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家出した引きこもり伯爵令嬢は呪われた侯爵家で真相を究明する  作者: 弍口 いく


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その43 招待されました

 王家主催の夜会が開催されていた。

 宮殿の煌びやかな大広間には大勢の貴族たちが招待されて賑わっていた。


「今夜は王太后様もお出ましのようですね」

「お体の具合が良いそうよ」

「是非ご挨拶させて頂かなければね」

 招待客たちが雑談に花を咲かせている。


 にわかに場内が大きくどよめいた。

 滅多に公の場に出ない第三王子のリフェールが会場に現れたからだ。

 煌めく黄金の髪に、右目はサファイア、左目はアメジストのオッドアイ、透き通るような白い肌に整った顔立ち、その麗しい姿に誰もが惹きつけられた。

 女性を伴っての登場がさらに注目を高めた。


 エスコートされているのはゲンズブール公爵令嬢となったアシュリーだ。

 王太后直々の招待を断るわけにはいかない、喪中であるヒューイが夜会に参加することは憚られたので、リフェールがエスコートを買って出た。


「あの方はどちらのご令嬢かしら?」

「お見かけしたことありませんわね」

 神々しい美しさを誇るリフェールの隣は肩身が狭い、覚悟はしていたがアシュリーはいたたまれない気持ちでいっぱい、初めての社交界でこれほどの注目を浴びて、緊張のあまり呼吸困難になりそうだった。


「大丈夫?」

 リフェールの気遣いにも、

「吐きそうです」

 強がる余裕はなかった。


「お祖母様へのご挨拶だけは済ませようね」

「頑張ります」

 二人が玉座に向かおうとすると、


「なぜこんなところにいるの!」

 突然、リディアがゆく手を遮った。


「リディア、失礼ですよ、この方は」

 王族を前にリディアの不敬を諫めようとしたアシュリーだったが、リフェールは王子スマイルを浮かべながらそれを制した。


 リディアはリフェールの意図をはき違え、自分の言葉に耳を傾けてくれるのだと勘違いして調子に乗った。

「もちろん存じ上げておりますわ、リフェール殿下、でもなぜそのような者を伴われていらっしゃるのかわかりません、その人はヘイワード伯爵家から除籍されて平民なのですよ、この場にいる身分ではないのです!」

 この上ないしたり顔でアシュリーを指さした。


 リディアの暴言をひとまず聞いたリフェールは冷ややかに言った。 

「ゲンズブール公爵令嬢、それが現在のアシュリー嬢の身分だよ、僕がこの場所にエスコートするのに問題ないと思うけど」

「ゲンズブール公爵令嬢?」

 寝耳に水のリディアは驚きのあまりポカンと口を開けた。


「長年王家に貢献してきたヘイワード家の令嬢を市井に放り出しておくわけにはいかないからね」

「ヘイワード伯爵家の娘は私です! その女は婚約者が私に心変わりして婚約破棄されたのを逆恨みし、薬草畑に毒を撒き全滅させた犯罪者ですよ! お父様が訴え出ているはずです」


「そのような虚偽の訴えは受理されていないよ」

「そんなはずはありません!」

「ちゃんと調べて虚偽と判断された。王家の調査能力を疑うのかい?」

「そんな……」


「唯一正当な血を継いでいるのはアシュリー嬢だけだ、その彼女を蔑ろにして家出するまで追い詰めたあげく、あらぬ疑いをかけて除籍するなんて言語道断だ」

 語気厳しいリフェールの言葉にリディアはビクッとした。


「君は人のことをとやかく言うより、自分の心配をしたほうがいいんじゃないか?」

 リフェールは意地悪な笑みを浮かべながら出入口の方に視線を流した。


 数人の近衛騎士が会場内に入って来た。

 それを見ながらリフェールは満足そうに、

「それにしても、夜会が終わるまで待ってもよかったのに」

 玉座に目を向けた。


 国王陛下、王妃、王太后も涼しい顔をして見下ろしている。この騒動は織り込み済みなのだとリフェールは理解した。

「お祖母様はかなりご立腹のようだ」

 ボソッと漏らした。


 武装した騎士の乱入に場内は騒然とした。

 王家主催の夜会の最中に騎士が乱入するなんて異例の事態である。騎士たちは招待客の中からヘイワード伯爵夫妻を見つけるとツカツカと歩み寄った。


「カティア・ヘイワード、ご同行願おう」

 先頭の騎士がいきなりカティアの手を掴んだ。

「なにをするんだ!」

 一緒にいたルドルフが騎士を引き離そうとしたが、屈強な騎士の腕はビクともしない。


「放しなさい! 私がなにをしたと言うのです!」

「三年前の、ヘイワード伯爵夫人ミシェル様、及び、護衛騎士二名と御者に対して殺人教唆の容疑だ」

「なんだって!」

 ルドルフは驚きのあまり固まった。





 騎士の声は少し離れたところにいたアシュリーの耳にも届いていた。

「どういうことなんです?」

 愕然とするアシュリーにリフェールは、

「三年前の事件を再調査するよう命じたんだよ。そして、アシュリーたちの馬車を襲撃した実行犯を突き止めた、彼らは金で雇われたならず者、逮捕された彼らは依頼した黒幕を白状した」


「まさか、カティアだったの!」

 アシュリーは全身に電流が流れたような衝撃を受けた。よろめいた彼女をリフェールはしっかり支えた。


 怒りで体が震えた。母を殺した犯人とは知らず、二年も同じ家で暮らしていたと思うと、胃液がこみ上げるような気持ち悪さに襲われた。

「あの女が!」

 駆け付けて殴り飛ばしたい衝動に駆られたアシュリーだったが、それを察したリフェールにしっかり体を抱きかかえられていて動けなかった。


「……伯爵も関与していたんでしょうか?」

 アシュリーはもう父とは呼ばなかった。

「あの様子じゃ知らなかったんじゃないかな、殺そうと思っていたらもっと前に実行してるさ、欲深い女に翻弄されたバカな男だっただけじゃないかな」





「なにかの間違いです! 私は関係ありません!」

 カティアは必死でルドルフに訴えた。

「お母様!」

 リディアが駆け寄った。

「そうですよ! そんなはずありません!」


「話は聴取室で聞こう」

 カティアは拘束され、引きずられるように連行された。

「カティア!」

 ルドルフは追おうとしたが、あえなく騎士に止められた。


 なす術もなくルドルフは愕然と連行されるカティアを見送り、騒然とする会場に残された。 

「お父様……」

 リディアは不安に苛まれながらルドルフの腕にしがみついた。

「きっとなにかの間違いだ、だいたい三年も前の事件で今更逮捕されるなんて不自然だろ」


 リディアはハッとしてアシュリーに振り返った。

「あなたの仕業ね! リフェール殿下に頼んで、お母様を罪人に仕立て上げたのね!」

 そしてリフェールに向かって拝むように両手を組み、嘘の涙で潤ませた瞳で見上げた。

「殿下は騙されているのです! どうか目をお覚まし下さい!」


「僕が女性に騙される愚か者だと? 王家は私情で捜査に手心を加えたと言うのかい?」

 リフェールの凍てついた目の光に射抜かれたリディアの顔から血の気が引いた。


 周囲は騒めいていた。〝リフェール殿下に対してなんてことを口にするの〟〝不敬な!〟〝伯爵家ではどんな教育をしてるのだ〟などとヒソヒソ声が聞こえてルドルフは縮み上がった。


(無礼にも程がある、私はこんなバカに婚約者を取られたのか)

 アシュリーは自分の不甲斐なさを思い出した。同時に、ブルーノもこんな女に騙されたのかと同情した。


「……そんなつもりではなかったのです、私はただ」

 リディアは勢いを失いしどろもどろになった。

 しばし放心状態だったルドルフだが、ハッと我に返り、リディアの肩をグッと押さえて跪かせた。


「申し訳ございません!」

 リフェールはひれ伏す二人を一瞥して、

「さあ、挨拶に行こうか」

 アシュリーの背中に手を当てた。


「アシュリー、お前はなぜここにいるのだ」

 リフェールに連れていかれようとするアシュリーをルドルフはおずおずと見上げた。リディアと同じく、除籍して平民になったと思っている彼女がリフェールと共にいるのが不可解だったのだ。


「招待されたからに決まっているだろ」

 リフェールが代わりに答えた。

「彼女はゲンズブール公爵令嬢だ、気安く名前を呼ばないでいただきたい」

「ゲンズブール公爵家……」


 そうだった……彼女の祖母は王太后と懇意にしていたことをルドルフは思い出した。ヘイワード伯爵家の女性たちは王家と繋がりがあった、除籍を見過ごすはずないことに今更ながら気付いた。


 自分はいったいなにをしてしまったのだ。長年の愛人だったカティアを後妻に迎え、愛娘と三人で暮らせることに舞い上がり、自分の立場を忘れてしまった。自ら破滅の道へと進んでしまったことに、ルドルフはたった今、気付いた。


(この人たちはもう貴族社会で、いえ王都では生きていけないだろう、もう二度と会うこともないわ)

 アシュリーは最後に父親だった男の顔を見た。

 青ざめた情けない顔だった。

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