姉さんの分、弁当三つ作るのが四つに変わっても手間じゃないからさ」
――いや、チーズフォンデュ作るのは絶対手間だろ!
……いや待て。他の二人がコレ以上の無茶を言ってる可能性があるという事!? ……うん。言ってるね。少なくとも一人は絶対言ってる。間違いないよ!
「ちなみに姉さんと義妹ちゃんのお弁当は何作ったの?」
「ん……茜は竹串一本で温まる昔の料理漫画にあったお弁当箱を使ってメニューは臨機応変。義姉さんのほうは、毎日十種類以上のオカズをそれぞれの量少なめで求めてくるな。まあ、ボクちょっと要領悪いから毎朝三時起きしないと間に合わなくて二人には迷惑かけてるよ」
「ちなみに姉さんと義妹ちゃんは何時起き?」
「茜は六時まで熟睡。義姉さんのほうは……たまに夜まで寝てて、学校から帰ったら朝用意した時のままって事がよくあるかな」
「ホント、スミマセンッ!!」
――あのヒキコモリのネトゲ廃神がっ!
結婚できたはいいが、人様の家でそんな生活か! 寝て、食って、遊んで、旦那とイチャイチャして人間の三大欲求+1を完全に満たしてやがりますよ!!
でも、現在妊娠中のため、あんまり強く言い難い。無敵だな、あの人……。
チーズフォンデュ――それは、串に刺した具を、溶かしたチーズを絡めて食べるという単純でお手軽な料理。
……そう思っていた時期がボクにもありました。正確にはついさっきまで。
実際は牛乳混ぜたり、ニンニクとかコーンスターチとかも使ってて、けっこう手間がかかってます。正直、ボクはチーズだけでドロドロ溶かすかと思ってたよ。ごめんなさい。
――……でも、よく考えてみれば、チーズをそのまんま鍋にかけたら焦げるよね。
ホントは白ワインで割ると会長は教えてくれたけど、まあ、高校生がお昼にアルコール使ったモノ食べるわけにもいかんから仕方ない。でも、いずれ食べてみたいものよ……。
――しかし、チーズ使った料理ってなんか新鮮だな~。
宅配ピザとか付近にないし、スタミ○にもピザは無いですから。
銀の○を読んで、ピザ食いたくなったけど近くにピザ屋が無かったあの絶望感。
スーパーでチーズ買ってきて、ピザトーストを作ったあの寂寥感……それは全て、こうやってチーズを楽しむための試練だったんだね……あれ、なんか涙が……。
――……だが、待て……チーズか……。
そうだ! そういえばボクのお弁当にあったアレにチーズをかければ――
「マイ・ハンバーグにチーズをチョロリ~……パンパカパーン♪ チーズバーグ、完成!」
「相変わらず一工夫したがるやつだな、太陽は」
「ホント、ホント。どこぞの下町の定食屋の二代目少年コックみたいな奴だぜ」
「失礼な! ボクは味○子より、美味いものを安価で提供してくれる味将○派なんだぞ」
「……たしかに、アレって味○軍の方がどう考えても正しんだよな」
「ホントにね。あれでお抱えシェフがキワモノ集団じゃなかったらと思うと悔やんでも悔やみきれんのですよ。○将軍様バンザーイ!」
貴方が勝利していたら、あの世界の人々は幸福で満たされていただろうに!
まったく、一昔前の美食ブームは許せないよ! 金にモノを言わせた高級食材を美味しいと紹介するよりも、その美味しい物を誰でも食べられるように努力しろってんだ!
そういう意味で味将○様は本当に偉大な御方。ホント、尊敬しますよ。
「……太陽?」
――っと、イカンイカン。ちょっと意識が飛んでた。
考えこむと周りが見えなくなるのはボクの悪い癖だよ。治さないと。
「ごめんごめん。ちょっと、このチーズバーグがあまりにも美味しくて死んでたよ」
「死んでたくせにパクパク食ってたのか……怖いな」
どうやら、考え事しながらもボクの身体は食事し続けていたらしい。
――なんてモッタイナイっ!!
味わうこともせず、ただ栄養補給するなど楽食家の名折れ! 切腹ものだよ!
……でも腹切って中に入れたものがこぼれたらモッタイナイから切れないけどね。
だから、ボクにできる償いはただひとつ――
「「「ご馳走様でした」」」
残りを全身全霊をかけて味あわせていただきました。
食べ終わってみれば昼休みは残り二十分ほど。
くつろぎタイム突入で、バカ縁は会長に膝枕してもらってお昼寝モード。
男の膝枕で幸せそうに眠るこのハンサムさんは傍目には歪んで見えます。
――……う~ん……ちょうどいいから、ちょっと二人に相談してみようかな?
「ところでさ……その、二人に相談があるんだけど……」
「ん? なんだ? 女の子の情報なら俺様に任せとけ」
おバカが食いつくように起き上がってきました。
ここまでやる気を出されると正直引くレベルな食いつき方で怖いです。
対する会長はそんなバカ縁に呆れた表情をしつつ――
「金ならないが、命なら貸してやるぞ」
「……会長、それ重い。バカ縁はちょい惜しいな」
「お、って事はデートスポットを教えてほしんだな。待ってろ……えっと、お前らはバイキングでデートだから……最近目新しいのは……」
「怖っ! 話が通じすぎてて怖っ!!」
「これだ。ちょっと遠いけど、競艇場の近くにイタリアンのバイキングがあるらしいぞ」
「へ~。競艇場か~……最近義姉さんが競艇にはまってて、休日に兄さんと一緒に行ってるんだよな。明日の祝日も行くだろうから、頼めばたぶん近くまで連れてってくれるぞ」
「怖っ! もうそれ以外選択肢がないって運命的なものを感じて怖っ!」
「オーダーバイキングで頼んでから料理を作ってくれるから、ピザとかがアツアツで美味いらしい。しかも、時間無制限」
「ちょい縁、そういうの料金高くないか?」
「それがビックリ良心的、一四八〇円。プラス三百円でハーゲン○ッツ食べ放題」
「それは行くしか無いな!」
SUTAMINAより安いじゃないですか!
多少、地理的な問題で行き難いが、今回は交通手段も確保できそうだし――
――……運命がボクを誘うというのなら、その誘惑にあえてノルのも良い。
「よし! あんがと、二人とも。いまから誘ってみるよ」
「おう! 情報料は俺様に『ラブコメ体験談』を面白おかしく聞かせる事だからな。報告忘れんなよ」
「頑張ってこい。兄さんにはボクから話しといてやるから」
そんな頼りになる友人二人に背中を押されながら、ボクは屋上から駆け出す。
「こら! 廊下、走んな!」
そんなボクの背中に会長からの注意。
――ちょっと生徒会長っぽい。
そんな風に思って、思わず笑っちゃいました。
私立暁学園。
街の中心から少々離れた、緑に囲まれた高校。
昭和の戦後、良い人材の確保が難しかった時代に、『人材が無いなら育てればいいのだ』と言い出した漢によって創られた学校で、創立六〇年ちょっと。
入学・編入試験が無く、来る者拒まずで、その上学費は格安。しかし、試験に合格しない限り進級できず、卒業難度が高いという――入りやすく出にくい『罠』のような学校である。
学校の特徴は、『生徒の自主性が強すぎる校風』と『可愛い制服(女子限定)』、ついでに『季節ごとのあやしいイベント』……。
――……一応進学校のはずなんだけど、まあ、楽しいからいいんだけどね。
ボクが所属するのはその暁学園の一年B組。
皐月が前生徒会長・蒼井水色さんに全校生徒の前で告白された時――彼を集団リンチしようとして返り討ちにあったという団結心に溢れたクラスだ。
ちなみにボクは集団リンチ不参加。
だって、あとでネチネチ冷やかしてやるほうが絶対面白そうだったから。
不参加だったのはボクと、皐月の友達二人だけだから……白さんも集団リンチに参加してたかと思うと、ちょっと笑えます。うん。笑っておこう。深く考えると怖いから……。
そんな事を考えていたら、いつの間にか教室に到着していた。
ボクの席は教室の真ん中からちょい後方あたり。
そして、自分の席の左斜め後ろが『白さん』の席。
いままで、ぜんぜん気にもしなかったのに、今ではつい意識して視てしまう。
今も自然に視線がそちらへ流れ――不意にお互いの視線が合う。
が、直後顔ごと逃げるように逸らされる。地味にショック!
――……そういえば、学校では喋りかけないでって言われてたっけ?
どうする、どうする、どうする~、キミならどうする~♪
選択肢は二つ――『言う』か『言わない』か、だ。
言って、共にイタリアンな戦場を目指すか。
言わずに独りでいくか……。
――……決まってるじゃないか。ああ、決まってる。
ボクは独りでもバイキングを楽しめる!
……だけどそれは、楽しさを独り占めしたいって意味じゃない。
そもそも、同じ志を持つ同士を見捨てて行ったら、ボクは逆に楽しめないだろう。
――誘うぞ!
思い込んだら試練の道を!
白さんの席まで、真っ直ぐ突き進む。
ボクが近づいて来た事に気づいた白さんは…………それでも無視。かなりショック!!
――こうなったら強硬手段だ!
ヤケになったボクは、後先考えず両手を白さんの机へ叩きつけ――『バン!』という音/こちらを向く白さん/驚いた顔――ヨッシャ!!
でも、ついでに周囲でくっちゃべっていたクラスメート達もこちらに注目――しまったぁ!!
振り向いた白さんとの距離は二十センチ。うわっ、怖っ! 違う。近っ!!
そんな『その気になったらキスだってできちゃう距離』に周囲の皆さんの注目度急上昇。
しかーし、そんな視線が気にならないほどこっちはドキドキしております。
しかーも、時間が経つほど、状況は不利になります。こうなったら、言うべき事を極力端的に言うしかない。長文はボロが出る。大丈夫。ボクが彼女に喋る事がバイキングの事だっていうのは彼女にも解るはずだ。信じろ。大丈夫、問題ない。
「先日キミに(学校では喋りかけないでって)言われた事は忘れていない。だけど、(明日は祝日だから)あえて今言っておきたいんだ」
よし、ここまでは問題ない。このままラストスパート――
「キミが良かったら、ボクと――(イタリアンなバイキングに)――付き合ってほしい」
なに言ってんのボク!?
略しちゃいけないトコ略しちゃってるじゃないかぁぁ――ッ!
「……いいけど(どうせバイキングのことでしょうから)」
白さん、アナタもかッ!?
意味は通じてるよ。解るよ。でも解ってないよ! 今はソレじゃダメなんだぁぁッ!!
――…………まずいですよ、これは。
無限にも感じられる数秒の沈黙の後――
『おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――――――――――――!』
クラスメートな皆様が沸いた。
――……ボクも異端審問されるのか。
負ける気はしない。
忍者の末裔という肩書きは伊達じゃないのだ。人数はたかだか三十人ちょい。全員を沈黙させるのに三分もかからない。大丈夫、問題ない。ヤられる前にヤったほうが面倒も少ない。
――……………………………………………………………………………………うん。ヤろう。
学ランの下に仕込んだクナイへ手を伸ばし――
「騒いじゃ駄目だよ、みんな」
瞬間、教室に透き通った声が響き渡り、ボク達を踏みとどまらせた。
声の主は教室の入口――そこには十人に聞けば十人が、百人に聞けば百人が、全人類に聞けば全人類が『美少女』と言うだろう『少年』が立っている。
『春サン!』
クラスメート達が声を揃えて、その名を呼ぶ。
彼こそこのクラスの学級委員長・蒼井春サン!
君を付けるのも、呼び捨てるのも、ましてや『ちゃん』付などもってのほかな御人。
「シャイな太陽くんが、みんなの前で告白するなんて勇気を出したんだから、みんなも応援してあげなきゃ駄目だよ」
一応、白さんと二人で『違う、違う』と手を振るが――春サンは完全スルー。
「男子のみんな、君達なら女の子に告白する事がどんなに勇気がいるか解るよね?」
『おおぉぉ――っ!』
「女子のみんなも、君達に見られた状況で、それでもOKした彼女の気持ちがわかるよね」
『うん。わかる! わかるわ!』
美事に周囲の皆様を煽ってくれちゃってますよ、この男の娘!
「じゃあ、みんなで応援してあげなきゃね」
『おおおおぉぉぉぉ――――ッ!!』
教室を揺るがす鬨の声。
――……何この状況? 頭わいてるんじゃないの、コイツら……?
「それでも彼等を羨ましいとか、恨めしいって思う人達はさ――このクラスには彼等よりも、も~っと罰を受けるべき存在がいることを思い出そうよ」
『それはアイツのことですか、春サン!』
『そうね、あの女の敵がいたわね!!』
「そうだよ。全校生徒の前で見た目幼女な合法ロリに告られて、家にはお義兄ちゃんラヴな義妹がいて、アイドルな従妹に懐かれてて、最近は中学生の美少女にストーキングされてて、見た目だけは超絶美形な巫女さんと良い感じな、ボクの大好きな心友――」
――なんて悪意のこもった説明ゼリフっ!?
聞いていると際限なく殺意が湧いてくる。
春サンは優しく微笑みながら――
「生徒会長の不知火皐月に、全部ぶつけちゃえ!」
笑顔で生贄を差し出しました。
怖いよ、この御方! これで会長を嫌ってるんじゃなくて、大好きだってトコが特に怖い!!
この御方は好きな相手を信頼するからこそ、七難八苦を与えようとする困ったちゃんなのである。好きな人ほど虐めたいってタイプ。その対象が男であるあたりBL風味。歪んでるぅ。
『おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――――――――――ッ!!』
そんな彼に美事に焚き付けられ、クラスメートたちが暴徒化した。
――……ヤベェ! 人を殺しそうな雰囲気だ、コイツら!!
その後、「断罪」とか「きる、キル、斬る、KILL!」とか「デストロイ」とか「モテる男は死ね」とか言いながら、彼等は教室を出ていきました。
全員いなくなったあと、春サンが『パチリ』とウィンクくれたけど……ボクも白さんも苦笑い。これ、ボク等を助けるためにやってくれたのか………………なに、この罪悪感。
……こうして、ボクと彼女はこの一年B組の公認カップル三号として認定されたのでした。
…………ちなみに、暴徒たちは生徒会長の個人武力により制圧されました。合掌!