第五話、『ブラジル焼肉はサンバな罠』
「イラサイマセ」
「「カタコト!?」」
扉を開けたらそこは別世界……というか別の国でした。
月末――姉との契約は履行され、ボク達は優しい義兄のお力でブラジル焼肉のお店にやってきました。でも、車で一時間ぐらいなのはイタリアンの時と同じだったんだけど、県をまたいだだけあって文字通り一山越えることに……車に酔って始まる前から気力体力共に半減です。
そんなフラフラ状態で店内に足を踏み入れると、陽気そうな店員さん――どうみても外国の方――の陽気な歓迎。身振り手振りでテーブルに案内され、慌ただしく席につくボク達。
「ドウゾ、ゴチュウモン、オキマリデスカ?」
水のついでに注文を尋ねられるのは万国共通らしいです。やっぱりカタコトだけど……でもまあ、さすがにメニューは日本語でも書いてありましたよ。良かった。ホントに良かった。
「えっと、食い放題のスペシャルコースは二千七百五十円なのか……高っ!?」
「……私達のような高校生にはかなり痛いわね」
ホント、同感です。
白さんはバイト代をゲットして財政を持ち直しただろうけど……彼女も年頃の女の子。お金が入れば貯金などせず使い切る、計画性なんて言葉とは縁のない生き物であろう(偏見)。
ちなみにボクはお年玉貯金を少し崩してきましたよ。こっちはお店を手伝っても無償奉仕扱いで収入ないからね! コンチクショウっ! ……ハァ……。
「白さんはドリンクバー、どうするの?」
「愚問ね、草壁くん。肉を食べるのに飲み物なしは辛いでしょう」
「ま、そうだよね。ちなみにドリンクバー付きは二千九百九十円」
「中途半端だわ。三千円にした方が良いでしょう」
それも同感。
でも、文句を言ってもしょうがない事だということはボクも白さんも解っている。ああ、そうさ! ボク達はただこの高価格にイチャモンつけたいだけさッ! 高すぎなんだよ!!
「……ゴチュウモン、オキマリデスカ?」
「おおう!? すみません。これこれオーケー、オーケー」
「うんうん。このスペシャ~ルなコースってやつね。オーケー、オーケー」
何故かオーケーを連発し、似非外国人っぽく喋るボク達。って言うか白さん『スペシャ~ルなコース』って『YOUはSHOCK』より酷いよ!
でも、突然外国人と話すことになった日本人なんてこんなもんです。そもそも、ブラジルがポルトガル語圏内だって事すらとっさに思い浮かばないんですよ、ボク達みたいなのは……。
「アリガトゴザイマース。ショショ、オマチクダサイ」
でもね、通じるんですよ。
同じ人類、言葉は通じなくても想いは通じるんですよ。
――……世界から戦争は無くせる。ボクは今、それを実感したよッ!
些細なところに真実は埋もれているのです。
――そう、人と人は分かり合えるんだ! 地球が限界に来ても人の知恵は乗り越えられる!
きっといまのボクならサイコフレー○だって使える……ような気がする。
そんな感動を胸に、向かい側の席へ視線を移すと――ボクとは反対に居心地の悪そうな表情をした白さんの姿。キョロキョロ、キョロキョロとめっちゃ挙動不審。微笑ましい。
「……これはマズイわね。完全にアウェーよ」
――……うん。解ってる。
周囲を見渡せば、それだけで自分達が異物だって事が理解できる。できてしまう。
だって――
「――まさか従業員どころかお客さんまで一人足りとも日本人がいないとはね」
「クッ……、お隣の県までブラジリアンの侵攻が迫っていたなんて……迂闊だったわ」
「どうする? 出よっか?」
「正直に告白するわ。私、水を出されたあとで帰るとか無理な人なのよッ!」
「…………正直に言うが、ボクもだよッ!」
凄く後ろ向きに自信満々なおバカ二人だった。
しゃーないもの。逃げ場がないなら、開き直る以外の方法を知らなんだもの!
そんなかなり気不味い空気をしばらく耐えていたら――ちょっと恰幅の良すぎる、いかにもシェフですって格好をした人が『肉の塊』をぶっ刺した『黒剣』を持って近寄ってきました。
――これが、ブラジル焼肉……『シュラスコ』ッ!?
なんて野性的な料理なのだろう。
剣に刺さっている肉を見ると、思わずマンガ肉を連想……ハッ!?
――そうか! 『アレ』が源流なのか!!
骨のついた肉という原始の時代から始まった肉料理の流れを正しく受け継いだ存在、それこそがこの『シュラスコ』! ……なのかもしれない。やるな、ブラジリアンッ!
――……さあ、食事を始めようか、草壁太陽!
心の中で気合を入れて、ボクは迫り来る店員さんを迎え撃つ!!
そして、店員さんが去った後――
「皿に肉だけのってるというのも異様な光景だね」
「そうね」
ボク達の目の前には肉の山が築かれていました。
何といいますか……笑顔で「ドデスカ?」と聞かれたので、またしても「オーケー、オーケー」と答えたら、目の前で食べやすいサイズに切り落としてくれたのです。すっごく大量に。
――……しかし、凄い肉汁ですよ、コレは。
肉の脂の事を肉汁とリアルに呼ぶ男、それがボク、草壁太陽!
でも、白い皿に肉から滴る黄色がかった脂が広がっていく光景は……思わずジュルリと舌なめずりしたくなります。テンション高まって来ました――――ッ!!
「まずは『ハラミ』か……次は何が来るのかな……」
このブラジル焼肉の特徴は、牛肉は牛肉でもその肉の『部位』が違う事にあるらしい。
肉の部位による味の違いを楽しむ、そんな調理方法なのだ。
ただし、残念ながらやってくる順番はランダム――まあ、他にもお客さんがいて、手当たり次第に提供していく以上、それは仕方ないことなのでしょうが……。
「このメニューに書いてある中で私の心を奪うのはサーロインという文字ね」
「ああ。解るよ。サーロイン。ボクもその言葉には魂を惹かれる」
まるで地球の重力に魂を引かれるように……フ、ボクも愚かな地球人だということかな。
だけど、ボクはそんな自分に絶望してないのさ。例え、お偉い誰かがこんなボク達を否定しようとも、ボク達は乗り越えてみせる! きやがれアク○ズ!
……と、意気込んでまずは一口――実食開始!
「……あ、美味しい」
「うん。美味いね」
口に入れた瞬間『ピロン♪』と昔の美食アニメ風の効果音が鳴り響いた気がしました。
――……味付けは岩塩のみ、か……単純ゆえに、とてもお肉な味が肉々しくて肉らしいッ!
それを皮切りに――次々と運ばれてくる『牛肉』の数々。
とりあえず、来る者拒まずで全て受け入れていくボク達。
――……たしかに『違った旨み』だ。美味しい。
文字通り『肉欲』の赴くままに貪り食う、歳若い男女でありました。
※肉欲は性欲って意味だから、間違って使うととても恥ずかしい思いをします。(天の声)
「しかし、同じ牛肉でもけっこう違うもんだね」
「そうね……ところで、昔お寿司のマンガを読んでて似たような料理が……」
「……マグロづくし、のことかな?」
「さすがね。ええ、この肉づくしを食べていたら、妙に思い出してね」
「うん。解る。白さんはこう言いたいんだろ――」
「「正直、進んで食べたいとは思わない」」
瞬間心重ねて二人の声が重なる。
ニヤリって感じの白さんの悪い笑顔がス・テ・キ。きゅん。
「正解よ。背に腹は代えられない状況なら解るけど、やっぱりね」
「うん。わかる。ボクも同感だよ」
「でも、目の前に出されたら食べるのだけどね」
「うん。わかる。ボクも心底同感だよ」
一発ネタとしてなら試したい。
それは未知を追求する人の本能――たとえ失敗するかもしれない可能性があっても、人は突き進んでしまう生き物なのだ。愚かなのだろう、人類という種は……。
でも、今のボクにはその愚かさこそが愛おしい。
そう思えるからこそ、ボクはこうして戦い続けることができるんだ……たぶん。
だが、しかし――
――……おかしい……。
ボク達がその異変に気づいたのは、十皿目を食べ終わった時だった。
「こんなのおかしいよ……『もも』はもう二回きたのに……」
「ええ。こないわね……サーロイン」
そう、此処に至ってもボク達の魂を惹きつける存在がまだ一度も現れていないのです。
――……このままでは敵大将を討ち取る前に力尽きてしまう!
雑魚相手にダメージを蓄積し、ボス戦が始まる前にやられてしまう展開が脳裏をよぎる。
――……いや、このままではボスに辿り着いても、満足に戦えないかもしれない……。
しかし、おいしい……訂正、おかしい。
メニューに書いてある『牛の部位説明』を見るに、牛には二十四の部位があり、そのうちサーロインと呼ぶのは三箇所……確率八分の一。既にきていてもおかしくはない。
――……まさかこれは……?
「……陰謀論?」
「ま、まさか……私達のようなイエロージャップにはサーロインを食べさせるつもりが元からないとでも言うの?」
「わからない。でも……」
こない。
目の前に広がっている現実――それこそが変えようのない事実なのである。
「……しかたないね」
「……そうね。しかたないわね」
ボク達は、席を立ち――
「サイドメニューを見に行こうか」
「サイドメニューを見に行きましょう」
肉以外を手に入れるために旅立った。
正直たとえ味が違ってても、肉だけだと辛いんです。たまには他のものを食べて口の中をさっぱりしないと、蓄積ダメージでノックダウンしちゃうのですよ。
……ボクの中の神は言っている『人は肉のみにて生きるにあらず!』と。
サイドメニューは既に用意されている料理を欲しいだけとっていくビュッフェスタイル。説明はどこにも書いてないけど、歴戦の古強者であるボク達には解るのサ。
しかし、この店にはそんなボクでも見たことが無い料理がいっぱいと言うか……これがブラジルの料理なのだろうか? なんか食べてみたいような怖いような感じです。
――……う~ん、でも、肉しか食べてないから今はご飯食べたいんだよね……。
「なんというか、ゴハンがほしいわね」
「白さん結婚しよう」
「いやよ。私、一生結婚するつもり無いから。愛とか信じてないし」
「…………」
ノリで言ったセリフに、マジメな表情で本気な答えが帰って来ました。
そういえば、白さんって両親離婚して厄介者扱いされたんだっけ……ボクのバカ! 知らないならともかく、知ってたくせに地雷踏むとかありえないだろ!
そんなデリカシーのない男の葛藤など気にも止めず、白さんは机の上に並んだサイドメニューを物色開始。振り向きもしないその姿は普通なら見限られたと思う場面だが――
――……さすが、白さん。漢の情けというものを知っている娘よ……。
ボクには解る。
あれは情けないボクの姿をあえて見ないという彼女の優しさ……く、ときめくなボクの心!
しかし、次の瞬間――そんな彼女の歩みが突如『ピタっ』と止まる。
「……ねえ、これを見てみなさい」
その指さした先には――鮮やか過ぎる青色のゼリー。
「青っ! ゼリー青っ!!」
さらに、その中には豆みたいな形をしたグミっぽいものまで浮かんでいて……。
――ゼリーの具に、グミ……だと……!?
ちょっと前に昆虫グミの作成にはまっていたボクは『グミはゼラチンで作る』ということを知っている――だから、このゼリーが『ゼラチンづくし』だという真実を理解できた。
――……一つの食材をとことん極めるのがブラジリアンの特性……なのか……?
恐ろしい。極めた結果、青色を選択するあたりが特に恐ろしい。
「あ、あそこにあるのがゴハンじゃないかしら?」
と、驚愕してるボクを置いて、話題をふってきた御本人はゴハンを捜索に戻ってました。
彼女が指さした先――壁の隅に置かれたジャー二つ。
ジャーが二つあれば中身が二種類あるのはもはや常識。
「白飯と、なんかよく解からない混ぜ御飯か……って言うか、この混ぜ御飯って何? 嗅いだことのない匂いがプンプンしてんだけど」
間違いなく日本の料理ではない。
というか、米が原料なのは間違いないのに、日本の味ご飯と匂いが違いすぎて怖い。
「じゃあ、私が白飯を食べて、アナタが混ぜ御飯でいきましょう――文句はないわね?」
「イエス・マスター」
拒否権はない。
むしろ今回は、先ほどやらかした失態を償うために進んで従わせて頂きます。
……白さん、ボクの屍を越えてゆけ!
「――どう?」
「……なんというか……ボクには無理です。一口だけにしといてマヂで良かったです」
……はい。見事に玉砕しました――ッ!
肉と一緒ならなんとか飲み込めるってレベルの名状し難い味です。正直辛すぎる。
「そう……こっちも、白米とは思えないパサパサ感よ。何かしら? 炊き方もだけど、米そのものが違う感じね。でも、肉と一緒に食べると、これもアリなのかもと思えなくもないパサパサ感で困るわ。でも、正直進んで食べる気はしないわね」
とにかくパサパサするらしい事がよくわかる感想でした。
結論として、どうやらこの店のゴハンはボク達には合わないみたいです。
――……長いバイキング人生、こういうこともよくあるさ。
だが、そんな時は――次に食べなければ問題ない。
――『未知に挑むときは少量で』――
それがこのバイキング時代の荒波を乗り越えるための心構え。
でも、時として大胆に挑戦するのも大事。『どっちだよ!』ってツッコミ入れる事なかれ。人生ってやつはその場の勢いなノリ重視な方が楽しめるんだから。これ、十五年生きてきたボクの経験談ね。浅いけど濃いと自分では思ってるよ。
ゴハンに敗北したボク達は再び立つ気力を失い机に突っ伏した。
そんなボク達の前に容赦なく襲い掛かってくる黒剣使い――しかし、その剣に刺さっていた獲物は肉ではなく……パイナッポーっ!?
「ドデスカ?」
「「オーケー、オーケー」」
脂で汚れたお皿の上に置かれたパイナッポーらしき物体は……どうやら焼いてあるようだ。
「まあ、焼きリンゴがあるんだから、焼きパイナップルがあってもおかしくない……よね?」
「私の祖父はミカンもバナナも焼くわよ」
「………………レッツ、チャレンジっ!」
勇気を出して口に含む――と、舌を刺激する独特な味。
――シナ○ン博士ッ!?
だが、そのシナモンの味を越えると、パイナッポーの甘みが広がっていき……。
「焼きパイナッポー、ウマっ!」
「シナモンがかなり濃いけど、確かにこれは癖になる味ね。普通に食べるより美味しいわ」
感動である。
焼きリンゴもそうだけど、焼いたことで甘みがパワーアップしておられるのです。
しかし、それでいて甘すぎず……そう考えると、このシナモンの味が甘みをちょうどよく抑えてくれているのだろう。素晴らしい。うん、素晴らしい。
――……いける! ボクは、まだ戦える!!
焼きパイナッポーで気力回復!
復活し、再び戦いへ挑むボク達の前に次々現れる好敵手達――こぶ肉、胸肉、肩、骨付きバラ、ランプキャップ、ハラミ、ひれ、リブロース、ランプ、しんたま、ともばら、テール、肩ロース、外もも、三角、内もも、すね、バラ肉……。
そんな数々の肉の山を乗り越え――
「コントラ・フィレ(牛サーロイン)、ドデスカ?」
ついに、ボク達は求め続けたエモノにたどり着いた。
が、しかし……。
「……ぐぅ。腹がいっぱいになった頃やってくるとか」
もうボクは限界……いや、限界突破寸前だった。
「……陰謀論、信じるわ」
悔しそうな顔で白さんが呟く。
確かに、ただでさえありえない運の悪さなのに、いくらなんでもタイミング悪すぎですからね。『せめて、もう一皿前にきていたら』って絶妙さは嫌がらせとしか思えませんからッ!
それでも……ああ、それでも――
「「オーケー、オーケー、ください」」
立ち向かおう!
たとえ負けると解っていても背中は見せない。
――倒れるときは前のめりだ――――ッ!!
……そして、二十分後、机の上に仲良く突っ伏す男女の姿があった。
動けない。
動いたら出ちゃいけないところから出ちゃう。そんなギリギリなれど、無言でいたらそれはそれでヤバイという限界点……とりあえず、出さないために何か喋ろうと思います。
「……昔の人は言いました」
「……なにを、言ったの?」
「悔いが残る、食い方をしてはいけない」
「誰が言ったの、かしらね……まあ、いまの私達の、ために、あるような……言葉かもね」
これはオーケー、オーケー言って、ノーと断れなかったゆえの惨劇。
つまり、他人だけでなく自分自身にも嘘をついた結果訪れた必然の敗北と言える。
――……ノーと言える男になりたいですのぉ……。
お腹の底からそう思った十五の春の一幕でした。
本日の戦果――完・全・敗・北ッ!




