第49話 猿とティアー・システム
【極秘】
文書管理番号:YTG-EDU-20XX-Newbie01
件名:新規所属者向けオリエンテーション資料 Ver. 3.5
『ヤタッピでもわかる! はじめてのティアー・システム!』
(資料の冒頭、モニターに映し出された映像を想定)
[映像開始]
(軽快で、どこか気の抜けた明るいオープニングテーマ曲が流れる。画面いっぱいに広がる青空に、丸っこいフォントで『ヤタッピでもわかる! はじめてのティアー・システム!』というタイトルロゴが、ぴょこんと表示される)
(画面の右下から、デフォルメされた三本足の烏のマスコットキャラクター「ヤタッピ」が、ぴょこぴょこと効果音付きで現れる。大きなつぶらな瞳をぱちくりさせ、元気いっぱいに翼を広げる)
ヤタッピ:
「はーい、ヤタガラスに新しく仲間入りしたみーんな、こんにちはッピ! 僕、ヤタガラスの公式マスコットキャラクター、『ヤタッピ』だッピ! よろしくねッピ!」
(ヤタッピがぺこりとお辞儀をすると、頭の上の小さな葉っぱが可愛らしく揺れる)
ヤタッピ:
「今日から君も、この日本を、そして世界を、人知れず守るカッコイイヒーローの一員だッピ! だけど、『因果律改変能力者』とか、『脅威レベル』とか、なんだかむずかしい言葉がいっぱいで、頭がこんがらがっちゃってるお友達も、多いんじゃないかなッピ?」
「でも、大丈夫! この僕、ヤタッピが、そんな君たちのために、ヤタガラスで一番大事なルールのひとつ、『ティアー・システム』について、世界一わっかりやす〜く、解説してあげるッピ! この映像を見終わる頃には、君も立派なヤタガラスの一員として、自分の立ち位置がちゃーんと理解できるようになってるはずだッピ! それじゃあ、早速いってみよーッピ!」
(ヤタッピがくるりと一回転すると、背景がサイバー空間のような、スタイリッシュなデザインに切り替わる。画面中央に、巨大なピラミッド型の階層図が表示される)
ヤタッピ:
「じゃーん! これが、ヤタガラスが使っている、『因果律改変能力者・脅威レベル分類』、通称『ティアー・システム』の全体図だッピ! カッコイイッピ!」
「このピラミッドの一番下が『Tier 6』で、一番上が『Tier 0』。数字が小さくなるほど、すごーい力を持ってるってことだッピ! 簡単だッピね!」
「じゃあ、一番上の、とんでもない人たちから、順番に見ていくッピよー!」
Tier 0:『規格外』
(画面が切り替わり、宇宙空間に浮かぶ地球を背景に、【Tier 0:『規格外』】という極太の明朝体のテロップが、荘厳な効果音と共に表示される)
ヤタッピ:
「まずは、頂点にして、もはや色々めちゃくちゃ! Tier 0、『規格外』さんたちだッピ!」
(画面に、以下の定義文が、ゆっくりとスクロール表示される)
定義:
この世界の「物理法則」や「因果律」そのものを、自らの「意志」の下に書き換える、あるいは無効化することのできる「概念干渉型」の能力者。彼らはもはや個人ではなく、「歩く自然災害」、あるいは「神」として分類される。
ヤタッピ:
「うーん、むずかしい言葉で書いてあるッピね! ヤタッピが、もっと簡単に説明してあげるッピ!」
(ヤタッピが翼を広げると、背景にコミカルなアニメーションが流れ始める。一人の人間が、「今日から重力は上向きに働く!」と指をパチンと鳴らすと、周囲のリンゴや車が、一斉に空へと浮かび上がっていく)
ヤタッピ:
「Tier 0の人たちはね、いわば、この世界の『ルールブック』を、自分で勝手に書き換えられちゃう人たちのことなんだッピ! 例えば、『1+1=2』っていうルールを、『今日から1+1=田んぼの田!』って本気で思ったら、本当にそうなっちゃうかもしれない! みたいな感じだッピ! ちょっと違うッピかな?」
「物理法則とか、原因と結果の法則(因果律)とか、僕たちが当たり前だと思ってる世界のルールを、『えいっ!』って変えられちゃう。だから、彼らが本気を出したら、太陽が西から昇ったり、時間が逆再生されたり、世界があっという間に壊れちゃうかもしれない、とーっても危険で、とーってもすごい人たちなんだッピ! まさに、『歩く自然災害』! 台風や地震が、人の形をして歩いてるようなものだッピね。だから、別名、『神』とも呼ばれてるんだッピ!」
(ヤタッピの表情が、少しだけ真剣になる)
ヤタッピ:
「ちなみに、日本にも昔、このTier 0の予知能力者の人がいたんだッピ。『託宣の巫女』って呼ばれててね。彼女がいた頃は、地震も津波も全部事前に分かったから、日本は世界で一番安全な国だったんだッピよ。でも、彼女は、ある日突然、未来を語るのをやめちゃったんだ。神様になるっていうのは、きっと、僕たちには分からない、とっても孤独で、大変なことなんだッピね」
(ヤタッピが少し寂しそうに俯くが、すぐに気を取り直して、元気いっぱいに翼を広げる)
ヤタッピ:
「ま、まあ! とにかく、Tier 0は『世界のルールを変えちゃう神様レベル!』って覚えておけば、テストで100点満点だッピ! テストないけどねッピ!」
Tier 1:『国家戦略級』
(画面が切り替わり、一人の武人が、無数の軍隊を相手に無双している水墨画風のアニメーションを背景に、【Tier 1:『国家戦略級』】というテロップが表示される)
ヤタッピ:
「お次は、神様じゃないけど、人間としては最強! Tier 1、『国家戦略級』さんたちだッピ!」
定義:
「理」を書き換えることはできないが、その理の中で許された全ての力と技とを極め尽くした、究極の「武人」、あるいは「達人」。一個人の戦闘能力は一つの軍隊に匹敵し、国家間のパワーバランスを単独で左右しうる存在。
ヤタッピ:
「Tier 1の人たちは、Tier 0みたいに世界のルールを書き換えることはできないんだッピ。でもね、その決められたルールの中で、許されてる全ての力と技を、もうこれ以上ない!ってくらい、極めに極めちゃった人たちのことなんだッピ!」
(背景のアニメーションが、RPGのゲーム画面風に切り替わる。一人のキャラクターのレベルが「Lv.999」になり、全てのステータスが「MAX」、スキルリストが全て埋まっている)
ヤタッピ:
「ゲームで例えるなら、レベルカンストして、全ステータスMAX、全スキルをマスターした最強のプレイヤーみたいな感じだッピ! このゲームのルールは変えられないけど、このゲームの中では誰にも負けない!みたいな! まさに究極の『武人』であり、『達人』ッピ!」
「その力は、もう一人で一個軍隊を相手にできるくらい強いんだ。だから、この人が一人いるかいないかで、国と国の力関係が、ガラッと変わっちゃうこともある。まさに国の切り札、『ナショナル・エース』ってわけだッピ!」
(ヤタッピが、こっそりとした口調で囁く)
ヤタッピ:
「(こっそり)みんなも知ってる、警察の対能力者部隊『SAT-G』の仙道部隊長とか、自衛隊の『鬼神』のトップの人とかが、このTier 1だって言われてるッピよ。あの人たち、本気で怒らせたら、国が一つ消し飛ぶかもしれないから、絶対に近づいちゃダメだッピよ! ヤタッピとのお約束だッピ!」
Tier 2:『特殊作戦級』
(画面が切り替わり、数人のエージェントが、それぞれの特殊能力を駆使して連携し、巨大な要塞を攻略しているスタイリッシュなアニメーションを背景に、【Tier 2:『特殊作戦級』】というテロップが表示される)
ヤタッピ:
「どんどんいくッピ! 次は、一人でも強いけど、チームだともっと強い! Tier 2、『特殊作戦級』のみんなだッピ!」
定義:
Tier 1ほどの圧倒的な単独での戦闘能力は持たないが、極めて専門的で、少しトリッキーな能力をもって、戦局を限定的な範囲において支配することのできるエリート兵士。彼らは、チームとして機能した時に真価を発揮する。
ヤタッピ:
「Tier 2の人たちは、Tier 1みたいに一人で軍隊をボコボコにする、みたいな派手な強さはないんだッピ。でもその代わり、とーっても専門的で、ちょっと変わった、トリッキーな能力を持っていることが多いんだッピ!」
(アニメーションで、時間を数秒だけ止められる能力者、壁をすり抜けられる能力者、人の記憶を少しだけ書き換えられる能力者などが、次々と紹介される)
ヤタッピ:
「例えば、『5秒だけ時間を止める』とか、『どんな壁でもすり抜ける』とか、『人の嘘を色で見分ける』とか! 一つ一つは、戦いの勝敗を全部決めちゃうほどの力じゃないかもしれない。でもね、そういう能力を持った人たちがチームを組んだら、どうなると思うッピ?」
「時間を止めて敵の動きを封じてる間に、壁をすり抜けて背後に回り込んで、嘘を見分ける力で敵のボスが隠してる弱点を聞き出す! みたいな、超カッコイイ連携プレイができちゃうんだッピ! まさに、『特殊作戦』をこなすための、エリート兵士たちなんだッピね!」
(ヤタッピが、ビシッと敬礼のポーズを決める)
ヤタッピ:
「ヤタガラスにも、このTier 2のすごい先輩たちがたくさんいるッピよ! 先日のサイバーテロの時に、Kさんの予知を解析してた、五十嵐さんっていうお姉さんとかも、このTier 2なんだッピ! 彼女の頭脳は、スーパーコンピュータよりすごいんだからッピ! 君も、いつかはこのTier 2を目指して、頑張ってほしいッピ!」
Tier 3:『戦術級』
(画面が切り替わり、ヤタガラスのオフィスで、大勢の職員たちが忙しなく働いている実写風の映像を背景に、【Tier 3:『戦術級』】というテロップが表示される)
ヤタッピ:
「さあ、お次は、このヤタガラスを支える、一番大事な人たち! Tier 3、『戦術級』の皆さんだッピ!」
定義:
一般兵士や、エージェントとして採用される、標準的で最も数の多い能力者たち。彼らの能力は、小規模な戦闘の勝敗を左右することはできるが、それ以上の戦略的な影響を及ぼすことはない。
ヤタッピ:
「Tier 3は、ヤタガラスに所属するエージェントの中で、一番人数の多い、標準的なランクだッピ! 君も、最初はきっと、このTier 3からスタートすることになると思うッピよ!」
「彼らの力は、国と国の戦争を止めたりはできないけど、街で起きた小さな事件を解決したり、悪い能力者を捕まえたりするには、十分すぎるくらい強いんだ。まさに、現場の最前線で戦う、頼れる兵士たち! それが、Tier 3なんだッピ!」
(映像に、予知能力で犯人の逃走経路を予測するエージェント、身体能力強化で暴走する車を止めるエージェントなどが映し出される)
ヤタッピ:
「ちなみに、この映像を見ている君の先輩、『K』さんも、最初は総合評価でこのTier 3(正確には3.5)って判定されてたんだッピ! でも、彼の予知能力は、限定的だけどTier 2に匹敵するって、橘副局長も言ってたッピ! つまり、Tier 3だからって、がっかりすることはないんだッピ! 自分の得意な分野を、とことん磨き上げれば、上のランクの人たちとも、互角以上に戦えるようになるんだッピよ!」
Tier 4:『潜在的脅威』
(画面が切り替わり、街中で、少年がスプーンを曲げてドヤ顔をしていたり、少女が自分の髪の色をコロコロ変えて遊んでいたりする、微笑ましいような、少し不安になるような映像が流れる。背景には、【Tier 4:『潜在的脅威』】という、少しだけ不穏なテロップ)
ヤタッピ:
「さて、ここからは、まだヤタガラスに所属していない、一般社会にいる能力者の人たちの話だッピ! まずは、一番人数が多くて、一番ヤタガラスのお兄さんたちが頭を悩ませてる、Tier 4、『潜在的脅威』の人たちだッピ!」
定義:
自らの力に目覚めてしまった無数の「素人」能力者たち。彼らの力は実に微弱で、少し不安定である。だが、その数と予測不可能性とにおいて、ヤタガラスにとっては最も頭の痛い管理対象。
該当者:
スプーンを曲げるだけの少年、自分の髪の色を変えることのできる少女、天気をほんの少しだけ晴れに傾けることのできる主婦など。
ヤタッピ:
「Tier 4はね、何かのきっかけで、急に不思議な力に目覚めちゃった、ごく普通の人たちのことだッピ。まさに、能力者としての『素人』さんだッピね!」
「その力は、スプーンをちょっと曲げるとか、髪の色を変えるとか、本当にささやかなものが多いんだ。でも、問題は、その人たちが自分の力を、どう使えばいいか、全く分かってないことなんだッピ! 力のオンとオフの仕方も知らないから、暴走して周りに迷惑をかけちゃうこともある。先日、Kさんが助けた、重力を操るアスカちゃんも、最初はこのTier 4だったんだッピ」
(ヤタッピの表情が、少しだけ困り顔になる)
ヤタッピ:
「それに、とにかく人数が多いんだッピ! テレビで超能力ブームとか、陰陽師ブームとかが起きると、それを見て『自分にもできるかも!』って思っちゃう人が、いっぱい出てきちゃうんだッピよ。そのせいで、僕たちヤタガラスは、毎日毎日、新しいTier 4の人を見つけ出して、保護して、説明してって、てんてこ舞いなんだッピ! まさに、一番頭の痛い管理対象それがTier 4なんだッピ」
Tier 5:『原石』
(画面が切り替わり、ダイヤモンドの原石がキラキラと輝く映像を背景に、【Tier 5:『原石』】という、希望に満ちたテロップが表示される)
ヤタッピ:
「でも、そんな大変な毎日の中でも、僕たちには希望があるッピ! それが、このTier 5、『原石』の皆さんだッピ!」
定義:
まだ能力が覚醒してはいないが、内に因果律への適性を秘めていると、センサーによって判定された一般市民。彼らは、全ての組織にとって最も貴重な資源であり、スカウトの対象である。
該当者:
全世界の人口の、およそ0.01パーセント。
ヤタッピ:
「Tier 5は、まだ力には目覚めてないけど、『この子、将来すごくなるぞ!』っていう才能を、秘めている人たちのことだッピ! ヤタガラスが開発した、特殊なセンサーを使うと、そういう才能を持ってる人が、ぼんやりと光って見えるんだッピよ!」
「彼らは、まさに磨かれる前のダイヤモンド、『アンカット・ジェム』! 僕たちヤタガラスみたいな組織にとっては、一番大事な宝物であり、未来のエース候補なんだッピ! だから、僕たちは、いつもこのTier 5の人たちを探して、ヤタガラスにスカウトしてるんだッピよ!」
(ヤタッピが、虫取り網を持って、キラキラ光る人型のシルエットを追いかける、コミカルなアニメーションが流れる)
ヤタッピ:
「全世界の人口の、0.01パーセント! 1万人に1人の逸材だッピ! もしかしたら、この映像を見ている君も、スカウトされる前は、このTier 5だったのかもしれないッピね!」
Tier 6:『可能性』
(画面が、ゆっくりと切り替わる。そこに映し出されたのは、特別なものではない。駅の雑踏、学校の教室、オフィスの風景、公園で遊ぶ家族。ごくありふれた、日本の日常風景だった。BGMも止まり、静寂が訪れる。そして、画面の中央に、静かに【Tier 6:『可能性』】というテロップが表示される)
ヤタッピ:
「そして、最後。ティアー・システムの、一番土台となる、一番大事な人たち。それが、Tier 6、『可能性』の皆さんだッピ」
対象:
Tier 5以上の、いかなる力の兆候も見られない、全ての“普通”の人間たち。
(ヤタッピの声が、いつものような元気いっぱいのものではなく、どこか穏やかで、そして敬意に満ちたものに変わる)
ヤタッピ:
「Tier 6は、僕たちが、『普通』と呼んでいる、全ての人たちのことだッピ。この映像を見ている君が、昨日までそうだった、たくさんの人たち。彼らは、因果律を直接、捻じ曲げる力は持っていない。でもね」
定義:
彼らは因果律を直接操作する力は持たないが、彼らこそがこの世界そのものを形作り、物語を紡ぎ出す本当の主役である。
ヤタッピ:
「この世界を、本当に作っているのは、彼らなんだッピ」
(日常風景の映像の上に、定義文が、一行ずつ、静かに表示されていく)
彼らの「信仰」が、聖女を生み出す。
彼らの「願い」が、英雄を支える。
彼らの「日常」が、神々をこの大地に繋ぎ止める。
彼らの「声援」が、観客として、神々の戦いを意味のあるショーへと昇華させる。
ヤタッピ:
「Kさんが、なぜ『預言者』として、あんなにすごい力を発揮できたか。それは、たくさんの人たちが、『Kさんは本物だ』って、信じてくれたからかもしれないッピ。僕たちが、どれだけすごい力を持っていても、それを見てくれる人、信じてくれる人、応援してくれる人がいなければ、それは、ただの自己満足で、終わっちゃうんだ」
そして彼らの中には、明日、新たなるTier 5として覚醒する“原石”が眠っている。
ヤタッピ:
「そう。彼らこそが、この星の全ての奇跡の源泉であり、無限の可能性そのものなのであるッピ」
(映像が、ゆっくりとフェードアウトしていく。静寂の後、再びオープニングの軽快なテーマ曲が流れ始める)
ヤタッピ:
「はーい! というわけで、ティアー・システム、どうだったッピかな? なんとなく、分かってくれたッピか?」
「君が、どのTierにいるとしても、一つだけ忘れないでほしいッピ! それは、君が、この世界を構成する、かけがえのない一員だっていうことだッピ!」
「僕たちヤタガラスは、そんな君の成長を、全力でサポートするッピ! 分からないことがあったら、いつでも先輩たちに聞くんだッピよ! それじゃあ、ヤタッピのティアー・システム講座は、これでおしまい!」
「また会おうねッピ! バイバーイ!」
(ヤタッピが、満面の笑顔で翼を振る。画面が暗転し、最後に「制作・著作 ヤタガラス」というテロップが表示されて、映像は終了する)
[映像終了]