隣に探偵
肌を、針のような冷気がちくちくと刺してきた。あたりには藍色の帳が降りている。月光が、まるで絵の具を溢したかのようだった。透明な香りに似つかわしくない、人工的な赤色のパトランプが窓ガラス越しの視界を侵食した。制服を着た警官が列を作るように、お行儀良く並んでいる。足早に移動する靴音と、呼吸を邪魔する、汗の臭いが混じるのがわかった。俺はため息を漏らすと、静かに探偵手帳を閉じた。冷え切った廊下に自分の革靴の音が響く。予告状を出した宝石がある部屋へと、歩みを進めた。助手が慌ててついてくる。
「どうしたんだね、探偵君。……と、その助手君」
唾と指示を飛ばしていた警部が、こちらを見咎める。俺は、得意の微笑を顔に貼り付けた。
声の抑揚にも気を配って、
「少々、気になることがありまして。………案ずることはありません、警部。すべては私の筋書き通りですからね」
そう呟き、身を翻す。警部の視線が、一瞬だけ俺ではなく、背後の助手の方へ流れたように思ったが、気のせいだろう。規則正しい靴音を立てて、目的地へと向かった。
けたましいサイレンの喚き声が、鼓膜をつんざいた。俺は助手が用意してくれた逃走経路へと姿を滑り込ませる。手の中の宝石が、じわじわと体温を奪っていく。弾けるような煌めきが目に刺さった。
「っと、その前に」
宝石が置かれていたはずの台座に、一枚のカードを放った。ポケットから覗いた探偵手帳を、指先で押し戻す。本物の探偵は、今頃バカンスでもしている。俺がそう仕組んだのだから。
俺は紅いベルベットのソファに体を沈めた。深みのあるコーヒーの香りが、鼻を満たす。暖かな空気が、お疲れ様と言うように、頬を撫でてきた。悴んでいた指先が、だんだん熱を取り戻していく。今回も全てが上手くいった。探偵へのなりすましだってバレなかった。急遽雇った人間に探偵の助手のふりをさせたが、従順でなかなか良い仕事ぶりだった。俺はコーヒーに角砂糖をたっぷり入れて、弧を描いた口元に運んだ。しっとりとした甘みが広がる。まさに、勝利の味がした。
「ええ。怪盗は今アジトにいます。筋書き通りです。………はい、アジトの場所は_______です。………5分後には、警察が彼のアジトを包囲ですね。了解です」
電話を切る。怪盗が雇った助手は、ため息を漏らすと、すぐに次の電話をかけた。
「………やあ、助手君。元気かい?」
微かなノイズが、スマホから聞こえる。
「………ああ、作戦は成功したよ。………それにしても、俺に変装するだなんて、怪盗も面白いことを考えるね」
こっそり奪い返した、自分の探偵手帳を開いた。自分の字をなぞる。
「俺は君のふりをさせてもらったけど。……もう少しで帰れるから、俺の代わりに事務所の掃除をしておいてくれ。うん、ありがとう。それじゃあ」
探偵はニヤッと笑うと、怪盗にコーヒーのおかわりを渡しにいった。




