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苦手な方はご注意ください。

短編童話シリーズ

三人の少女

作者: 八代 秀一

 風が吹き荒れる夜。

一人の旅人が、山道に迷い、途方に暮れていました。

辺りは鬱蒼とした闇に覆われ、風に煽られた木々は不気味な悲鳴を上げています。

間もなく嵐がやってくるのでしょう。


 旅人は生い茂る草木を掻き分け、懸命に身を寄せる場所を探しました。

次第に雨に奪われていく体温、このままでは命が危うい。

悴む手足で草の根を掻き分け、夜の帳の奥へ、奥へ。

そうして白い息も切れ切れに胸が痛みを覚え始めた頃、夜闇の遥か彼方に小さな明かりを見つけたのです。


 鬼灯を思わせる淡いオレンジ色の丸い光。

それは不安に暮れた旅人の胸に希望の光が差し込んだ瞬間でした。


 ――助かった。


 旅人は倒けつ転びつ明かりに駆け寄り、力の限り戸を叩きます。


 ドン、ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドン、ドン。


 吹き荒ぶ雨風にも負けない激しいノック。

程なくして蝶番が小さな悲鳴を上げると、戸口の隙間から三人の少女が訝しげな顔を覗かせました。


「道に迷ってしまい、困っています。どうか一晩泊めてはいただけないでしょうか?」


 濡れ鼠で懇願する旅人。

そんな旅人の姿に三人の少女は困惑の顔を見合わせます。

予期せぬ真夜中の訪問者を警戒する気持ちが拭えないのでしょう。

それでも旅人を屋敷に招き入れたのは、少女たちの優しさか、憐みか、はたまた好奇心か。

人目を忍ぶようにひっそりと佇む彼女たちの住まいに来客が訪れたのは、後にも先にもこれが初めてのことです。


「それはさぞかしお困りのことでしょう。何のおもてなしもできませんが・・・」


 少女の返答に、旅人はホッと胸を撫で下ろしました。


 ――助かった、これで嵐を凌ぐことができる。


 仲良く手を繋いで歩く少女たちの後に続いて屋敷へ入り、促されるままに食卓の椅子に腰を下ろしてようやく人心地。

そこで初めて旅人は彼女たちの風貌の異変に気づきました。


 三人の少女たちは、目、耳、口がそれぞれ一箇所ずつ縫い付けられていたのです。


 ――果たして尋ねて良いものか?


 気になるものの、旅人は迷った末に口から出かかった疑問符をグッと飲み込みました。

何か深い事象があるのでしょう。


目の見えない少女は、耳の聞こえない少女の聴覚を、

耳の聞こえない少女は、口の利けない少女の言葉を、

口の利けない少女は、目の見えない少女の視覚を、

そうして三人は互いに足りないものを補い合って何不自由なく暮らしているようでした。


 ――なるほど、自分に欠けたものがあるならば、誰かと補い合えば良いのか。


 それは自分探しの旅を続けてきた旅人にとって衝撃的な光景であり、ある種の旅の答えのようでもありました。


 それから嵐の過ぎるまでの数日は、旅人にとっても、三人の少女たちにとっても夢のようなひと時でした。


 旅人にとって少女たちは旅の答えであり、生まれて初めて感じる安らぎ。

そして三人の少女にとって旅人が語る冒険譚は、生まれて初めて知る外の世界です。

話題は尽きることはありません。


 旅人と三人の少女は時間を忘れて語り合い、憧れや羨望に胸を高鳴らせ、お互いに惹かれ合うのを感じました。

が、出会いに別れは付き物、嵐が引き合わせた出会いは嵐と共に去り行くが道理。


 数日の後、空が平穏を取り戻すと、旅人は出発に備えて身支度を始めます。

三人の少女が互いに欠けたものを補い合うように、旅人もまた、自分に欠けたものを埋める存在を探しにいかなければなりません。


 けれども、旅人と別れがたい少女たちは懸命に彼を引き止めます。

外の世界への憧れは、いつしかそれを語る旅人への恋心へと成長していたのでしょう。


 三人の少女たちは、一日、また一日と理由をつけて旅人を引き止めます。

ですが、それも時間の問題です。

いずれ旅人は外の世界へ旅立ってしまう。

そう思おうと少女たちは居ても経っても居られなくなると同時に、胸に黒い感情が湧き上がるのを抑えられませんでした。


 目の見えない少女は思います。

「私の目に、あの人の姿が映らない。あの人が見える二人が羨ましい」


耳の聞こえない少女は思います。

「私の耳に、あの人の声は届かない。あの人の声が聞こえる二人が羨ましい」


 口の利けない少女は思います。

「私の言葉は、あの人に届かない。あの人と話すことができる二人が羨ましい」


 鉛を飲んだように胸が重く、それでいて触ると怪我をしそうなほどにとげとげしい感情。

それは風船に空気を入れるように、日に日に大きく膨らんでいきました。

自分でも抑えきれないほどに大きく、大きく――。


 そうしてパンパンに膨らみ切った嫉妬心は、旅人の出発を明日に控えた夜になってとうとう爆発したのです。


「最後まで私の目に、あの人の姿は映らないまま。私だけ彼を見ることが出来ないなんて不公平よ」


「最後まで私の耳に、あの人の声は届かないまま。私だけ彼の声を聞くことが出来ないなんて不公平よ」


「最後まで私の口は、あの人に思いを告げられないまま。私だけ彼に思いを告げられないなんて不公平よ」


 黒い衝動に突き動かされて、

目の見えない少女は、二人の姉妹の目を奪いました。

耳の聞こえない少女は、二人の姉妹の耳を奪いました。

口の利けない少女は、二人の姉妹の口を奪いました。

そうして三人の少女たちは自らの手で自らの支えを失ったのです。


三人の少女の目に、旅人の姿が映ることはもう二度とありません。

三人の少女の耳に、旅人の声が届くことはもう二度とありません。

三人の少女の口が、旅人に想いを告げることはもう二度とありません。


 こうして旅人は出発よりもほんの少しだけ早く、三人の少女の前から永遠に姿を消したのでした。

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