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買い物

 今俺と灯は二人して夕食を食べている。メニューはカレーだ。


 昼にログアウトしてその後何をやってたかというと買い物だったり家事だったりといろいろだ。灯は基本的に家事ができないため家のことは一切俺がやっている。



「ていうか昼飯も食わずにぶっ続けでインしてんなよ……」


「だ、だって!一か月ぶりのAGOだったんだよ!それに皆と一緒にいるからつい時間を忘れちゃったの!」


「気持ちは分かってやらんでもないがその調子だとお前、夏の間に衰弱死しそうで怖いんだが」


「大丈夫!人間一日や二日飲まず食わずでも生きていけるよ!」


「それを続けていくと衰弱死するんだよな」


「だから大丈夫だって!………わかったよ。今度からせめてごはんはちゃんと食べるから」



 さすがにこのまま続けていくと果てしなくなりそうだったのでちょっと睨んでみた。灯にとっては俺が親みたいなものだから本当に親父に怒られているみたいな感じになってしまうのだという。



「ん。わかればいい。ところでレベルどのくらいまでいった?」


「私はそろそろ15くらいにはなるかな?本格的な廃人の人は18くらいになってる筈だけど。お兄ちゃんは?」


「もうそんだけいったのかよ。俺なんてまだ5だぞ」


「あ、分かれたところからレベル上がったんだ。でもちょっと低いよね?基本的に今AGOやってる人ってコアなゲーマーばっかりだからレベル的にお兄ちゃんだいぶ下にいるんじゃない?」


「かもしれねえな。なにせ昼からやってねえし」


「もったいないなー。折角世間で注目の的のゲームをいち早くやってる人の一人なのに」


「せめてお前ももうちょっと家事ができれば午後をまるまる家のことに費やさなくてもすんだかもな」


「わ、私がいても変わらないよ。むしろ作業を遅らせちゃう感じ?」


「自慢げに言うなよ。まあ俺もこの後ログインするけどさ」


「もう戦闘には慣れた?」


「慣れたっちゃなれたな。基本モンスターと戦闘になったらゴーレムに石投げさせて終了か残ったらスパーク打ち込む感じだから他のスキルとかはあんま育ってないな」


「んー、せめてジョブの上位派生の方法が分かってればもうちょっと違った方法もあるかもしれないのにね」


「上位派生ってなんだ?」


「最初に選んだジョブが基本的なやつだとしたらそれをもっと専門的にした感じ?私は軽剣士から初めて条件を満たしたからハイスピードウォリアーになれたしね」


「条件?」


「上位派生のジョブに着くためには大きく分けて二つあるの。


一つは普通に選んだジョブのレベルを上げる方法。これだと必ず同じ上位派生のジョブにつけるの。


二つ目は一定の条件を満たす方法。『~を連続して倒す』とかね。そうすればレベルを上げて上位派生のジョブに着くのとは違ったジョブになれるの。条件さえ満たせばレベルが上がらなくても強いジョブに就けるから皆してこっちを狙うの」


「じゃあ灯のはどっちなんだ?」


「私はもちろん条件を満たす方だよ。軽剣士で一分間に100回攻撃を加えられたらなれるの」


「なんだよその無茶な条件……」


「スピードに特化させれば案外いけるものなんだけどねー。私はまださすがにそこまでのステータスにはなってないからムリだけど」


「そう簡単になられたら困るけどな。……俺もちょっとその辺意識してやってみるか」


「うん。折角他に誰も就いてないようなジョブなんだしいろいろ試してみた方がいいよ」


「だな」



 夕食の後灯はそそくさと部屋に戻っていった。今日だけで一体何時間やり続けてるんだか。


 

 夕食の後片付けも終わり俺も部屋に戻ってAGOにログインする。


 いる場所は灯たちに教えてもらった湖のところだ。だが午前中までと違うところは結構ここにも人がたくさんいた。2~6人のパーティーを組んでいる奴らが目立つ。ようやくここにも人が追い付いてきたらしい。



 AGOは現実と中の時間が一緒になっていて、今は夜の7時だからあたりはもう暗くなっている。星空も簡単にだが再現されていてキラキラと光っている。



 周りを見渡してみると周りは大人数。さらにはパーティーを組んでいる奴らばっかりで、そんな中に一人だけいても疎外感を感じる。皆して松明のようなものを持ってワイワイやってるし。



 よくよく考えてみれば俺って地雷職最高峰のサモナー(笑)なんだよな……。てことはここでゴーレムなんか召喚した日には周りの連中からどんな目をされるか分かったもんじゃない。ここは装備も整えたいし一旦街に戻るか。



 街に戻る途中にはあまり人とすれ違わなかった。だが数少ない道行く人が必ずと言っていいほど松明を持っていたのが気になる。夜の必須アイテムなんだろうか?別に夜道だからと言って周りが見えないわけじゃないんだが。ただ昼間よりちょっと暗い?程度の明度だ。



「ゴブブブブブ!」

「ゴブブブブブ!」



 そんなことを考えているとゴブリン二匹とエンカウントした。レベルは4。サモナーのレベルが5である俺よりも一つ下だ。



「サモンゴーレム!あいつらを引き付けろ」


「ゴー!」



 周りに人がいないことを確認してゴーレムを召喚する。ていうかなんでわざわざ人の目を気にしないといけないのだろうか……。



「ゴ!」



 ゴーレムがその自慢の拳を一匹のゴブリンにふるう。これで一発は入る筈なのだがゴブリンはその拳を……避けた!?今までこんなことなかったぞ!



「ゴブブブブ」



 そしてゴーレムが相手をしていない方のゴブリンが俺に向かってくる。これは時々あることでそんなときはゴーレムが相手をしている奴を掴んで投げ飛ばして防いでくれる。



 だが今はなぜだか知らないが相手をしているゴブリンをゴーレムが捕えられない。掴もうとしてもゴブリンが器用に避けてしまうのだ。ゴブリンのくせに!



 そんなこと言っている間にもゴブリンは俺に突っ込んでくる。距離は5メートルといったところだろうか。ここまで相手の接近を許したのは初めてだ。思わず舌打ちする。



「チッ スパーク!」



 スパークをゴブリンに向かって放つ。スパークは戦闘でも使い続けてきたせいかスキルレベルが3にまで上がっている。他はまだ1なのに……。



「ゴブッ!」



 しかしゴブリンはそのスパークすらも避けた。まじかよ!スピードだけならそれなりなんだぞ!?



「ゴブゴブ!」



 ゴブリンはさらに迫ってくる。距離はもう三メートルぐらいしかない。



「くそ、こうなったら! パラライズトルネード!」



 範囲魔法を使う。これなら逃れられまい。事実ゴブリンはくらってひるんでいる。



「って!俺までくらってんじゃねえか!やべ、なんか痛てえ!」



 そうだった。これパーティーメンバーにも効果がある魔法だったんだ。だったら俺にも当たるのはおかしくない。しっぺをくらった程度の痛さしかないが。



「なんか粉っぽいなこの風!ていうかここ粉っぽいつうか煙いんだけど!」



 自打球をくらった俺は目の前にあった台風の目とも言うべき中央の空間に本能的に避難した。だがそれが間違いだったようで、中央の部分はなぜか煙かった。



 効果時間が切れたようでパラライズトルネードが消える。確かにこれパーティーで使われたら嫌だわ。痛さだけでもちょっと嫌なのに粉っぽくてうまく息できなかったし。



 そうだゴブリンは?と思って周りを見てみると憎っくきあの野郎は平気な顔してこっちに向かってきた最中だった。だがさっきまでとは違い、だいぶ距離が近い。あと一、二歩で手に持っている棍棒を俺に振り下ろせる場所にいる。



「しゃんすだ!」



 あれ?俺は「チャンスだ!」と言おうとしたんだが?距離が近いから今度こそ魔法を外すわけがないと。



「っへ!ひひれへる!」



 身体を動かそうとしても満足に動かせない。そう、俺は自打球でパラライズトルネードをくらっただけでなくしっかりと麻痺にまでかかったようだ。しかもゴブリンの方は痺れてないというのが腹立たしい。



 ゴーレムは?と思って痺れる体を動かしゴーレムの方を見てみる。するとさっきまでゴブリンは一体のはずだったのにいつの間にか三体にまで増えていた。くそ!俺がくらってる間に他のやつらが合流したのか!



 ゴーレムは掴めなかったりろくに攻撃も当たらないが三体を相手に善戦している。それはいいがこっちを助けるほどには余裕がない。そして俺は痺れて指示も出せないし回復アイテムやスキルも使えない。……それはつまり……



「ゴブ!ゴブ!ゴブ!ゴブ!ゴブ!!」



 そう、ゴブリンによる俺の連打祭りだった。





 ゴブリンに殴殺されて俺は始まりの街の教会に死に戻りした。



 高いVITが幸いしたのかあまり一匹の時はダメージをくらわなかったがゴーレムを相手にしていたゴブリンの一匹がゴーレムをすり抜けて俺の殴打に合流。しかもその後さらに新しいゴブリンも一匹合流して俺を殴るというどうしようもない状態に置かれた俺はあっけなくHPが0になった。



「ゴブリン三人がかりで撲殺とかトラウマもんだぞ……普通に怖かったし」



 なにせまわりがはっきりと見渡せるからって夜にゴブリンの赤い目がこっちを見ながらゴブゴブ言って棍棒を寄ってたかって振り回してくるんだぞ。人によっては精神に異常をきたす気がする。



「おう兄ちゃん。兄ちゃんも松明忘れたくちか?」



 俺が教会を出ると教会の前には何人かの人だかりができていた。なんだこれはと思っていると横から話しかけられた。



 髪は短く赤色でどことなく「更生してラーメン屋始めた元ヤンキー」というイメージを持たせる人だった。上はタンクトップで、下は初期装備のズボンだった。タンクトップは上の装備をすべて取っ払うと必ず装着されるもので脱ぐことはできない。因みに下の場合は普通にパンツになる。



「あんたは?」


「ああ、いきなり話しかけちゃ驚くわな。悪かった。俺はゲオルクってんだ。今ここで死に戻りした奴相手に商売してんだよ」


「ここでか?」


「ああ。死に戻りしたやつってのはどうしても新しい武器や防具が欲しくなるだろ?『もっとダメージを与えられれば』『もっと強い防具をつけてれば』ってさ」


「あー、なんとなく分かる気がするな。特に強いやつと戦った後だとそういう気になるかもしれん」


「だろ?だからここでそいつらを早速見せてやれば結構買ってってくれるもんなんだぜ?」


「そこら辺の連中もか?」


「似たようなことを考える連中ってのは多いもんだからな。ところで兄ちゃんは?」


「悪い、俺も名乗ってなかったな。俺はセス。あんたの言ったように松明とやらを持ってなくて今死に戻ったところだ」


「もしかして松明のこと知らなかったのか?」


「知らねえよ。攻略サイトとか見てないしな」


「ひゃー、今時珍しいやつだな。じゃあ教えといてやるよ。夜にフィールドに出るときや暗い洞窟系のダンジョンなんかに入る時は必ず松明とかの周囲を照らすアイテムを持ってないと命中率が下がってモブの回避率が上がるんだよ」


「そうなのか。だから道行く連中が必ず持ってたんだな」


「そういうこった。一人一人が持つ必要はなくてパーティーの中の誰かが持ってればいいから夜の間は皆パーティー組んで後衛の連中に持たせて狩りすんだよ」


「やけにパーティー組んでるやつらが多いなとか思ったらそういうことか。もうちょっとソロの奴らがいてもおかしくないと思ってたが」


「βの時は最初皆して夜に何が起きたんだ!って大騒ぎだったらしいぜ」


「だろうな。普通に歩く分には昼間よりちょっと暗い程度だし。気づきにくかったろうな」


「個人的にはその混乱ぶりを見たかった気もするけどな」


「違いない。ところでゲオルクは何売ってんだ?生産プレイヤーなんだろ?」


「俺のジョブは鍛冶師でな。その名の通り武器作ってんだ。どうだ?見ていかねえか?」


「悪いが戦士系のジョブじゃなくてな。あまり剣とかは……」



 そういえばゴーレムにも何か武器を持たせた方がいいと思ってたな。狩りでいくばくかのドロップもあるし売っていいのがあれば買うとしよう。



「あー魔法職のやつだったのか。そりゃ引き留めて悪かったな」


「いや、やっぱり買うわ。ちょうど武器が必要だと思ってたしな」


「別に気を遣わなくてもいいんだぜ?」


「いや、ホントに武器が欲しいと思ってたんだよ。ついでにドロップアイテムの買い取りもいいか?」


「ホントにいいのかよ。わかった。まずはドロップからだな、見せてくれ」



 俺はトレード画面を開いてドロップ品を次々と選択していく。ゴブリンの耳、ゴブリンの腰布、コボルトの毛皮、コボルトの牙、コボルトの爪などがけっこうな数あった。それらをすべて選択していく。



「ほーそれなりに持ってるじゃないか。買いとれるのはコボルトの牙と爪だな。そうすると……500(ゴールド)でどうよ?」


 

 (ゴールド)というのはこのゲームの中での通貨単位だ。500Gといえば午前中の狩りで得たGが全部で400Gだから結構高値で買い取ってくれるらしい。



「そんなに高く買い取ってもらっていいのかよ?」


「今の段階じゃ金も素材もいくつあっても足りないからな。今のうちにたくさんの素材を確保して片っ端から作ってレベル上げした方があとあと楽なんだよ」



 言われてみればそうだな。確かに今は金も素材も足りないがもう少しすればプレイヤー全体に十分な数が広まる。その時にレベルが上がってていい武器作れるようになってた方が利益になるな。それにしても初日からずいぶん金があるもんだ。



 とりあえずそれでOKと返事をしてトレードを終了。全財産が900Gになった。ついでになんでそんなに金があるのかも聞いてみた。



「初日なのにずいぶん金があるんだな」


「テスター達が中心になって生産職に素材や金を提供してくれてるからな。なんでもβの時に苦労したらしい」


「そうなのか?」


「ああ。武器を作るためには素材がいる。素材は買い取るか狩りに行って手に入れるしかないが生産ジョブだから自分で戦ってさらに生産のレベル上げもするのは効率が悪い。買い取るにしてもある程度金がたまってなきゃ買い取れないから狩りに行って金を稼ぐ。そうやっていくうちに生産のレベル上げがどんどん遅れていって……てなことがあったらしい」


「なるほど、確かに大問題だな。どうせNPCの売ってる武器なんてプレイヤーメイドに比べたら弱いんだろ?」


「その通り。だからこうやって今の内から生産職を応援しようってんで寄付みたいなことをしてくれてんだよ」


「先立ってのはありがたいもんだな」


「まったくだ」


「おっと、話が逸れたな。とりあえず売ってるもの見せてくれ」


「あいよ。でもまだ初日だからな。種類は少ねえし性能も初期装備に毛が生えた程度だから期待すんなよ?」


「そんぐらいわかってるって」



 トレード画面を見て商品を確認する。本当なら販売するための露店用カーペットやかなり高額なプレイヤーホームと呼ばれる家を店にして販売したりもするらしいが両方とも高額なので今のところはこうしてトレード画面に商品を選択して見せるしかない。



 ゲオルクの言う通りあまり種類はなかった。

 片手剣、短剣、両手剣など基本的な剣関連の武器ばかりでメイスや槍などの武器はない。数も少なく、それぞれ在庫が2・3個あるだけだ。

 性能も初期装備の剣の攻撃力が1なのに対し片手剣は2、短剣は1、両手剣でやっと3という程度だ。


 

「どれくらい払えばいい?」


「片手剣は200、短剣は150、両手剣は300ってとこだな」



 俺の今の所持金が900Gで、どれを買っても余りある。ただこの後ポーションと松明も買わなければならない。いくらになるかはわからないから残金は残しておきたいが……



「そうだな、じゃあ両手剣をくれ。あと片手剣も」


「おいおい、なんで二つも買うんだよ。お前前衛じゃないんだろ?」


「ちょっと持たせたいやつがいてね。自分用と合わせて使うのさ。それに後衛とはいえ護身用の装備で片手剣くらいあってもいいと思ってな。場合によっちゃ前線で戦わなきゃいけないし」


「ふーん、まあ買ってくれるならそれに越したことはねえけどよ。それにしてもお前ってどんなジョブなんだよ。後衛で、場合によっちゃ前衛に行かなきゃいけないジョブなんてあったか?」


「そこは俺だけのプレースタイルってことで秘密だ」


「そうかい。なら俺が口出しすることじゃねえな。じゃあこれで商談成立だな」



 そのあとつつがなくトレードを済ませ残金を400Gにまで減らして二本の剣を購入した。ついでにゲオルクともフレンド登録を完了して俺はその場を後にした。

 




  

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