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 二人は車に戻り、急いでその場を離れた。レイは首や肩の傷よりも少し焦げて先端が縮れてしまった髪を気にして指先でいじくっている。

「アレックス、この手錠のパスワードは知っているか?」

「パスワードって?」

「やっぱりか。そのリモコンの下の部分がスライドするようになってるだろう? そこにある数字のテンキーで4桁の数字を押すと解錠が出来るようになってる。お前、もしかして中古品を買ったのか?」

 アレックスは片手でリモコンを確かめた。レイが言ったとおりだ。

「そのとおりだよ。でも、なんでこんな面倒くさいことしないと解錠出来ないんだろう」

「お前みたいな間抜けなハンターがうっかり押してしまわないようにさ。もともとその手錠は捕まえたヴァンパイアを娼婦やその他の目的で売り飛ばす場合に使われるものだ。目的地に辿り着くまでは外す必要はないし、そうでなくても何らかの理由で一時的に手錠をかけられたヴァンパイアはほとんど殺されてしまう。ハンターは後で死体からこれを取り外せばいいだけだ。ところでアレックス、お前は俺の髪の色を見ても何も言わなかったな。知ってたんだろう? 俺がレイ・ブラッドウッドだって」

「知ってたよ。それから俺が言ったことは全部嘘だ。親父が危篤だってことも。親父はもう何年も前に死んじまったよ」

 レイは手の動きを止め、バックミラー越しにアレックスを鋭い目で見た。

「そうか。俺はてっきり、お前の父親が仲間を連れて俺を待ち構えているんだと思ってたんだが。どうやら見込み違いだったようだな」

「レイ、俺の嘘に気付いていたくせにどうして君は騙されたふりをしてついてきたんだ?」

 レイはふっと残酷な笑みを浮かべた。

「お前を殺すためにさ、アレックス。お前の親父の目の前でね」

 アレックスはぞくっと身体を震わせた。

「でも……君は手錠を掛けられてる。そんなことは出来ないだろう?」

「出来るさ。さっきは余裕がなかっただけだ」

 レイの両目が青い光を放ち始める。両腕に渾身の力をこめて腕を捻るとゆっくりと確実に強固な金属が捻じ曲がり、かしゃりと音がして手錠が外れた。アレックスは車が走り続けていることも忘れて後ろを向き、驚愕に目を見開いた。

「……すごいな。信じられない」

「いいから、前を向けよ。今度は車が事故るぞ!」

「あ、ああ。でもそれならどうしてさっき俺を助けたんだ?」

「あいつに殺されてしまったら、俺がお前を殺せなくなるからだよ、アレックス」

「なるほど……ああ、いや、やっぱり納得できないな。どうしてそんなに俺を殺したいんだ」

「お前はあの男の息子だからさ。俺の母さんを殺したハンターのね」

 アレックスは思わずブレーキを踏んだ。急停車した車内に屋根を叩く雨の音だけが響き渡る。

「俺の親父が? 何故そんなことが判るんだ?」

「お前のペンダントだよ。それは父さんのプレゼントで母さんが肌身離さず身に着けていたものだ。母さんの匂いがしたから間違いないさ。お前の親父は母さんの首を取って俺に見せびらかせ、薄汚い言葉を吐いた。あいつは俺も殺そうとしたが、他の仲間に止められた。奴は母さんの首と身に着けていたペンダントを持って逃げたんだ。だから、俺はあいつの前でお前を殺して同じ苦しみを味あわせてやろうと思ったんだ。でももうその気はなくなったよ。お前を殺したって意味がないし、さっき、お前は俺を助けてくれたからな」

 アレックスは押し黙ったまま、じっと前を見つめていた。

「……すまなかった、レイ。でも親父がそんな酷いことをしてたなんて正直、信じられない。でもお前が実際に体験した出来事だし、俺が謝ってすむことでもないけれど」

「いいんだ。もう三十年以上も前の話だし、お前は関係ないしな。俺もあのペンダントを見せられて少し感情的になり過ぎていたみたいだ」

 レイは少しだけ笑みを見せた。

「で、ここからが本題だが、お前は俺を何処に連れて行くつもりだったんだ?」

 アレックスはふうと溜息をついて後ろを振り向いた。

「ちょっと長くなるが聞いてくれるか?」


 物心付いた時には親父と妹との三人暮らしだった。お袋のことは俺と同じオレンジ色の髪と濃い茶色の瞳の持ち主だったことぐらいしか判らない。ハンターとはいっても親父はあまり優秀なほうではなかった。たまに賞金を稼いでもほとんどアルコールの類で消えてしまっていたから、家にはいつも金がなかった。俺はハイ・スクールに進まず、様々な職を転々としたが生活がだらしないとはいえ、やっぱり親父のことはかっこいいと思っていたし、邪悪な魔物であるヴァンパイアを狩るハンターにも憧れていた。

 だが、実際に危険と隣り合わせの現実に直面して、自分はハンターには向いていないのではないかと思い始めた。でも銃を買うのにずいぶん金を使ってしまったし、このまま終わるのも癪に触る。そう考えた俺は先輩達のうちでも一番腕が立ち、信用の置ける(と思っていた)ハンターのケビンに話を持ちかけた。賞金のかかったヴァンパイアを見つけ出して騙して連れて来るから、そうしたらあなたが止めを刺してください。その代わり賞金は半々にしましょうと。俺はいずれにしろハンターを辞めるつもりだったし、軽い気持ちで言ってみた言葉だった。見つからなくたって別にどうってことはない。だがその時、ケビンはにやり、と嫌な笑みを浮かべてこう言ったんだ。

「いいだろう。ただし、今日からきっかり一ヶ月以内だ。連れて来れば約束どおり賞金は山分けだ。ただし、連れて来られなければ俺はお前の妹をいただく。決まりだな」

 心底ぞっとした。俺の妹は二十歳を過ぎたばかりだ。親父を嫌って家を出て以来、一人暮らしをしている。

「あ、あの……それじゃ、この話はなかったことに」

「駄目だ。お前が持ちかけた話じゃねえか。それにもう決まりだと言っただろう。判ったら、とっとと探しにいくんだな」

 ケビンはそう言うとテーブルに置いてあった銃を取り上げて、いきなり俺の足元を撃ってきたから、俺はもう少しで小便を漏らしそうになった。がくがく身体を震わせてドアに向かった俺の背中を甲高い笑い声が追いかけてきた。何であんなことを言い出してしまったのか。

 冷静に考えてみるとヴァンパイアを騙して連れて行くなんて方法すら考えてもいなかったし、現実的に考えれば危険すぎて実現できそうもない。妹を逃がそうと電話を掛けても何故か全然繋がらないし、何回か妹のいるアパートを訪ねて行ったが旅行でも行ってるのか留守だった。警察に連絡したって動いてくれないだろうし、仮に動いてくれたって、一生彼女を守ってくれるわけじゃない。俺がヴァンパイアを見つけ出すしかない。俺は必死で毎日毎日、町から町へ移動して盛り場を回ってヴァンパイアを探し続けた。そして、何とか相手を騙す方法も考え付いた。成功するかどうかは判らなかったけれどね。


「だから、君を見つけたときは嬉しかったよ。これでやっと妹を助けられると思ったんだ」

「期限は何時だ?」

「明日の正午。いや、もう今日か。でももう君には関係のないことだろう? これは俺の問題だから俺が始末をつけるよ。君は森を抜けたところにあるドライブ・インで降りて帰ってくれ。君のことは誰にも言わないから安心してくれ」

「やれやれ。お前は一人でそのハンターに立ち向かおうってわけか? それじゃ、妹は助けられないぞ」

「でも……」

 レイは自由になった腕を交互に擦りながら、ふっと軽く溜息をついた。

「いいか。これはお前の為じゃない。お前の妹の為に俺は一緒に行ってやる。その代わり、そのペンダントを俺に返してくれ」

 アレックスはしばらく躊躇っていたが、ペンダントを外すとレイに手渡した。レイは首にペンダントを掛けると、銀のヘッドを両手でそっと包み込んだ。一筋の涙が彼の頬を伝い落ちるのが見えたが、アレックスは見てみぬふりをした。


 ようやく森を抜けた頃には雨はすっかりあがり、強い朝の日差しが広い草原を極上の緑の絨毯のように輝かせていた。遠くには点々と家が見える。ジープをドライブ・インに停めると、アレックスは自分の着替え用の濃い緑色のTシャツを出して、レイに渡した。レイの受けた傷はすっかり消えていたが、まさか焦げた上に血が付いてボロボロになったシャツを着て店に入らせるわけにはいかないだろう。店の中には早い朝食を食べに来たトラックの運転手が数人。窓際には年若いウェイトレスが黒いTシャツを着た若い男と笑いながらお喋りをしている。男はレイを見つけると、ひょいと片手を挙げた。

「よう、レイ。やっぱりこっちだったか。お前の予想が当たったな」

 レイは男の前に座り、ちょっと顔を顰めた。

「まあ、下手な嘘つきは南と言った時は大抵、北に行くからね。それより朝からナンパするのはよせよ、デビィ」

「いいじゃねえか。それよりお前の髪は何だよ? 新種のヘアスタイルか?」

「うっ……言うな。気にしてるんだから」

「あ、あの……レイ。こちらは?」

 アレックスはまだ突っ立ったまま、戸惑った顔で二人を見た。

「俺か? 俺はデビィ。こいつの同居人さ。夕べ、こいつから電話をもらってさ。こいつは一人で大丈夫だとか言ってたんだけど物凄く嫌な予感がしたから、お隣のゲイボーイを叩き起こしてバイクを借りたのさ。あいつ、レイが乗るって言ったら物凄く喜んでたぞ。きっと後でシートを舐めまわすかも……」

「……デビィ。いい加減にしないとぶちのめすぞ」

「いや、悪かった。とにかく先回りした努力だけは認めてほしいな。で、そいつが見え見えな嘘をついた張本人か?」

「……アレックスです。よろしく」

 何だか思い切りバツの悪そうな顔をしてアレックスが呟いた。


「で、お前らは今からハンターのところへ行くわけか。こいつは面白そうだ」

 デビィは五個目のチーズバーガーをぱくつきながら、にやりと笑った。

「そう……思ってんだけど、何となく釈然としないんだよ、俺は」

 レイはコーヒーをスプーンでかき混ぜながらアレックスに問い掛けた。

「アレックス。お前の提案のことだけど、あれは全部自分で考えたのか?」

「提案って、ああ、賞金首のヴァンパイアを連れていくって話か。あれは……俺の……いや、思い出した。あれは妹の言葉から思いついたんだよ」

 それはアレックスがケビンの家を訪ねる二、三日前。久々に家に帰ってきた妹が、仕事がうまくいかないとぼやくアレックスに、『兄さんがヴァンパイアに止めをさせないのならケビンのところに騙して連れて行けばいいわ。そうして、彼にヴァンパイアを仕留めてもらうの。そうすれば、きっとケビンも兄さんを見直すと思うわ』と言ったのだ。

 アレックスの言葉にレイとデビィは顔を見合わせた。

「あの……ひょっとして妹さんはケビンと会ったことが?」

「そう、二ヶ月前に家にハンター仲間を招待したときに俺が紹介して……ってああっ! すっかり忘れてた!」

 レイは呆れ果てた顔でアレックスを見ていた。

「だとしたら、今度のことはケビンと妹さんが仕組んだことだな。いつまで経っても一人前のハンターになれないお前のことを思って、一ヶ月という期限でお前が命懸けでヴァンパイアを見つけ、連れてくることが出来るかどうか試したのさ。だから、お前が誰も連れて行かなくても妹さんが酷い目に遭うことはないはずだよ」

「本当に? でも万が一……」

「確かめてくればいい。まあ一応、俺達も一緒に行くけれどね」


 数時間後、ブラックバット・タウンに到着したレイ達は待ち合わせ場所として指定された廃校となったハイ・スクールの体育館へと向かった。

 午前11時50分。学校の裏に車とバイクを止め、鍵の壊れた裏口から校庭に入るとレイとデビィは体育館の入り口が見える校舎の陰に隠れ、アレックスは一人で体育館に入っていった。体育館の脇にはハーレーが停められている。おそらく、ケビンのものだろう。だが、数分後、突然、表のほうからタイヤを軋ませてワゴン車が入ってくると体育館の前に砂埃を上げて急停車した。中から揃いの黒っぽいツナギを着た三人の男が降りてきて、体育館の中に入っていく。しばらく言い争う大きな声が聞こえたが、その直後に銃声が響き渡った。一発、二発。そして甲高い女の悲鳴。体育館のドアが開き、三人の男が嫌がる女を引き摺るようにワゴン車のほうへ連れて行こうとしている。赤いキャミソールに白のジーンズを穿いた女の髪の色はアレックスと同じオレンジ色のセミロングだ。すぐ後ろから迷彩服を着た逞しい体つきの短髪で髭面の男が太ももから血を流し、足を引き摺りながら追いかけてきた。

「止めてくれ! ジェニーに手を出すな!」

「嫌だね。こいつは俺達がたっぷり可愛がってやる。まったくあのチキン野郎が賞金首を連れて来るって聞いたから奪い取ってやろうと思ったのに、ガセじゃねえか! 恨むならあの男を恨めよ、ケビン」

 下卑た笑い声。男達に掴みかかろうとするケビンを男の一人がライフルの柄で激しく殴りつけた。

「ここは俺に任せろ、デビィ。お前はアレックスの様子を見てきてくれ」

 レイはそう言うが早いか、男たちのほうに駆け出していった。


「おい、お前ら、賞金首ならここにいるぞ!」

 レイの言葉に驚いたように男達が立ち止まる。リーダー格らしい目付きの悪い男が、レイの身体を嘗め回すように眺めながらいやらしげに口を歪めた。

「てめえ……レイ・ブラッドウッドだな? 自分から狩られに出てくるたぁ、いい度胸じゃねえか」

 レイの瞳が男の無遠慮な視線を撥ね退けるように鋭く青い光を放った。薄く笑みを浮かべた唇の端には長く鋭い牙が光る。

「お前達、本当に俺を狩れるとでも思ってるのか? こいつは面白い。さあ、まとめてかかって来いよ!」

「畜生! ふざけんな!」

 男達はジェニーの身体を放り出して一斉にライフルを構えた。次の瞬間、一人目の男が真後ろから頭を蹴られて血を吹いて倒れ、二人目の男はいつの間にか目の前に来ていたレイに腹を蹴られ、妙な声を上げてその場に崩れ落ちた。三人目の男はレイを狙ってライフルを撃ってきたが、瞬時に目標を見失い、慌てふためいてワゴン車に乗り込もうとした。

「逃げようったってそうはいかないよ」

 レイは後ろから素早く男の頭部を掴んだ。鋭く尖った牙が稲妻のような速さで首筋に突き刺さる。やがて彼が手を離すと男の身体は空気の抜けた風船みたいにへなへなと地面に横たわった。

 レイは血の付いた唇を右手の甲で拭い、少し震えているジェニーに左手を伸ばすとそっと立ちあがらせた。

「あ……あの……ありがとう」

「怪我はないみたいだな。よかった」

 デビィは体育館からアレックスに肩を貸して出てきた。アレックスもまた太ももを撃たれている。

「早く救急車を呼ぶんだ、ジェニー」

 ジェニーが急いで携帯で救急車を呼んでいる間、レイとデビィはアレックスとケビンを体育館の外の壁に寄りかかるように座らせた。

「君の言ったとおりだったよ、レイ。ただ、あいつらが来たのは予想外だった」

 アレックスが少し笑みを浮かべながらレイに話しかけると、ケビンはちょっと戸惑ったようにアレックスを見た。

「……何だかよく判らないが、それは後でアレックスに説明してもらうとしよう。とにかく、彼女を助けてくれたことには感謝するよ。本当に助かった。あいつら、夕べ俺がいた酒場のすぐ傍の席にいて俺とアレックスの電話のやり取りを聞いてやがったんだ。前々からジェニーのことも狙っていたらしい。今日はつけられてたことにまったく気が付かなかった。間抜けな話だよ。それから、アレックス。正直言って俺もジェニーもお前が本当にヴァンパイアを連れて帰ってくるなんて夢にも思っていなかったんだ。途中で挫折すると思っていたよ。それはそれとして、お前が自分でハンターを続けるかどうか判断するきっかけになるんじゃないかともね。でもお前が一生懸命、ジェニーのために自分の命を賭けたことは本当に素晴らしいことだ」

「ありがとう、ケビン。でも俺はもうハンターは辞めることにしましたよ。レイと知り合って、彼らをただのモンスターとして見られなくなったんです」

「そうか。残念だがお前が決めたことならそれは仕方がないな」

「すみません、本当に。でも俺、あなたがジェニーと付き合っていただなんて全然気が付きませんでしたよ」

 そこにジェニーがやってきて、ケビンの横に座ると少しはにかんだような笑顔をアレックスに見せた。

 なるほど、切れ長の茶色の瞳が美しいチャーミングな女性だ。複数の男に狙われるのも無理はないとデビィは思った。

「付き合ってるっていうか……もう一ヶ月以上も前からケビンの家に同棲してるのよ。その時に携帯も買い換えたの。黙っててごめんね、アレックス」

「そういうわけだ、アレックス」

 そう言い終わると二人は見つめ合い、抱き合って熱烈なキスをかわした。

「え……! それじゃ、俺が行った時、ケビンの家にはジェニーがいたってこと? くそ! すっかり騙されたよ」

 天を仰いで大きな溜息をついたアレックスを見て、レイがくすりと笑った。

「いいじゃないか、アレックス。俺はお前が俺達のことを理解して改心してくれたことが何よりも嬉しいよ。ハンターなんかよりいい職業はいくらでもあるしね」

「そうよ。だから、あたしもずっとケビンに言ってるのよ。ハンターなんか止めて、一緒に日本食レストランをやりましょうってね」

「いや……まあ、お前がどうしてもと言うんなら……」

 今度はケビンが溜息をついた。

「そりゃいいや。ぜひそうしてくださいよ、ケビン。そうそう。俺は今度はレイみたいなバーテンダーを目指そうと思ってるんです。女にはもてもてだし、かっこいい。……でも、俺、酒には弱いんですけどね」

 前途多難、というのは彼の為にある言葉かもしれない。

「ああ、それより、レイ、デビィ。君達は早く逃げたほうがいい。俺は凶暴なヴァンパイアを連れてきたが逃げられてこんなことになったとでも言っておくよ。茶色の短い髪の太った不細工なヴァンパイアだったってね」

「ありがとう。今度はお前の嘘に感謝しなくちゃいけないな」

「今度はばれないように気を付けるよ。レイ、デビィ。君達と出会えて本当によかったよ。ありがとう」


 デビィが借りたホンダに跨ってエンジンを掛けていると、レイがすぐ後ろに乗り込んできた。レイがデビィの身体に両手を回し、ぴったりと胸を押しつけてきたので、デビィはちょっと戸惑った。

「おい、少し離れろよ。暑苦しい!」

「だって、バイクの二人乗りっていうのはこうやって乗るものだろう? 他にどんな乗り方があるんだよ」

「まあ、そうだけどな。でも普通、後ろに乗せるのはナイス・バディの女の子って決まってんじゃねえか。背中に当たってるのがお前の胸じゃ何の色気もありゃしねえよ」

「ああ、はいはい。それじゃ次からは胸にパッドでも入れてから乗るよ。いいから早く出発しよう。救急車が来る前にね」

 確かに救急車のサイレンの音がすぐそこまで近づいてきている。

 傍を走り抜けた車から、からかうような口笛が聞こえてきたので、デビィは慌ててバイクを走らせた。日差しは暑いが身体に感じる風が心地よく、レイの心臓の鼓動が直接デビィの背中に伝わってくる。デビィはレイが確かに生きて傍にいてくれることに感謝した。

「デビィ」

「何だよ!」

「ありがとう。来てくれると思ってたよ」

「俺はただお前が縄でぐるぐる巻きにされて連れて行かれるところを見たかっただけさ!」

「悪かったな。ご希望に副えなくて」

「いいから掴まってろ! 飛ばすぞ!」

 暑く、厳しい日差しから逃れるように森に向かう道を二人のバイクはまっすぐに走り抜けていった。

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