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俺が買った『猿でも分かる魔法の使い方』が本物の魔導書だったので、とりあえず確率操作で無双します  作者: パラレル・ゲーマー


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第93話 猿と便利屋と黒き弾丸

 闇。

 佐藤健司の世界は、音も光も感じない絶対的な無に包まれていた。肉体の感覚はない。ただ思考だけが、水底に沈む石のように静かにそこに在る。


(……俺は……負けたのか……)


 脳裏に、あの瞬間の光景が繰り返し再生される。

 能面の男。空間を歪める不協和音。予知を掻い潜る幻影と転移。

 そして、背中に貼り付けられた呪符の冷たい感触。

 全身から力が抜けていく、あの絶望的な無力感。

【身体強化】が強制的に解除され、魔力の奔流が、堰き止められた川のようにその流れを止めた。


 あれが『沈黙のサイレント・ステイク』。

 因果律改変能力者にとっての、死の宣告。


 意識が遠のいていく。

 このまま、この静かな闇に溶けていくのか。

 それも悪くない。戦い続けることに、少しだけ疲れていたのかもしれない。


 ―――その時だった。


 彼の沈みゆく意識を、一つの鋭い「音」が現実に引き戻した。


 ―――バァン!!!!!!


 それは、彼の鼓膜を直接揺さぶる物理的な音ではなかった。

 彼の魂に直接響き渡る、因果律の破裂音。

 何かが始まった。俺がいなくなった、あの場所で。


 彼の閉ざされた視界の裏側に、断片的な映像がフラッシュバックする。

 黒い影。漆黒のライダースーツ。夜の闇よりも深いその黒が、歪んだ空間を疾走する。

 手には長大な対物ライフル。だが、それはただの銃ではなかった。


 ―――『便利屋』。

 そう名乗った謎の協力者。


 彼女が引き金を引く。

 放たれるのは、物理的な弾丸ではない。

 魔力で編み上げられた、黒い光の弾丸。


 その弾丸は、能面の男が作り出した歪んだ空間のルールを、まるで意に介さないかのように、一直線にその標的へと吸い込まれていく。

 空間そのものを「無視」して飛んでいる。


「―――なっ!?」


 能面の男の驚愕の声。

 彼は咄嗟に琵琶を構え、その弦をかき鳴らす。

 ベェンッ!――空間がさらに歪み、黒い弾丸の軌道を捻じ曲げようとする。


 だが、弾丸はその歪みすらも貫通した。

 弾丸に込められた魔力は、ただの破壊エネルギーではない。

 もっと純粋で、もっと根源的な……「無効化」の力。

 あらゆる因果律干渉をゼロに還す、アンチ・マジックの弾丸。


 ――キィィィィィィンッ!!


 甲高い金属音。

 黒い弾丸が琵琶の胴体を掠めた。琵琶に込められていた、空間を歪めるための術式が、一瞬だけその輝きを失う。

 空間の歪みが、解けた。


「……なるほど。……アンタが俺の同業者か」


 能面の男が、忌々しそうに呟く。


 その隙を、ニコラス・ケイジは見逃さなかった。

 彼は物陰から飛び出すと、即座に数発の銃弾を、能面の男へと叩き込む。


「食らえ!」


 だが、男の身体は再び幻影のように揺らめき、その全ての弾丸をすり抜けた。


「無駄だ、刑事」


 男はケイジを一瞥すると、興味を失ったように、再び漆黒のライダーへとその視線を向けた。


「……ヤタガラスでも、マジェスティックでもない。……お前はどこの者だ?」


「……名乗る名はないと言ったはずだ」


 ライダーの声は、ヘルメットの奥からくぐもって響く。


「ただの金で動く便利屋だよ。……依頼があったから来た。……それだけだ」


「依頼?」


「ああ」


 ライダーは静かに頷いた。


「『ウチの可愛い猿がピンチになったら、助けてやってくれ』……とな」


「まあ、依頼主のプライバシーは守秘義務があるんでね。……言えんが」


 その言葉。

 それが、健司の朦朧とした意識の最後の引き金を引いた。


(……猿……?)


 その聞き覚えのある、忌々しい呼び名。


『―――起きろ、猿』


 脳内に直接響き渡る、あの尊大な声。魔導書だった。


『いつまで床とキスしているつもりだ。……見世物になっているぞ』


 健司は、カッと目を見開いた。

 意識が急速に浮上していく。肉体の感覚が戻ってくる。

 背中に、まだあの呪符が貼り付いている。魔力の流れは、堰き止められたまま。

 ――だが、彼の脳は、かつてないほどクリアだった。


 そうだ。魔法が使えないなら――。

 俺には、まだ残っているじゃないか。


 健司は、ゆっくりと、しかし確かな力で立ち上がった。

 その異様な光景に、ケイジも能面の男も、そして漆黒のライダーまでもが、一瞬だけ動きを止めた。


『沈黙の楔』。

 因果律改変能力者にとって、絶対の無力化をもたらす最強の呪い。

 それを食らってなお、立ち上がる者がいる。


「……ハッ」


 健司の口から、乾いた笑いが漏れた。彼は自らの肩を回してみる。


「……なるほどな。……魔力は確かに使えねえ。……だが」


 彼の瞳が、燃えるような光を宿した。


「―――俺は、まだ戦えるぜ」


 彼は、ゆっくりとファイティングポーズを取った。

 MMAジムで斎藤会長に叩き込まれた、基本の構え。

 そこにはもはや、魔法の気配は一切なかった。

 ただ純粋な闘争心だけが、彼の全身から溢れ出していた。

 彼の最強の武器は、魔法だけではなかったのだ。


「ほう……?」


 能面の男が、初めて心からの興味を示す。


「……魔力を封じられてなお、その気迫。……面白い」


「よかろう。……その蛮勇に敬意を表し……今度こそ、その首を刎ねてやろう」


 彼は琵琶を置くと、その腰に差していた一振りの小太刀を抜き放った。


 漆黒のライダーは、その光景をただ静かに見つめていた。

 彼女はライフルをバイクのホルダーに戻すと、ゆっくりとヘルメットを脱ぐ。

 月光の下に晒される、その素顔。

 艶やかな黒髪。東洋的な切れ長の瞳。

 そしてその口元に浮かべられた、全てを見透かすかのような妖艶な笑み。


 彼女は、自らがこの戦いの、ただの「観客」に過ぎないことを悟っていた。


 健司と能面の男。

 二つの影が、再び激突しようとしていた。

 魔法を失った猿。

 そして、その猿に興味を抱いた謎の狩人。


 その勝敗の行方は、もはや誰にも予測できない。

 ただ、この夜が健司にとって新たなる覚醒の夜となることだけは確かだった。

 ――魔法という衣を剥ぎ取られた、その剥き出しの魂の力が、今、試されようとしていた。

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