第41話 ドア・イン・ザ・フェイス
コンラートの依頼で犬・猿・雉の調練を手伝い一週間が過ぎた。コンラートはともかく三匹は既によく鍛えられているようで一匹一匹が正面戦闘で六級冒険者クラスに勝てる程度に強い。三体を戦術的に運用できれば三級冒険者とだって戦えるだろう。
コンラートに付け焼刃の戦闘技術を身に着けさせるよりは、三体の魔物を運用させる戦術眼を鍛えさせた方がいいと判断したヘイザは、コンラートにはそのための修練を課す事を決定し、直ぐに後悔することになった。
「ご主人、殴り合いの喧嘩のやり方にゃ一家言あるっすけど、魔物を運用させる戦術なんて分かりませんよ」
「私も以下同文です」
というようにジャックとキクコが揃って戦力外宣言したため、ヘイザがコンラートに個人レッスンせざるを得なくなってしまったのである。
「くっ! こんな時、マイケルがいたら全部押し付けられるのに……」
「ヘイさんって他力本願ですけど、人にできないことは求めないですよね」
物理攻撃無効で壁をすり抜けられる僧侶というインチキ存在故に酷使されてきたが、今回は殆ど戦力外のキクコに他人事のように言われヘイザは噴火した。
「ええぃ! 今に見ておれキクコ! ジャック! そのうちお主ら二人に冒険者としてのいろはを全部叩き込んで、再び拙者がなにもしないでも依頼が自動的に達成されるシステムを作り上げてみせるでござるからな!」
「へいへい、お世話になりますよご主人」
そうしてヘイザのやる気はないがちゃんとした指導の甲斐あって、コンラートが付け焼刃なりに良い采配をするようになってきた頃だった。グラシャラボラス伯爵邸にある人物が戻って来た。
「ヘイザ・アッシュブレード、ジャック・バルザード、キクコ」
わざわざ三人のフルネームを呼んだ壮年の男は、仕立てのいいスリーピースのスーツを纏っていた。合理主義の権化らしいピリッとした出で立ちではあるが、顔面には古傷が残り、指には隠しきれない数多の胼胝がある。円熟した猛獣のような逞しさと、辣腕の投資家とを混ぜ合わせることなく同居させたような人物だった。
男は自分こそがこの屋敷の主だと証明するように、部屋で最も高価なソファに腰掛ける。
「義息子が世話になってるね。自己紹介しよう、カルジェロ・ルチアーノだ。グラシャラボラス伯爵家に婿養子になったんで公的にはカルジェロ・ルチアーノ=グラシャラボラスとなるが、まあこちらのほうが通りがいいんでね」
「報酬分の働きをしているだけでござるよ。礼には及ばぬ」
生き残りの七雄なんていう超大物を前にして、ヘイザはまったく動じることなく平然と答えた。
「え、えーとはじめまして! 英雄って言われる人と会えるなんて光栄です!」
だが他の二人はそうはいかない。カチンコチンに固まったまキクコが挨拶する。ジャックも「ど、ども」と少しどもりながら頭を下げた。
「英雄なんて呼ばれるほど大した人間じゃねえさ。俺なんざ、独立派に言わせりゃハルノを裏切って、仮初の自治権と自分の地位を得た帝国のイヌコロだ」
「そのイヌコロがイヌコロの息子の雇われイヌコロの拙者たちになんの用でござる?」
「追加で依頼をしたい。義息子を死なせねぇでやってくれ」
紙煙草に火をつけながらルチアーノが続ける。
「たぶん俺と家内の間に子供ができたってんで焦ってんだろう。実の子供ができたら、血の繋がってねえ自分はどうなるんだろう、ってな」
道理でこの屋敷内にコンラートの母であるグラシャラボラス伯爵夫人がいないわけである。出産が近いため病院に入院しているのだろう。
「調教済みの魔物を買って冒険者登録までして……それでも普通のクエストをこなす分なら部下に暫く見守らせりゃいいと思ってたんだが、まさかいきなり鬼ヶ島に行こうとするとは流石に想定外だぜ」
「あの差し出がましいことを言うようですけど、ルチアーノさんから止めることはできないんですか?」
「あの年頃の男は、親に止められたら反発して逆に燃え上がっちまうもんなんだよ。それが……こっ恥ずかしいが尊敬する義父からとなりゃ猶更だ」
「ふむ。では義息子の冒険をずっと陰からサポートし続けるつもりなんでござるか?」
「いいや、そこまではしねえよ。本来なら冒険者なんざ生きるも死ぬも自己責任。だがコンラートは義理とはいえ俺の息子だ。だから三度までは陰から面倒を見る。その後はあいつ次第だ」
「要するに依頼というのは拙者たちにも鬼ヶ島攻略に参加して、加えて義息子を死守せよと?」
「俺のほうで鬼ヶ島についてできる限りの下調べはした。鬼ヶ島に居座っている鬼は二体、極東……新大陸から見たら西側にあるのに極東っていうのも妙な話だが、ともかく極東大和から海を渡って来た鬼共だ」
「報酬は弾むのでござろうな?」
鬼ヶ島の討伐は本来なら一級冒険者が複数人で出張るような案件だ。はした金では引き受ける事は出来ない。
ヘイザの睨みに対してルチアーノは数字の書かれていない小切手をテーブルに置く。
「この小切手に好きな数字を書け」
「ま、マジか!? ちょ、ちょっとタイムでござる! この部屋の書庫はどこでござるか?」
「二階の突き当りだが、それがどうした?」
椅子から立ち上がり意味不明な質問をしたヘイザに、ルチアーノは怪訝になりながら返す。すると、
「無論、一番デカい単位を調べるのでござる。小切手に書くためにな!」
「あ、ヘイさん! 確か無量大数が一番高い数字だったはずですよ!」
「ぉぉし! じゃあ報酬は大金貨無量大数枚で!」
「やっぱなしで」
ヘイザが小切手に数字を書き込もうとするよりも早く、ルチアーノが指をくいっと動かすと小切手が粉微塵となった。
ルチアーノが得意とする風の魔法である。
「前言撤回とは英雄の名が廃るでござるよ?」
「馬鹿野郎! だいたいこの世の全ての黄金を掘り出しても、金貨無量大数枚も作れねえよ! もっと常識的な額にしやがれ!」
「えぇ~~~~~~」
子供みたいに駄々をこねるヘイザに、ルチアーノは苛々しながら口を開いた。
「分かった。大金貨100枚。これでどうだ?」
「ん~~~~~足りぬな~~~~~~~~~~~。奮発して大金貨1000枚で!」
ヘイザは最初にわざと無理な要求をふっかけて、その後に徐々に要求を小さくしていくことで、本命の要求を通すドア・イン・ザ・フェイスという話術を仕掛けた。
「100枚」
「まあ1000枚はふっかけたでござる。900枚で手を打とう」
「100枚」
「870枚で」
「100枚」
「850枚!」
「100枚」
こうして交渉は一時間ほど続き、
「せ、せめて150枚でどうでござるか?」
「しょうがねえ。他の冒険者に依頼するか。最近名前を上げてきたイングリッドって冒険者がいいかもな」
「待て。分かった100枚でいい、引き受けよう!」
こうしてヘイザのドア・イン・ザ・フェイスは、最初に提示した額からピタ一文まけずに押し通すルチアーノのハード・バーゲニングに敗北した。
流石は冒険者であると同時に大商人であるルチアーノ。交渉ごとの年季が違う。
「さて引き受ける以上は鬼ヶ島攻略の話に移るでござる。拙者達のパーティーは侍一人に拳士一人に僧侶一人で、遠距離火力担当に不足している。あの坊やを死守しながら攻略するという制約もある以上、万全を期して火力のある魔法使いを一人か二人か三人か、なんなら十人くらい欲しい。報酬は大金貨100枚でいいから、費用はそっちもちで別に雇ってくれでござる」
「いいだろう。俺の部下から出すと分かっちまうから、知り合いのところから借りてきてやるよ」
だがヘイザもさるもの。報酬を釣り上げる事は出来なかったものの、もう一つの戦力増加の要求の方はきっちりと通してみせた。
ヘイザからの要求を受け入れたルチアーノは新大陸の中心部であるゼウス自治州の州都ヴェスプッチ市に来ていた。
最初に帝国からの植民が始まったゼウス自治州は新大陸の中心部で、それ故に既に州全体が開拓されきっていることから冒険者ギルド本部はあるが、冒険者は殆どいない。この自治州では冒険者がやるような仕事は、全て保安官が行っている。
ルチアーノは手続きを済ませて保安局に入ると、その建物の主に面会していた。
「ようゴドリック、三年ぶりだな」
「ああ、もうそんなに経つのか」
保安局のトップである保安長官の地位に着く男、生き残った七雄の片割れゴドリック・マーシャルは遠い目をしながら言った。
眉間に皺ができて、すっかり官僚という出で立ちになった姿からは、嘗て騎士の中の騎士だの白騎士だの称えられ、甘いマスクでご婦人を熱狂させた男と同一人物であるとは感じさせない。
「かつての反逆者が片や貴族の大富豪、片や冒険者を引退して保安官のトップ。お互いただのしがねぇ冒険者から出世したもんだな」
「……そんな話をしに来たのかい? 私と君が不用意に会うと、帝国がいらぬ警戒をするかもしれない。すまないが帰って欲しい」
「あのお気楽ボンボンナイトがクベーラみたいになりやがって。まあいい、今日はちと頼みがあってな。お前の知り合いに手の空いてる腕のいい魔法使いはいねえか? 色々あって俺の義息子が鬼ヶ島へ行くなんて言い出してな。助けがいるんだよ」
「私の知り合いで魔法使いか。分かった。暇そうなのが一人いる、声をかけてみよう」
「どういう奴だ?」
「胡散臭い渡りのソロ冒険者だが、腕はある。それも飛びっきりね。名はルサルカ・レインワース」
「……あの色狂いか」
ルチアーノは新大陸の有名冒険者は一通り頭に叩き込んでいる。
ゴドリックが紹介した人物がまさか過ぎて、冷や汗を流した。
もし宜しければブックマークと、下の☆☆☆☆☆から評価を入れて頂けると大変励みになります!




