第5話 期待はしないけど
朝、目が覚めたとき、思った。
昨日の夜、あれだけ自分に「ありがとう」と言ってあげたのに、今日はまた、誰かに「わかるよ」と言ってもらいたい気持ちがどこかに残ってた。
人って、何かあったとき、自分が世界で一番不幸なんじゃないかって思ってしまう。
そして、誰かにその気持ちをわかってほしくなる。
でも、わかってもらえなかったときのダメージは、
思ってた以上に深くて、重くて、「だったら最初から期待しなければよかった」と思ってしまう。
たぶん私は、誰にも期待していない。
期待したくない。
期待して傷つくくらいなら、最初から何も望まない方が楽だから。
でも――
その“誰にも期待していない”という気持ちに、
私はどこかで疲れている気もしてる。
誰にも頼らずに生きていけるほど、私は強くも器用でもない。
本当は誰かに、たった一言でも「わかるよ」って言ってほしい夜がある。
言葉にできないだけで、誰かと心を通わせたいって思うこともある。
それなのに、人の言葉には敏感で、少しの違和感で心を閉ざしてしまう。
「わかってくれない」って拗ねるくせに、
「わかろうとしてくれる誰か」に、ちゃんと向き合う勇気もない。
私はずっと、“そういう自分”にも疲れていたのかもしれない。
だから、最近は小さなことを拾うようにしてる。
人じゃなくてもいい。
空の色でも、夕方の風でも、
皿を洗い終えた瞬間の静けさでも。
それを「幸せ」と呼ぶのは、ちょっと大げさだけど、
私はそれを“種”みたいなものだと思っている。
心が枯れそうになったとき、
その種がどこかに転がっていることを思い出す。
拾わなくてもいい。
そこにあるって知ってるだけで、なんとなく救われる。
たとえば今日。
空がすこしだけ紫に染まっていて、
それが妙に綺麗だった。
思わず車を停めて、しばらくぼんやり見上げた。
誰かとそれを共有したいと思うけども、ひとりでも「見て良かった」と思えた。
その“見えた”という事実が、ちゃんと自分の中に残っていたことが、なんだか嬉しかった。
誰に話すわけでもない、ただの夕暮れの記憶。
でもそれは、きっと今日の私を、少しだけ支えてくれた。
たぶん私は、誰にも期待していない。
でも。
それでも、
どこかで誰かが、この気持ちを知ってくれていたらいいなって――
そんなふうに、思ってしまう自分がいることも、ちゃんと知ってる。
誰に話すわけでもない、ただの夕暮れの記憶。
でもそれは、きっと今日の私を、少しだけ支えてくれた。
そんな小さな積み重ねでいいんだと思う。
誰にも届かなくても、笑われても、自分が「これ、大事だな」って思ったものを、ちゃんと胸にしまっておけるようになりたい。
比べなくていい。
証明しなくていい。
それでも、生きていていい。
そう思える瞬間が、時々あるだけで、
私は少しだけ、自分を肯定できる気がする。