表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KYRIE   作者: リンドウノミチヤ
第二章
10/28

統也

 一週間ぶりに戻った空港に流れるニュースでは、先日の小国のテロ事件はやや小さい扱いのものとなっていた。

 統也は部屋に荷物を置くと、その足で公爵邸に向かった。彼の身体も精神も憔悴しきっていたが、先ず確かめねばならない事があったからだ。


 時が止まったかのような住宅街にある、瀟洒な公爵邸の主は不在だった。統也は公爵邸の門の前に立ち、扉に刻まれた星座らしき刻印をぼんやりと眺め、十代だった自分が初めて出会った天使のように美しい少年の事を懸命に思い出そうとしていた。やがて門が開かれ、モデル並みに背が高く骨格のがっしりとした赤毛の秘書が現われた。彼女は無表情に統也を目線で促した。案内された中庭の一角のサンルームは公爵かその夫人のどちらかの趣味なのだろう、蘭の鉢で埋め尽くされていた。


 公爵夫人は白く滑らかな生地のシャツにシックなスカートという装いで蘭の世話の最中だった。彼女は統也を一瞥し、声をかけた。執務の間を縫ってここに来たの、向こうにいる間様子を見られなかったし、使用人には任せられないわ。中東のホテルのロビーで見た時と何ら変わらない怜悧な表情だった。

 統也はその足元に新聞を叩き付けた。


「俺はこういう事には疎いし、あんたからすれば部外者でしかないんだろう、俺も、あんたが遠い世界の人間だと思う時があるしな、だが、そうも言ってられねえ、友人を亡くしちまったからな」


 自分の方を向いた公爵夫人の視線を感じつつ、彼は地面の新聞を見つめ低い声で言った。



「俺はあんたに否定して欲しいんだ。あんたが、あの事件の情報を事前に知っていて、その上でラーゲルレーヴが提携している王族とテロリストグループとの敵対関係をはかりにかけたなんてな。その為に公爵の、俺の親友を見殺しにしたなんてな。俺にとってあんたが、すっかり遠い人間になっちまう前に、あんたの口から違うと言って欲しいんだ」


 しかし、夫人の声は冴えた月のごとく冷ややかだった。


「でもあなたは、本当は確信している訳よね?だからここへ来た。ひょっとして私の夫もそうなのかしら?彼がパーソナルスポンサーをしていた人物を結果的に見捨てるような決断を私がすると。あのテロ事件と、私とを誰が一体どうやって結びつけるのかしら?」


「誰もいやしねえよ。あんたの旦那以外はな」


 統也は呻いた。


「他に、お前とあの事件を即座に結びつける事が出来るのはこの世で只一人、俺だけだ」


 統也は手をだらりと下ろした。目の前にいる公爵夫人をまるで彼女が手負いの獣であるかのように見つめた。


「あんたを殴るつもりだったのかもしれんが、もう忘れた。あんたは別の世界の人間だ、俺はもう、関わらねえよ」



 立ち去ろうとする統也の背に向けて言葉が放たれた。


「昔殺した時も今回も、私にとっては同じだったわ」


 この世のものとは思えない、低く冷たく甘美な声音だった。


「私の存在は、必要悪なのよ、統也」



 統也は己の中で、何かが境界を越えるのを感じた。

 彼は振り向いた。一瞬苦悶の表情を浮かべると、真っ直ぐ夫人の許へ向かった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ