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家出した引きこもり伯爵令嬢は呪われた侯爵家で真相を究明する  作者: 弍口 いく


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その17 お姫様抱っこされました

 悲鳴がしたと思われる部屋は開けっ放しになっているブランの私室だった。

 到着したデュランはヒューイを後ろに制して、剣の柄に手をかけながら室内に足を踏み入れた。

 同行した二人の騎士も警戒しながらあとに続いた。


 中では料理人のジャック・マクレガーが腰を抜かして尻もちをついていた。ジャックの視線の先には、テーブルの後ろに倒れている男の足元が見えた。

 怯え切っているジャックを一瞥しながら進み、倒れた男を確認した。


 それはブランだった。

 苦しみもがいたのだろう、喉を掻きむしった後が残され、死に顔は苦痛に歪んで白目を剥いたままカッと見開いていた。

 テーブル上にあっただろうグラスは床で砕け、ブランが吐き出した血と共に散らばっていた。


 デュランはブランの傍らに跪き、念のため首筋に手を当てた。

「事切れていますね、でも、まだ温かい」

「毒か?」

「そのようですね」

「自殺か?」

 ヒューイの脳裏に横領発覚の文字が浮かんだ。告発を恐れての服毒自殺かと過ぎったが、いいや、そんなヤワな男ではないと思い直した。それに自殺するなら、こんなに苦しむ毒は避けるだろう。


「俺じゃないすよ! 俺が来た時にはもうこの有様だったんすよ!」

 ジャックが叫んだ。

「信じてください! 旦那様! 俺はただ給料の前借を頼もうと来ただけなんすから!」


 ヒューイはジャックの喚き声を無視して、

「死因を詳しく調べる必要があるな、不審者の目撃情報が事実だとしたら、毒殺された可能性も」

「そうですね」


「俺じゃない、俺はただ前借を……」

 ジャックはまだ繰り返していた。その呟きは呪文のようで、その表情も不自然に虚ろっていることに、死体に気を取られている二人は気付かなかった。


「そうだよ、なんで前借させてくれなかったんだ……自分はちょろまかして……」

 ジャックの眼から生気が消え、操り人形ようにフラフラと立ち上がった。


「危ない!」

 突然のアシュリーの声に振り返ったヒューイは、ジャックに体当たりする彼女の姿を見た。よろめいたジャックは手にナイフを握っていた。


 いち早くそれを見ると同時に、デュランは剣を抜き、一振りでその右手ごと切り落とした。

「ギャアァァぁ!」

 激痛にのたうち回るジャックを横目に、ヒューイは吹っ飛ばされたアシュリーの元へ駆け寄った。


「アン! 大丈夫か!?」

「ええ、なんとか」

 今回は尻もちをついただけで怪我はなかったが、ヒューイは叱るように声を荒げた。


「なぜ来たんだ! 部屋に戻れと言っただろ!」

 追って来たアルドに責めるような目を向けた。

「アルドさんは止めんです、でも、私の嫌な予感はよく的中するから気になって……、よかった、間に合って」


「そうですよ、彼女が来なければ、刺されていたでしょう、不甲斐ない、俺も油断していました」

 デュランが擁護した。


「わぁぁぁ、痛いよぉ!!」

 まだ転がりまわっているジャックを見ながら、この声にまた野次馬が集まることを懸念したデュランが部下に命じた。

「部屋に誰も近付けるな」

「はい!」

 騎士の一人がドアの外に立った。そしてデュランは部屋の中を確認しはじめた。


 無くなった腕を押さえて苦痛に喘いでいるジャックを見てヒューイは、

「そりゃ思わないだろ、コイツが俺の命を狙うなんて。料理人に恨まれる覚えはないぞ、料理に文句つけたこともないし」

 吐息を漏らした。


「呪いの思念」

 アシュリーは茫然としながら呟いた。邸に来た時からモヤッとした感覚はあったが、今は、呪いはあるとハッキリ感じた。


「だから、呪われなきゃならないほどの接点はない」

「そうじゃなくて、感じませんか、この部屋に残る禍々しい呪いの思念を」

 ヒューイたちには見えていないようだが、アシュリーの目には部屋に立ち込める黒い靄のようなものは見えていた。


「お前……大丈夫か? 頭でも打ったか?」

 妙なことを言いだしたアシュリーを心配してオロオロするヒューイをよそにアシュリーは続けた。


「この人は、別の呪いに影響を受けてしまったんだと思います」

「呪いなんてものが本当にあると信じてるのか? てか、お前になぜわかるんだ?」

「……それは」

(魔女の血脈? いままで魔力があるなんて感じたことないけど……)


 呪いの噂を聞いてへんな先入観があったから嫌悪感を覚えたのだろうと思っていた。しかし、そうではなさそうだ、黒い靄はもう消えていたが、身の毛がよだつような負の感覚が残っていた。


「立てるか?」

 延ばされたヒューイの手に捕まって立とうとするが、

「立てません」

 膝が震えて力が入らないアシュリーは苦笑した。


「きゃっ」

 ヒューイはいきなり彼女を抱き上げた。

「すぐに医者を手配する、きっと頭を打ったんだ」

「打ってないです」


 アシュリーの言葉は無視してアルドに振り返り、

「その男の応急処置をしてやれ」

「放っておけば失血死しますからもうそれでいいのではありませんか? 侯爵に刃を向けたのです、極刑になっておかしくないのですから」

「いいや、話を聞く必要がある」


「聞けますかね」

 アルドは、いつの間にか意識を失ってグッタリしているジャックを見た。

「とにかく、死なせるな」

「承知しました」

 アルドはジャックの傍らに膝をついた。


「部屋には誰もいません、窓も鍵がかかっていますし」

 室内を確認し終えたデュランが言った。

「引き続き不審な点がないか調べてくれ」

「はい」


 ヒューイはアシュリーをお姫様抱っこして部屋を出た。


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