3. 君との再会
「私は……奈々美といいます。そう呼んでもらえないでしょうか」
奈々美……?
平安時代らしくないその名前。
むしろ、僕のいた現実世界にいそうだ。
不思議な懐かしさを感じて、心が温まる。
「うん……奈々美だから、奈々ちゃんでもいい?」
そう言うと彼女の顔がぽっと赤くなった。
「う……嬉しい」
「僕もみかどって言われてるけど、名前があるんだ」
「そうですよね」
「うん。晴翔っていうんだ」
「素敵なお名前……晴翔だったら、はるくん……かな」
僕も顔が熱くなってきた。はるくん、という言葉がくすぐったい。
「……僕も嬉しいよ」
ふたりで笑い合う。
この時間がずっと続けばいいなって思ってしまう。
※※※
僕がお忍びでかぐや姫……奈々ちゃんのところに通っていることは、家来ひとりしか知らない。
「みかど、そろそろ求婚してはいかがでしょうか」
「慌てなくていい。今は彼女ともっと過ごしたいんだ」
「ですが、かぐや姫に結婚を申し込む者は次々と現れるでしょう。早めにした方が良いのでは」
「……僕は、まだ結婚には興味がないんだ」
「みかど……」
そんなある日、僕はいつも通り牛車に乗って彼女の元へ向かう。
そこにいた奈々ちゃんは、悲しそうに空を眺めていた。
「奈々ちゃん……どうしたの?」
「……私は、15日になったら月に帰らないといけないの」
「え……」
せっかく仲良くなれたのに、彼女が月に帰ってしまうなんて。
だけど彼女はかぐや姫。その運命を変えることはできない。
「……もっとはるくんと一緒にいたいのに」
その言葉は僕の胸を熱くさせた。
僕だって、奈々ちゃんと一緒にいたい。
これからも色々な話をして、そして彼女と……
「……僕だって君とずっと一緒にいたい」
思わず奈々ちゃんを抱き寄せた。
花の香りがふわりと舞い、彼女の桃色の着物に僕の涙が滲む。
こんなに誰かを想ったことなんて、今までになかった。
この世界で唯一話が合う人だったから、ではない。
彼女の前では、初めて自分らしくいられた。
こんな僕でもいいよって言われてるみたいだった。
「……はるくん」
「……奈々ちゃん」
その日は彼女と共に過ごした。
ふたりで寄り添い、手を繋いで眠りに落ちた。
※※※
とうとう、15日がやって来た。僕は奈々ちゃんの家に護衛をつけるように言った。
彼女のところに向かうと、お爺さんとお婆さんに話をしているようだった。
「かぐや姫……行かないでおくれ」
「お爺さん、お婆さん……私もここにいたいのです」
胸がきゅっと締め付けられる。物語の中でも、かぐや姫はお爺さんとお婆さんを大切にしていたことを思い出す。
「……はるくん」
「……奈々ちゃん」
彼女は僕の方に走ってきた。
「どうしよう……15日になっちゃった。はるくん」
「護衛をつけたから、安心して」
「うん……」
そしてあっという間に夜になった。
外がぱっと明るくなる。そこには月から来た使者みたいな人が何人も現れた。
「ここから先には通さん!」
護衛の者が立ちはだかる。しかし次の瞬間、彼らの動きが止まってしまった。
「身体が……動かない」
使者の不思議な力によって、僕たちはその場から動けなくなってしまった。
「待って……奈々ちゃん!」
僕は彼女に手を差し伸べるが、届かなかった。
「はるくん……私たちは……」
「……」
「私たちは……きっとまた会える」
そう言った彼女の瞳は、未来の空を見ていた。
「奈々ちゃん……!」
やがて彼女は月の使者に連れられ、空高くに登っていった。月の光が眩しすぎて、目を瞑る。
次に目を開いたときには、夜の景色が広がっていた。
僕は膝をついた。
頬を濡らして、声にならない声が漏れる。
すると、急に夜明けが近づいてきたような気がした。
目の前が少しずつ明るくなる――
※※※
「……ん?」
教室――。
どうやら僕は机の上で眠っていたようだ。
「おい晴翔、ずっと寝てただろ?」
「先生が呼んでも起きねえって……よっぽど疲れてんだな」
あぁ……確か国語の授業で竹取物語をしてたんだった。
「夢か……」
最後に彼女が言った一言。
『私たちは……きっとまた会える』
夢のはずなのにその言葉だけは本当のような気がして、心臓の音が耳に響いた。
※※※
あれから2年が経ち、僕は中学3年生になった。
新学期早々、席替えで隣になった女子を見て驚く。
――奈々ちゃん?
そこには、夢で見たかぐや姫にそっくりの女子がいた。
僕は彼女から目が離せなくなってしまう。
今度こそは……一緒にいたい。
勇気を出して話してみた。
「僕は、竹宮晴翔っていうんだ。よろしく」
すると彼女も僕のほうを見て、目をぱちぱちさせていた。
「私は梅野奈々美……よろしくね」
花の香りがそっと漂う。
やっと君に会えた。
僕たちの物語は――ここから始まる。
終わり




