その38 正当防衛です
エントランスホールで火だるまになっているオリヴィアを見て、集まって来た使用人たちは驚きのあまり動けないでいた。
「早く水を!」
デュランの叫びにハッと我に返ったように、使用人と騎士たちが水を汲みに走った。
やがてオリヴィアの動きが止まった。
悲鳴も止んでいた。
そこへ使用人たちが、バケツに水を汲んで戻った。
「もっとだ! もっと水を!」
周囲に燃え広がらないように、騎士たちはバケツリレーで水をかけ続けた。
消火活動で炎は収まったが、焼け焦げて見る影もなかいオリヴィアの遺体が水たまりの中に横たわっていた。
生きたまま焼かれるなんて、どれほどの苦痛を味わったかと思うとヒューイの体は怒りに震えた。身内と言っても愛情など欠片もなかったが、こんな凄惨な死に方をするなんて、あまりに酷すぎる。
「もう一足早く来ていれば……」
「いや、燃え移った時点で手遅れだったんですよ」
デュランがヒューイの肩をグッと掴んだ。
騎士たちによって、オリヴィアの遺体に白い布が被せられるのを見ながら、
「なんでオリヴィアがこんなことに」
ヒューイは顔を歪めた。
その時はじめてヒューイは階段下にダリアの遺体があるのに気づいた。
「あれは、メイドか? いったいなにが起きたんだ」
集まった使用人たちを見た。
「あたし、見ました」
スーザンが震える声で言った。
「オリヴィア様がダリアさんを階段から突き落として、それから、お嬢様に向かってランプを投げつけたのはトンプソンさんです!」
なんてことをしてしまったんだ! トンプソンは自分の行為に恐怖のあまり立ち尽くしていた。
刃物を向けられたからと言っても逃げることは出来たはず、咄嗟のことは言えあんな愚行をしてしまうなんて自分らしくない、ただ、なにかに突き動かされるように、気が付いたらランプを投げつけていた。
「正当防衛です! オリヴィア様が私を殺そうとしたんです!」
「お嬢様は殺そうとなんかしてません、ただ、銀のスプーンを見せようとしただけです!」
スーザンがすかさず叫んだ。
「銀のスプーン?」
トンプソンの脳裏にあの瞬間が甦った。オリヴィアが手にしていた煌めくモノは……。
「違う! オリヴィア様が握っていたのは確かにナイフだったわ! 私を殺そうとしたのよ!」
「捕らえろ」
ヒューの命令に二人の騎士がトンプソンを両脇から拘束しようとした。
トンプソンはスルリと身を翻して、続く動作で騎士の鞘から剣を抜き取った。
「なにをする!」
不意を突かれ、あえなく剣を奪われた騎士は、切っ先を向けられて青ざめた。
「私は悪くない! 自分の身を護っただけだ!」
トンプソンの目は血走り、飢えた猛獣のように歯を剥き出しにして威嚇した。
いつもすまし顔で仕事をこなすトンプソンとは思えない、まるでなにかに取り憑かれているような姿に、ヒューイは身の毛がよだった。
アシュリーの目には、トンプソンから立ち昇る黒い靄が見えていた。それはブランが死んだ部屋で感じたものと同じだった。
(あれが呪いの正体? 魔法陣じゃなく、あの人に……)
アシュリーは、リーナの不敵な笑みの意味がわかったような気がした。
トンプソンは剣を掲げた。女性が手にするには重すぎる剣のはずなのだが、トンプソンは軽々と振り回した。
周囲にいた騎士たちが包囲して応戦したが、彼らの剣は次々と弾かれ、トンプソンが無闇に振り回す刃で数人の騎士が切り裂かれた。
「わあっ!」
血を流して倒れる騎士たち。
訓練された騎士がド素人相手にいとも簡単に斬られるなんて、信じられない光景にヒューイもデュランも驚愕した。
しかし、ボーっと見ている場合ではない、デュランも剣を抜いて参戦した。
容赦なく刃を振り下ろす、しかし、トンプソンは屈強なデュランにも力負けせずに、ガッチリ受け止めた。
「なにぃ!」
渾身の力を込めて押してもビクともしないトンプソンにデュランはたじろいだ。
アシュリーの目にはトンプソンの身体から湧き出る黒い靄が濃くなっているのが見えていた。
「どうなってるんだ!?」
押し負けているデュランは信じられないという目でトンプソンを見た。彼女の形相はすっかり変わっている。悪鬼の如くおぞましい形相でデュランを睨み返しながら、その剣ごとデュランをはじき飛ばした。
それを見ていた使用人たちは我先にと逃げ惑う。
残された騎士たちも剣を構えているが泳ぎ腰。
デュランを押しのけたトンプソンの視線はヒューイに移った。
般若のような形相、充血した眼で真っ直ぐ見据えながらゆっくり向かってきた。




