その27 復讐のために戻りました
地面に横たわるアシュリーをアルドは冷ややかに見下ろした。武術の心得がるアルドは手刀でアシュリーを気絶させたのだった。
黒マントの女はアルドに驚きの目を向けた。
「アルド」
「やっぱりリーナ姉さんだったんだね」
リーナ姉さんと呼ばれた黒マントの女は動揺を隠せない。
「姉さんがオリヴィアに姿を見られた時、俺もハッキリ見たんだよ、だから隠れているならココだろうと捜していたんだ」
「他の人には黙っててくれたのね」
「当たり前だろ、姉さんを突き出すわけない」
リーナは屈んでアシュリーの様子を心配した。
「加減はしたから気を失っただけだ」
アルドが言った。
「この子は誰? どうするつもり?」
「どうもしないさ、じきにヒューイ様が発見するだろう、それより姉さんこそ、こんなところで何をしているんだ?」
「復讐のために戻ったのよ」
「復讐? ライナスの、か?」
「決まってるでしょ、一日も忘れたことはないわ、ライナスが見殺しにされた日のことは」
リーナの目に悔し涙が浮かんだ。
その時、遠くで足音が聞こえた。
「もう来たようだ」
アルドは倒れているアシュリーをそのままにして歩き出した。
「ヒューイ様たちが来るようだから、早く逃げたほうがいい、とにかく一旦外へ出よう」
* * *
執事養成学校を卒業したアルドは六年前シモンズ侯爵家に雇用された。そこで思いもよらぬ姉弟の再会となった。
幼い時に両親を亡くして孤児となった姉弟は、別々の親戚に引き取られ離れ離れになってしまった。それ以来、十年間一度も会えずに、消息さえわからなくなってしまっていたが、偶然再会することが出来た。
しかし、引き取られた先で冷遇されて逃げ出した姉のアデルは、リーナと名前を変えて別人として生活していたので、素性がバレることを恐れて姉弟であることを秘密にしてほしいとアルドに頼んだ。アルドは姉の願いを聞き入れて二人はただの同僚として接していた。
それでもアルドは姉と同じ邸で生活できることを喜んでいた。リーナも恋人のライナスだけにはアルドのことを打ち明けていたので、休みの日には三人で街へ出かけたりしていた。親戚の家で寂しい思いをして暮らしていたアルドにとって、初めて温かい家族を持つことが出来たようで幸せだった。
しかし、そんな日々は一年しか続かなかった。
五年前、シモンズ邸の広大な庭園はベテラン庭師の老師匠ラッセルと修行中のライナスが管理を任されていた。その当時は訪れるものすべてが感嘆の声を上げる美しい庭園だった。
しかしラッセルが病に伏し、まだ二十歳で半人前のライナスが一人で仕事をしなければならなくなった。高齢のラッセルは復帰するまで時間がかかりそうなので、シモンズ邸の広い敷地をライナス一人では無理だと他の者を雇うように進言したが、家令のブランは賃金をケチって聞き入れなかった。
ライナスはやむなく無理して働いていた。
そんな時、オリヴィアが他所の邸の庭で見た馬の形に選定された庭木を見て、うちもそうして欲しいと父親にねだった。
それも明日の誕生日パーティーに間に合わせろとの無茶ぶり。
ライナスは雨の中、作業を余儀なくされた。
翌日は雨も上がり、オリヴィアの誕生日会は大勢の来客を迎えて華々しく行わせた。
その裏では、疲労がたまっていた上に雨に打たれたライナスが風邪で寝込んでいた。高熱に苦しむライナスを見てリーナは御者のマイケルに頼んだ。
「診療所に連れて行くから、馬車を出してください」
「勝手に出せるわけないだろ、侯爵様の許可がなきゃ」
「パーティーの最中だから近付けないのよ、今日は使われる予定ないから大丈夫でしょ」
「嫌なこった、お叱りを受けるのはまっぴらだからな」
きっぱり断られた。
トンプソンからもらった解熱剤を飲んだものの、熱は下がらず、リーナは医者を呼びに行くことにしたが、その間、ライナスが心配だった。
「ライナスの様子を見ていてくれない、熱が高いから、氷枕を替えて、水も飲ませてあげて、そのくらいなら仕事の合間に出来るわよね」
リーナはダリアに頼んだ。
「わかった、任せて」
ダリアは快く引き受けた、フリをしたが、実際は仕事の手が空く厨房にいる恋人ジャックのところへ入り浸り、
「ただの風邪でしょ、大袈裟なんだから」
「俺が寝込んでもそんなに冷たいのか?」
「ジャックなら仕事を休んで看病するわよ」
ライナスの様子は一度も見に行かなかった。
徒歩で診療所まで半時はかかる、行ったところで外来患者が終わってからでないと往診してもらえなかった。
そして、やっと医者を伴い戻った時は、ライナスはすでに息を引き取っていた。
「ライナス!」
リーナは冷たくなったライナスに縋って泣いた。