その31 嵐のような人です
「会わせたい人がいるんだ」
翌日の午後、ヒューイにそう言われて応接室に行くと、
「アシュリー!」
入室するなりマルレーネが抱きついてきた。
「心配したのよ、捜していたけど足取りが全く掴めなかったから、もうこの国にはいないのかと思っていたの」
ヒューイが連絡してくれたのだろうとわかったが、このまま連れ戻されるのかと不安になり、アシュリーは縋るような目をヒューイに向けた。
「心配するな、ヘイワード伯爵には知らせていないから」
「そうよ、あんな人に知らせる必要はないわ、あなたを除籍したんだから」
「除籍?」
意外な言葉にアシュリーは驚いた。
「そんなことより、本当にごめんなさいね、ブルーノが勝手なことをして」
除籍の経緯が気になったが、マルレーネが話しはじめたら終わるまで待つしかないことは知っていた。二人はいったんソファーに腰おろした。
「リディアに騙されてバカな子、真実の愛だと信じていたのはブルーノだけ、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、バルト家が取引も援助も断ったら、利用価値がなくなったとヘイワード家を追い出されたのよ、あなたを傷付けた報いを受けたわけよ」
(あんなにラブラブに見えてたのに、リディアはブルーノを愛していなかったの? じゃあ、私から奪うことだけが目的だったのかしら)
なぜかアシュリーをライバル視していたリディアならやりそうなことだと、ブルーノに同情したが、だからと言って許そうとは思わない。
「それでようやく目が覚めて私に泣きついてきたのよ。ほんと愚かな子、末っ子だから甘やかし過ぎた私の責任だわ、あなたにあんな酷いことをしたけど、私にとっては可愛い息子なのよ、かなり傷心していて見捨てられなくてね、今、領地で農業に従事させているわ。汗水たらして働いて、自分を見つめ直す機会を与えているの、反省して立ち直ってくれること期待しているのよ」
根は悪い人ではないのだ、ただ、おバカだっただけ。
「反省どころか自分たちがしたことを悪いとも思っていないヘイワード家の人たちよりはマシだと思うのよ。リディアは何食わぬ顔であちこちの夜会に出席して、お金目当てで次の獲物を捜しているのよ、あさましいにも程があります。でも、悪い噂は広まっていますから、まともな家は相手しませんけどね」
「広めたのはおば様ですよね」
「まあ、私はちょっと親しいお友達にお話しただけよ、愚息がバカなことをしてしまったって」
マルレーネは口に手を当て高笑いした。
「あの、それで除籍って?」
マルレーネが一息ついたのを見計らってアシュリーは話を戻した。
「そうそう、あなたが出て行った伯爵家はたちまち苦境に立たされてね、薬草が全滅したのよ、あなたが毒を撒いたからだとか訳のわからないことを言いだしてヘイワード伯爵家から除籍にしたの、あなたを見つけたら逮捕させるなんて言ってるわ」
「その心配はない、事実無根は明らかだし、そんな訴えがあってもリフェール殿下がなんとかしてくれるさ」
それを聞いたヒューイがアシュリーを安心させようと口を挟んだ。
「リフェール殿下ですって? 第三王子の?」
マルレーネは思いもよらぬ名前が出て驚いた。
「そうです、彼の指示でアシュリー嬢を保護しています」
「そうなんですの、それは良かったですわ、そう言えばお祖母様の代までは王家とも懇意にされていましたからね」
「殿下はアシュリー嬢と幼い頃に出逢っておられたようで、すぐに彼女だとわかったそうです」
「リフェール殿下が保護してくださっているのなら安心ですわ、資金繰りに困っているヘイワード伯爵はアシュリーの価値を知ったらなにをしてくるかわからないですもの」
「私の価値って……」
(まさかおば様も私に魔女の血が流れていると信じているのかしら? リフェール殿下と言い、とんだ思い違いだと思うんだけど……、いえ、もしかしたら)
この家に来てから感じたことは、魔女の血筋に関係しているのだろうか?とふと思ったりもした。
「まあ、もうこんな時間!」
柱時計を見てマルレーネは慌てた。
「大変! 遅れてしまうわ、スターク伯爵夫人のお茶会にお呼ばれしているのよ、バルト商会の大切なお客様だから遅れるわけにはいかないわ、ごめんなさい、お暇しなければならないわ、でも、あなたの元気な顔を見ることが出来て安心しました、日を改めてお邪魔させていただきます。シモンズ侯爵様、アシュリーをよろしくお願いいたします」
一方的な挨拶で、そそくさと去って行った。
「嵐のような人だな」
ヒューイは呆気にとられながら見送った。
「今日は急に来てもらうことになったから、やむをえないけど」
「いえ、いつもあんな方です」
「バルト子爵夫人がずっとお前を捜していると知って、知らせた方がいいんじゃないかと、遣いを出したんだ」
「ありがとうございます、マルレーネおば様のことは気になっていたんです、きっと心配してくださってるでしょうから、ウィルトンに着いてから手紙を出すつもりでした。もう、行けそうにないけど」
「そう拗ねるな」
「別に拗ねてなんか……、でも除籍されたってことは、もうフリじゃなくて本当に平民なんですね」
「心配するな、お前のことはリフェール様がちゃんとしてくださる」
「ちゃんとってなんですか? 私、平民でもかまわないです、このままここで働かせてもらっても……花壇の手入れも好きだし」
「考えとくよ」
でもそれはない。
間もなくリフェールが迎えに来る、アシュリーはリフェールに連れ去られてしまうのだと思うとヒューイは胸がチクッとした。
〝まるで昔からの長い付き合いみたいだ、一ヵ月前に出逢ったばかりとは思えないです〟ヒューイはデュランの言葉を思い出した。
いつの間にか、ずっと前から彼女と一緒にいるような錯覚に陥っていた。そして、それはこれからも続くような気がしていた。
終わりが近いと思うと、言い知れぬ寂しさに襲われた。




