森の中の婆さん
皆さんお待たせしました。薬師の婆さんの登場です。
家のことを終わらせて再びログインする。現在の時刻は19:30分だ。まだまだプレイ時間に余裕がある。早速試したいことをやってみるか。
ログインするとさっきまで灯たちがいた場所にはあまり人がいなかった。どうしたのだろうか。いつもならもっと人がいるはずだしそうでなくとも本格的に南の森が攻略しようとしているのに。
ログインしたところの側に灯とリサがいたのでとりあえず近づいて様子を聞くことにする。
「あ、お兄ちゃん。家のこと終わったの?お疲れ様」
「灯か。そのことはいいんだがこれはどうしたんだ?いつもならもっと人がいただろ」
「それが……みんなエミちゃんに心を折られたせいであの後すぐにログアウトしちゃったの」
「それほどまでに……ホント、一体何があったんだよ……」
「あれは知らない方が幸せだよ。ボクたちも今回を含めて二度しか見たことないけどあれは……。ミイは今日はもう休むって言ってログアウトしちゃったし」
「そうか……なら聞かないことにしておくわ。で、その本人は?」
「エミちゃんならまだ他に知らない人がいるかもって言って街を散歩してくるって」
「犠牲者が増えないことを祈るわ。じゃあ俺は行くな」
「どこにだい?なんなら一緒に行こうか?」
「いや、ちゃんと南の森を探索しようと思ってな。レベル的にも安全だし大丈夫だ」
「そっか、じゃあ気を付けてね」
「おう」
灯たちに見送られながら南の森に入る。松明をつけることも忘れない。なんかこれが本来の使い方のはずなのに今までそれ以外の使い方をしていたからただ燃やすだけとなると妙な感じがする。
入ってすぐに一匹のグレイウルフに襲われたがスパークのみで撃退できた。レベルが上がってステータスも上がっているから楽勝だった。
「ふう、なんかあんなに煮え湯を飲まされたやつを圧倒できると気分がいいな。とりあえずまた襲われないうちに召喚しておくか」
「サモンヒートゴーレム!サモンリッチ!サモンリザードマン・サージェント!ステータスサモン!」
「ゴゴゴー!」
「ガガガガ!」
「フシュー!」
いつもの三匹を呼び出す。ブラックウルフはまだ呼び出さない。まだ入り口だし試しているところを誰かに見られたくないからある程度奥に行ったら呼び出すつもりだ。
三匹と一人で探索を開始する。メガネのおかげで敵襲も探索もスムーズにいくため思いのほかはかどった。戦闘もいくら戦ってもろくに経験値は入らないのでほとんどサモンモンスター達にやらせた。それでも当人たちに入る量は微々たるものだけどな。
「っと、そろそろいいか。じゃあ実験開始ってね。リリースリザードマン・サージェント!そしてサモンブラックウルフ!」
「ガウウウ!」
リリースというのは召喚したサモンモンスターの召喚をキャンセルするキーワードだ。リザードマンの召喚をキャンセルしてブラックウルフを呼び出す。
ブラックウルフの黒い毛並みに触れて少し撫でる。おお、なんだか気持ちがいいな。……表情が変化してなくて凶悪な顔のままだからイマイチ可愛げがないが。
「じゃあ悪いがちょっと失礼するぞ」
「ガウウウ!」
本人の了解もとってからブラックウルフの背中にまたがる。ブラックウルフの大きさは俺一人がまたがるのがやっとという大きさだが足も着かないし俺一人ならギリギリ乗れる。さて、本番はこれからだ。
「じゃあウルフ、そこら辺をちょっと走ってみてくれ」
「ガウウウ!」
「お…おお!おおおお!」
乗り心地は悪くはない。それに俺を乗せた状態でもかなりのスピードが出せるし直線距離ならタックルビートルと同じくらいのスピードが出せた。コーナーも悪くないスピードが出てまるでバイクに乗って走っているような感覚で気持ちいい。
「よし、一旦ストップだ。いいぞ、予想以上だ。これからはちょっとした移動にはお前に乗って行くかな」
「ガウウウ!」
表情は凶悪なままだが声色がどこか嬉しげだったのに満足して今度は移動しながらでもスキルが使えるかを実験してみる。
試しにスパークを放つ気になりながら再びウルフを走らせる。スピードが速いせいで狙いが付けにくいがなんとか手直にあった木に当てた。
やはり単発攻撃は当てにくいな。これで範囲攻撃ならまだましだろうがスパークは乗っている間に撃つには向かない。
「よし、次はバズーカサンダーだ。発射準備時間の間は動き回って当てる瞬間だけ足を止めてくれ」
「ガウウウ!」
バズーカサンダーを発動させる。俺の頭上に雷の球が形成されていき、時間が経つごとに大きくなっていく。その間動き回っていたが発動が中断される様子もない。
これはいい発見だと思う。本来ならこれは後衛の固定火力人員が持つものであって前衛が時間を稼いでいる間に準備をするのだろうが俺は動いて相手を翻弄して引き付けるという選択肢もできる。これは戦闘の幅が広がるな。
動いているうちに雷の砲弾が完成した。大きさは直径三メートルほどでバチバチッ!という音を立てている。これはもういつでも発射できる状態だ。
撃つ瞬間だけ少しだけ止まってもらい撃ちだす。するとジジジジジジジジ!という音を発したと思ったら次の瞬間にはビシャアアアアアアン!と的にした木を炭化させ、破壊した。
木などのフィールドのオブジェクトは基本的に破壊可能オブジェクトだがかなりの耐久力がある。それこそちょっとやそっとじゃ壊れないくらいには。
したがってスキルレベル1の状態でこれほどの破壊力を持っているというのは驚異的だ。まあ、発射可能まで50秒はかかったし威力も範囲もすごいから前衛がいる状態だと使えないっていう裏がありそうだけどな。
「とにかくこれで新しい攻撃パターンの目処が立ったぞ。金を貯めて今度はスパークバルカンあたりでも買えば全方位から攻撃なんてこともできそうだ」
満足いく結果になった。いくら倒しても経験値はもらえないし、折角だからゴーレムとリッチをリリースしてウルフに乗ったままフィールドの制覇に乗り出す。戦闘して手に入る金や素材はちょっと魅力だがエレガティスにまで行けるようになっているんだからそこの素材を売った方が金になる。
フィールドを走り回る。ウルフの乗り心地は乗って行くうちに快適に感じるようになってきてその内馬を操るようにウルフを操る術を得た。
「ふう、だいぶ周ったな。マップもだいぶ埋まってきた」
約30分ほどで広大なフィールドをほぼ隅々まで探索しつくした。残っているのはあと一割というところだろう。メガネのおかげで周る範囲が狭まったのがよかったな。なにせ行かなくても範囲に入るだけでマップに反映されるんだから。
おかげでウルフを走らせていても特に地形にひっかかることなくスムーズに行けた。
「ん?なんだこれ。ただの地形じゃないな。これは……家?」
メガネに今までにない反応が現れた。それは岩等のオブジェクトにしては大きすぎるしモンスターかと言われたら動かない。地形が隆起しているわけでもなくまさに建物という反応なのだ。
「そういえばギルたちが言ってたな。あるフィールドに『あの』建物とNPCがいるって。……まさか!?」
俺は急いでその建物に向かうためにウルフを操る。ウルフのスピードだと10メートルなんてすぐだ。
すぐに建物に到着する。壁も屋根も木で作られていていた。家自体はログハウスのような形をしており、周りにはこのフィールドのいたるところで生えている各種植物アイテムが植えられている。
とりあえずそれらはムシして中に入る。一応ノックはしておく。
「なんだい?開いているから入っとくれ」
ノックをすると中から声が聞こえた。口調からすると老婆か?ウルフをリリースして扉に手をかけた。
中に入ってみる。中はワンルームで中央には大小さまざまな大きさの紙の束が詰まれ、さまざまな植物やすり鉢、ビーカーなどの器具が所狭しと置かれている大きなテーブルがあった。入って右側には大きな水瓶が横に五個並んでおり、奥の棚には薬ビンだろうか数多くのビンが並んでいる。
「なんだいアンタは?こんな危険な森の中に一人で来るなんてずいぶん命知らずだね」
そしてこの家の主だろうこの老婆はフードつきで紫色のローブを身にまとい、テーブルの側に一つだけ置かれていたイスに腰掛けていた。年代は70代ほどだろうか?だが年齢のわりに若々しいというか、『まだまだ若いもんには負けん!』という感じがする。
「あーっと、あんたはもしかして……薬師なのか?」
「ああ、確かにアタシは薬師だけどあんたはなんなんだい?作業の邪魔だからさっさと帰っとくれ」
と言ったらそのままテーブルの方を向いて振り向かなくなってしまった。まいったな、やっぱりクエストは受けさせてもらえないのか。
「ん?だったらジョブを変更したらどうなんだ?」
よくよく考えたらジョブが薬師でないのに薬師のクエストを受けさせてくれというのがムリな話だ。ものは試しとメニューを開きジョブを薬師に変更して再び話しかけてみる。
「あーっと、俺も一応薬師なんだが……」
「作業の邪魔だよ、帰っとくれ。……ん?アンタ薬師だったのかい?」
「あ、ああ」
「ふーむ……確かに薬師になりたてだね。半人前もいいところさ。でもなんだろうね、磨けば光るようなものを感じるよ……アンタ、薬師の師匠はいるのかい?」
「いや、いないが……」
「だったらアタシが薬師の仕事ってやつを教えてやろうかい?アンタ見どころがあるからね」
するとシステムメッセージが浮かび上がり、『薬師のチュートリアルクエストを受けますか?』と出た。
え!薬師のチュートリアルクエストだって!?今まで誰も受けれたことがないんだろう?なんで俺が!
だがこの機会を逃す手はない。ここは一も二もなくYESだ。
「そうかい。アタシは厳しいから覚悟おしよ。……それにしても今時アンタみたいなやつもいるんだねえ。最近の連中は手先が器用だったらそれでいいと思ってる。いくら手先が器用でも薬草を注意深く見る目や材料の使い方、手順についてしっかりと考えるだけの頭がなきゃ危ないし、ろくな物ができないってのに」
うーん、これはクエストの受注条件を示しているのか?DEXが高いのは当然だ。俺の場合はグローブを装備しているから恐らく規定値に達していたんだろう。薬草を注意深く見る目ってのは植物鑑定のことか?それと考えるだけの頭ってのはINTの高さってことだろうな。
きっとテスターの連中はDEXを上げまくったり植物鑑定を取ったりはしてもINTの値までは十分に上げることができなかったのだろう。
生産職は基本的に生産しなきゃレベルが上がらないからステフリもDEXとINT両方にポイントをまわせなかったろうしな。
複数ジョブを取ってればモンスター倒してレベル上げてポイントを振るってこともできたんだろうがDEXを上げればいいっていう先入観にとらわれていたとしたらINTに振らなかったのも納得だ。
「まあ何はともかくよろしくお願いするぜ」
「ふん、気合だけはあるようだね。ついてこれないって泣きつくんじゃないよ」
こうして俺の、前人未到のもう一つの冒険が始まった。