後編
「百万ゴールドだって!? こいつを起動しただけで、俺の人生の残り時間が全部借金返済に消える計算じゃないか!」
ZJの絶叫が高級フロアに響き渡る。だが、再起動したばかりの少女型アンドロイド──HK-05:モデル・ロザーラは、ゴミを見るような冷ややかな視線を彼に向けただけだった。
艶やかな黒髪のおカッパがさらりと揺れ、透き通るような青い瞳が、ZJの全身を無機質にスキャンする。クラシックなメイド服に身を包んだその姿は、一見すれば完璧な美少女アンドロイドだ。だが、その口から放たれる言葉には、一切の慈悲がなかった。
「ご安心ください、ご主人様。貴方の現在の能力で働けば、およそ三百四十年ほどで完済できる計算です。あ、ご主人様の寿命が尽きるのが先ですね……それとも、今のうちに埋葬いたしましょうか? 土代くらいなら私が立て替えて差し上げますが」
「余計なお世話だ! ポリー、こいつを売るぞ! 今すぐギルドに持ち込んで競りにかけるんだ!」
「無理よ、ZJ」ポリーはゴーグルの数値を必死に追いながら言った。
「彼女の再起動シーケンスに、あんたの魔力が認証キーとして登録されちゃったわ。今の彼女はあんたを『主人』として認識してる……所有権が固定されたレガシーを売るには、不正な取り引きを防ぐために様々な手続きが必要なのはもちろんどけど、先払いでその手数料、登録解除料を支払わないといけないの。しかも高ランクのレガシーほどそれは高額になる。つまり、彼女を売るためにはお金を稼がなきゃいけないってこと」
「嘘だろ!? こいつを売るための金が貯まるまで、こいつの面倒を見なきゃいけないのかよ!」
「ちなみに私は純度の高い魔力オイルしか受け付けませんので」
HK-05は慇懃無礼にスカートの裾を持ち上げ、完璧なカーテシーを見せた。その優雅な動作とは裏腹に、彼女の視線はZJが右手に持っている「五センチの光の刃」に注がれる。
「……ところでご主人様。その、果物ナイフにも劣る『光るつまようじ』は何ですか? 私を笑い死にさせるための高度なジョークでしょうか?」
「うるさい! これは俺の魔力が凄すぎて、あえて凝縮されてる形態なんだよ!」
「なるほど。それを『凝縮』と呼ぶその図太い精神……。性格はゴミ、能力は救いようのないぽんこつと言ったところでしょうか」
「……は? 今、なんて言った?」ZJが眉をひそめる。
「聞き取れませんでしたか? 貴方自身の性能が、救いようのない『ぽんこつ』だと言ったのです。ご主人様」
「お前だけには言われたくないね! 大体、さっきから見てりゃお前だって、いつのまにか一人でのんきにティーカップで紅茶なんか飲みやがって……お前こそ、性格のバグった『ぽんこつアンドロイド』じゃねえか!」
「……私を、ぽんこつと?」
HK-05の青い瞳に、わずかなノイズが走った。
「そうだ! ご主人様の命令だ! お前の名前は今日から『ぽんこつ』に決定だ!」
「……不愉快ですね」
「なんだと! ご主人様の言うことが聞けないのか? やっぱりお前はぽんこつだな!」
「……なるほど、わかりました。知能の低いご主人様に私の名前を覚えていただくのは無理だと判断しました。正直、名前で呼ばれるのも気持ち悪いですし、その稚拙な愛称、一時的に登録しておきましょう」
こうして、伝説のハウスキーパー・ユニットHK-05:モデル・ロザーラは、この日から「ぽんこつ」として、一千万ゴールドの借金生活に加わることとなった。
と、その時、モールの天井に設置された千年前のスピーカーから、不快なノイズが鳴り響いた。
『──警告。未登録の生体反応を検知。万引き防止プロトコル、および不法侵入者排除シーケンスを開始します──』
「……万引き? 俺たちは何も取ってねぇぞ!」
「あ、あの……ZJ。あんたの手に持ってるそれ……」
ポリーが指差したのは、ZJがポッドをこじ開けた際に無意識に握りしめていた、展示用の「黄金のハンガー」だった。
「……これかぁぁ! こんなの一本で世界が滅びるような警報鳴らすなよ!」
壁のハッチが次々と開き、そこから現れたのは、この遺跡特有の「バグ・モンスター」たちだった。
「プキュウゥゥゥ!!」
現れたのは、大型の警備ロボットに、なぜか巨大なアヒルのおもちゃが融合した異形のバグ・モンスター「フロア・ガーディアン(アヒル型)」だ。
胴体は重厚な装甲に覆われているが、頭部は黄色いゴム製。歩くたびに「プキュッ! プキュッ!」と脱力感のある音を立てながら、四本のスタンガン・アームから強力な電撃を撒き散らしている。
「……なんだよあれ、ふざけてんのか?」
「笑い事じゃないわよZJ! あのアヒルのアームの電撃は即死級、クチバシから出るのは、高濃度の洗浄液、浴びたら全身の油分が抜けてカサカサになるわ!」
「お掃除の時間ですね、ご主人様。阿保面して見惚れている暇があるなら、少しは働いたらどうですか?」
ぽんこつが、戦闘態勢に入るガーディアンの目の前で、悠然とティーカップを傾けている。
「紅茶を飲んでる場合か! お前、戦闘モードがあるんだろ、なんとかしろ!」
「……仕方ありませんね。ご主人様があまりに無能すぎて、私の装甲が汚れるのは不本意です。家事モード、一時停止。不燃ゴミの焼却シーケンスに移行します」
ぽんこつの背中の装甲が展開される。そこから現れたのは、巨大な掃除機のノズルのような魔導砲門だった。
「ポリー様。そのゴーグルで、あの粗大ゴミの『緊急停止コード』を解析してください。十秒以内にお願いします。遅れたらそのオモチャのゴーグルを叩き割ります」
「ひっ、……わ、わかったわよ! ええっと、アヒルの頭の下! 首の付け根に古代の認証バグが残ってるわ。そこを突けば、システムに過負荷がかかる!」
「承知しました。……ご主人様、出番です」
「おうよ! 待ってました! 見てろよぽんこつ、俺の本気をよぉ!」
「……いいでしょう。では──干からびろ! このゴミカスがぁぁぁ!」
ぽんこつの砲門から、超高温の熱風が噴き出した。あらゆる細菌を死滅させ、服のシワを一瞬で伸ばすための、究極の「家事用ブースト」だ。
「熱っっっ! 熱いっ! こっちにむけるな!」
「ちっ、ぐちぐちうるさいですね。ほら、今がチャンスです、ご主人様」
熱風に煽られ、ガーディアンのゴム製の頭が「フニャ~」と柔らかくなる。その隙を突き、ZJは床を蹴った。
「そこだぁぁぁ!」
五センチの光の刃が、ガーディアンの装甲の継ぎ目──ポリーが指摘した急所へと吸い込まれた。
「プギィィィィィ!!」
一瞬の静寂の後、ガーディアンの巨体が内部からショートし、「プキュゥゥゥ……」という情けない音を立てて崩れ落ちた。
「……へっ。見たか、これが俺の実力だぜ!」
ZJが剣を収め、鼻の下を擦る。
「お見事。……と言いたいところですが、ご主人様。貴方の服、私の熱風で五パーセントほど縮んでピチピチになり、とてもお見苦しいです」
「……お前、本当に可愛げねぇな」
──数時間後。
ジャンク街の隅にある、ギルド『サルベージ・ジャンクション』の換金所。
「鑑定結果……高級食器セットが三万。ガーディアンのコアが五万。黄金のハンガーが……一万。合計九万ゴールドね」
ポリーが端末を操作する。画面には無慈悲な数字が並ぶ。
「本日の収支報告。
・探索報酬:+90,000
・遺跡損傷賠償金:-100,000
・解析触媒消耗分:-20,000
・ぽんこつ維持費(日割り):-33,000
差し引き、六万三千ゴールドのマイナスよ」
【現在の推定総負債額:10,513,000ゴールド】
「なんでだよ! なんで命懸けで働いて、借金が増えるんだよ!」
「当然の結果です。ご主人様が愚鈍で無能で無知だからです」
ぽんこつが、優雅に、だがどこか楽しげに毒を吐く。
ラルウォガの夜空には、美しい星が輝いている。
だが、その下にいる一行の明日は、限りなく暗かった。
【完】




