その29 悪だくみがあるようです
「どこへ行ったんだ!」
シモンズ邸に戻り、すぐアシュリーの部屋を訪ねたヒューイは、室内から彼女が消えていることに愕然とした。
「ドアは俺が見張っていたし、窓も見張りを立てていました、誰に見られずに部屋から出るのは不可能です」
「じゃあ、どこに消えたんだ?」
「ありえないです」
その時、ヒューイはクローゼットが少し開いていることに気付いた。
「まさかな」
と思いながらも、中を確認した。
アシュリーの姿はもちろんない。
「こんなところに隠れてはいないか」
閉じようとした時、アシュリーと同じく違和感を覚えた。
ヒューイはもう一度開けて、上半身を突っ込んだ。そして、奥の隠し扉を発見した。
「ここから逃げたんだ」
デュランも覗き込んで、
「こんなところにも地下通路への出入口があるなんて、調べ切れていませんでした、申し訳ない」
「とにかく、追おう」
ほふく前進しなければ進めない横穴を抜けると、立って歩ける通路へと出た。
「なぜ彼女が知っていたのでしょう」
「偶然だろ、アシュリーがここへ来たのは今回が初めてなんだから」
「アシュリー?」
「彼女の本当の名前だ、れっきとした伯爵令嬢なんだ。行こう、不審者が根城にしていたら危険だ」
地下通路は迷路のように入り組んでいる。不審者探索のために入ったことがあるデュランも全容は把握できていない。
とりあえず、微妙な空気の流れから外へ続いていると思われる方角へ進んだ。
すると、
「あれは?!」
倒れている人影を発見したヒューイは、頭から氷水を浴びせられたような衝撃を受けながら駆け寄った。
「アシュリー!」
狭い通路に叫び声が反射した。
ヒューイは彼女を抱き起こした。
「動かさないほうがいい」
パニックになり体を揺らそうとしたヒューイをデュランが止めた。
「大丈夫、息はありますから、そっと」
「あ、ああ」
動揺のあまり指先が震えたが、ヒューイは静かに彼女を抱き上げた。
「不審者と鉢合わせしたんでしょうね」
「許さない、彼女に危害を加えるなんて! 必ず捕らえて報いを受けさせる」
未だかつて感じたことのない怒りがこみあげた。
「領地からの応援を頼む、すぐ早馬を出してくれ」
「承知しました」
* * *
領地へ行けと言われていたオリヴィアだが、トンプソンがなんとかしてくれると信じて、準備はしていなかった。
「あの女、なんか騒ぎを起こしたみたいね」
オリヴィアは部屋に呼びつけているダリアに言った。ダリアの方も、トンプソンの指示とジャックを釈放してもらうために、オリヴィアの機嫌を取っていた。
「ええ、でもなにがあったかはわからないんです、お医者様が呼ばれていましたから、また怪我でもしたのかも知れませんよ」
「きっとヒューイ叔父様の気を引くためにわざとしてるよ」
「ここへ来た時もそうでしたからね」
地下通路でアシュリーが何者かに襲われたことは、箝口令が敷かれたので騎士団の一部しか知らない。騒ぎにして使用人たちを怖がらせないようにとの配慮からだった。その代わり警備はさらに厳重を極めた。
そんなこととは知らないオリヴィアは自分が狙われているかも知れないなどとは夢にも思わず呑気なものだった。
「いいことを思いついたわ、厨房から銀食器を持ち出して来てちょうだい」
「どうするんです?」
「アンが盗んだことにするのよ、それをジャックに見られたから、彼を陥れようとしたってことにすればいいじゃない」
「それは……」
なんて安易な考えだろうとダリアは内心呆れた。
ジャックが拘束されて何日経っていると思っているのか? その間、銀製の食器が紛失していることに、厨房の誰も気づかなかったことにするのには無理がある。それに、そんなことでヒューイが騙されるとは到底思えない。だがここは話を合わせておいて、あとでトンプソンに相談しようと考えた。
「それはイイ考えですね、じゃあ、ジャックに会わせてもらえますか? あたしがその事実をジャックから聞いたことにしますから」
「そうね、夜なら、こっそり地下牢まで行けるかも知れないわ」
ダリアは身を乗り出した。
「本当ですか!」
右腕を切断されたジャックは、治療されて命を取り留めたと聞いているが、今、どういう状態なのかはわからなかった。会わせてほしいと懇願しても面会は許されなかった。
「まずは銀食器を盗んできてちょうだい、私の部屋は調べさせないから、ここに隠しておくといいわ、隙を見てアンの部屋に持ってくから、それでアンを邸に招き入れた叔父様の責任を追及するのよ」
「さすがお嬢様、頭いいですね」
とんだ茶番だ、うまくいくとは思えないが、オリヴィアの言う通りにすればジャックに会えると思い、ダリアは乗っかることにした。




