昼の霧
夏のホラー2025投稿用。
ネットで流れる噂を追った男の様子。
今、ネットでまことしやかに囁かれているネタがある。
ネットでネタなのだから、ろくな証拠もない与太話なんだろ?
そう言われてしまえば、そうなのだが。
だが、それで切り捨ててしまうにはあまりにも凄みを持ちすぎているネタである。
――――日が差す昼間に平地で発生する霧からは全力で逃げろ――――
ただそれだけのネタであるのに、一笑して「あほくさ」と簡単に投げ捨ててしまえるはずのネタだ。
そもそも霧の発生メカニズムは、空気に溶けきれていない水分である。
もうちょっと言うと、湿度100%の空気が温度変化で変わった水分の許容量からこぼれて吐き出された水分だ。水だ。
それが霧となる。
もう少し言うと、地表に発生した雲が霧と言える。
こんなのは理科とかで習うような簡単な事柄だ。
だが。
だがである。
昼間は日が差し、その日差しによって暖められる。
そうなれば空気中の抱えられる水分量は増えるので、ますます霧など起こるはずがない。
起きるはずがないからこそ、人はそれに対して妄想を膨らませる。
有り得ない事が起きたら、どうなるかを。
〜〜〜〜〜〜
「『おいやめろ馬鹿』だあ? ぐふふ、今のネットで騒がれている話題を体験してみるとSNSで宣言してみたら、凄くリプが飛んできやがるな」
ここにいるのは、前述のセリフから見て分かる承認欲求の塊の男。
実際に日中に霧へ飛び込んでやろうとする存在である。
「俺はネットでバズる為に、日中で霧が出る条件が揃いそうな地点を調べ倒して分析して、今日のこの辺りの地点で霧が発生すると突き止めたんだ。 ここで飛び込まないでどうする」
コイツはこういうヤツなのだ。
まあ実際、周辺に毒物がない安全な環境で、自然発生した霧の中に入ったからと言ってどうにかなるなんて考えられない。
日中の霧だってかなり珍しいとは言え、発生しないわけでもない。
そんな安全が確定している霧に飛び込んだ動画をネットのSNSにあげるだけでバズりそうって言うなら、バズりたい男からすればやるだけ得だ。
「せっかくだし、証拠として動画サイトで生配信するのも良いかもな。 あーー、早く霧が発生しねーかなぁ」
などとボヤきながら、本当に霧が発生した時の事を考えて用意や確認をしていると、周囲に異変が起き始める。
「お、霧か? ………………霧だな。 本当に霧が出やがった!」
この男から数十㍍離れた所が白くモヤってきており、明らかに霧だと分かる靄が発生していた。
「よし、配信してやる! これで俺はバズり散らかすぞ!」
俗物ここに極まれり。
喜ぶ姿から漂う俗物感と強烈なまでの承認欲求。
目をギラギラさせながら、今すぐネットでの有名人になれる事への妄想で愉悦を浮かべる。
男はギットギトな欲望を全開させたまま、手に持つスマホを操作する。
「あとはここを押せば……ヨシ!」
どうやら配信を始める操作をしていたらしい。
カメラのレンズが出ているようにスマホを胸ポケットへ入れ、ひと言。
「これから日中に出来た霧の中へ突入し、それでどうなるかを自分の体で実験してみようと思います」
挨拶もなにも無し。 最低限の状況説明だけして、男は霧に向かって駆け出す。
実際、加工した動画では無いと言うために配信をしたのであって、証拠になりそうならどんな撮影形態だって良かった。
撮影した後に、SNSへ撮影したデータを載せたりリンクを貼って「これは俺だ」とやって、評価されてバズりたいだけなのだから。
「霧に突入します!」
突入間際に宣言。
ボフッ! なんて擬音は発生しないが、カメラが映す画像は、白くモヤってきているので突入したのは事実なのだろうと理解できる。
「霧の中は何も見えない! これは大変な突入になってしまいました!」
なんだか楽しそうに叫ぶ男。
その調子で、話を続ける。
「ただやはり、霧はどんなのであろうと霧。 噂では逃げろなんて、何か良くないことが起きそうな事が付いていましたが、やはり何も起きn――――」
男がそこまで言った所で、配信がなぜか急に途切れて終了となった。
少し後。
珍しいもの好きが『ネットで噂の日中の霧に突入してみた』なるタイトルの謎の配信を発見。
SNSにこの配信のリンクが貼られ、特殊な人物が配信された場所を誰に望まれるでもなく特定。
それで特定情報を見た近所に住む人が問題の地点へ到着し、周辺を調査。
結果、道の端っこに配信に使われたと見られるスマホを発見。
中身を見ようとしたがロックを突破できず、警察へ事情を説明し提出。
ネットではスマホの持ち主が行方不明だと警察発表された事が流れて捜査出来なくなったことから、終了した。
なお警察ではまた霧の中で行方不明者が出たと責任問題で荒れたのだが、その辺は外に出なかったので知られずに終了。
結局、どうしてこんな事になっているのかは、誰にも分からない。