2. かぐや姫との出逢い
かぐや姫のいる家に来た僕は、一番奥の部屋に入る。
「……失礼します」
目の前には美しい着物を着たかぐや姫が……
と思ったら、そこにいたのはひとりの女の子だった。
僕と同い年ぐらいの女の子が、桃色の着物を見てこちらを見ている。
不安そうな顔をしていて、今にも泣いてしまいそうだ。
「あ……その……君がかぐや姫?」
まだ鼓動が速いままだ。
「……はい」
声が震えている。
竹取物語のかぐや姫のイメージとは、かけ離れている彼女。
だけど何故だか僕は、彼女に親近感を覚えた。
まるで、僕と同じようにこの物語の世界に戸惑っているようだ。
ゆっくりと彼女に近づいてそばに座る。
「都で君のことが噂になってて。結婚の申し込みを全て断っていると聞いたんだ」
「……はい。そうなんです。あなたはどうしてここに?」
竹取物語の美しいかぐや姫が気になって会いに来ました、だなんて言ったらおかしく聞こえるだろうか。
でも彼女になら言っても……いいんじゃないかなって思った。
「まるで物語の世界にいるようなお姫様だなって思って……気になって会いにきたんだ」
「そうでしたか……」
彼女は小さくうつむいた。
「私は……物語に出てくるような美しい姫なんかじゃない。なのに、あちこちから貴族の人が来て……ちょっと怖かったの。だから無理そうなお題を言った」
かぐや姫ってこんなに自信なさげだっけ?
物語だから、彼女の性格まで細かくは書いていないか。
「……わかるよ。僕だって“みかど”って言われてるんだけど、全然偉くない」
「え……みかど?」
僕は人差し指を唇に当てる。
「秘密だよ?」
「は……はい」
少し頬を赤らめた彼女が、妙に可愛く感じた。
この世界で彼女にだけは、自分の本当の姿を見せられるような気がした。
竹林を渡る風の音が、遠い記憶をくすぐる。
――思い出した。
僕は帝ほどではないけれど、現実世界でもそれなりに慕われている。
卓球部に入ったら急に部員が増えたり、昼休みには「竹宮くーん!」と別のクラスの女子が来たり。
難しい塾に行かされていることもあって、勉強もできる方。
だけど本当の僕は……みんなが思うほどすごくないんだよ。
親には難関高に行けば将来安泰だって言われてるけど、本当にこれでいいのだろうか。だけど中1の僕は右も左もわからないので、親の言う通りにするしかない……時々頭が痛くなるんだよな。
「……どうしてあの人たちは会ってすぐに求婚するのかな。結婚してから私のことを知ったら、きっと冷めてしまうだろうに」
この時代の人であれば貴族なんかが来たら、喜んで受け入れそうなのに……彼女は違った。
「僕ももし結婚するなら……お互いをちゃんと知ってからがいいな」
そう言うと彼女の表情が晴れた。
笑うともっと可愛い……。
「……私たち、似ているかもしれないですね」
「うん」
僕は決めた。
君をもっと知りたいから、これからも会いたい。
「……また会えないかな? 少しずつでいいから君のこと、知りたいんだ」
彼女は再び頬を染めてうなずいた。
「はい……是非」
それからというもの、僕はかぐや姫のいる竹林にお忍びで通うようになった。
「今日はどんな話をしてくれるの?」
「……ある未来の物語」
「未来?」
彼女は興味津々といった顔をしている。
そんなに見つめられると……また胸の鼓動が速くなってしまうじゃないか。
「ずっと先の未来には、新幹線といって遠くまで移動できる乗り物があるんだ」
「新幹線……」
「あとは空だって飛べる。飛行機っていう翼の生えた乗り物だ」
「……」
かぐや姫には想像しにくいだろうか。
平安時代を考えるとあり得ない設定だよな。
「きっとその時には遠くの人と話ができるもの……電話があるかもしれないわ」
「え……?」
電話だと……?
もしかして彼女は……僕と同じように現実世界からここに来たのか……?
「ふふ。例えばの話……ね」
「そうだね……」
それでもあまりにもリアルに感じられて、僕は彼女のことがますます気になるのだった。
「あの……」
「ん?」
「私はかぐや姫、という名前ではないのです」
「そうなんだ」
彼女の瞳が僕をとらえて離さない。その瞳に吸い込まれそうだった。
「私は……奈々美といいます。そう呼んでもらえないでしょうか」




