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その15 身の上話をしました

「ほら、ここも書き直した跡が見られます」

「どれ?」

 アシュリーが手にしている書類を見ようとヒューイは近付いた。

 二人は夕食後も執務室に籠り、応接用のテーブルに書類を広げて、確認していた。


「ミスと言うより、意図的に改ざんされていますね」

 アシュリーが顔を上げると、目の前にヒューイの顔が迫っていた。

 目が合って、お互いにドキッとする。

「あ、ごめん」

 ヒューイは慌てて距離を取った。


 アシュリーも赤面しているだろう顔を隠すように背けた。社交界に出ていないので、ダンスもしたことがない彼女は、男性とこんなに接近したことはなかった。それもヒューイのような美丈夫は目の毒だ。


 アシュリーの様子に気まずさを感じたヒューイは、

「残りは明日にしよう、こんな時間まで男女が二人きりで部屋にいて変に勘ぐられても困るだろ、お前は嫁入り前の娘だからな」

「嫁入りなんかしませんけどね」

 アシュリーは思わず吐き捨てるように言った。


「なぜそう言い切るんだ?」

「もう、懲り懲りです」

 ヒューイはハッとして慌てた、

「もしかして、男に酷い目に遭わされたことがあるのか? まさか、襲われたとか」


「それはないですよ、私みたいに愛想も色気もない女」

 溜息を一つついて、

「そう言われて婚約破棄されただけです」

「婚約破棄? それでいたたまれなくなって家出したのか」

 つい余計なことを口走ってしまったとアシュリーは後悔したが、心のどこかで、誰かに聞いてほしい気持ちもあった。


 ずっと孤独だった、誰かにその寂しさをわかってもらいたかった、〝俺は前々侯爵が若いメイドに手を付けて産ませた妾腹だ〟と不貞腐れぎみに話してくれたヒューイも家族に認められずに寂しい思いをしていたのかも知れないと感じていたアシュリーは、堰を切ったように言葉が溢れ出した。


「そうですね、その元婚約者は異母妹と婚約し直すそうですから……。前妻の娘である私は邪魔者でしたからね、私は家族ではなかった、父にとって娘は異母妹一人だったんです」

 アシュリーは顔も上げずに続けた。


「元婚約者を愛していたわけじゃないから未練なんかないんですけどね、元々親同士が決めた婚約、長女の私が婿養子を迎えて家を継ぐ予定でした。家のためにと覚悟していたのに、突然現れた異母妹にすべてを横取りされたのが悔しかったんです」


(そうよ、あんな頭空っぽの顔だけ女に負けたことが悔しかった、いいえ、空っぽじゃないわね、私を出し抜いたんだから、ある意味、私より頭が良かったのね)


「でも、それで家を出る決心がついたから、結果良かったのかなって、だからこれからは働いて自立します、そして、イイ女になって元婚約者より素敵な男性と素敵な恋愛するんです」


 ヒューイは俯いたままのアシュリーの頭に、ポンと手を置いた。

「そうか」

 頭を撫でられ、驚いて顔を上げたアシュリーとまた目が合ってヒューイは慌てた。自分は何をしてるんだろう!と、慌てて手を引っ込めた。


 アシュリーは目を細めて、

「やっぱり、子ども扱いしてる」

「そんなことはない」

 女性が苦手で、自分から触れるなんて考えられなかったヒューイは、この行動に自分自身が困惑した。


「なんか、つまらない話聞かせてしまいましたね」

 アシュリーの清々しい笑顔を見て、それが強がりではないと安心すると同時に、なぜかホッとした自分の感情がなんなのかわからずにヒューイは戸惑った。


「いいや、お前のことが少しわかって良かった」

「あたしなんかに興味ないくせに」

「そんなことは」

 ヒューイの言葉の途中で、ノックの音がした。


「誰だ」

「オリヴィアです、お茶をお持ちしました」

 ドアが開き、オリヴィアに続き、ティーセットを乗せたワゴンを押したアルドが入室した。


「頼んでないが」

「遅くまでお仕事大変でしょ、少し休憩しましょうよ、特別に取り寄せたハーブティーですのよ、ヒューイ叔父様、お疲れでしょうから、少しでもリラックスしていただければと」

 オリヴィアはにこやかにそう言ったが、アシュリーの姿を見てたちまち表情を曇らせた。


「お仕事だったのでは……」

「ああ、アンに手伝ってもらってる」

「その人に?」

 オリヴィアに睨まれているだろうと感じていたアシュリーは、顔を上げずに黙々と書類に目を通した。


「平民に出来るなら、私にも出来るはずですわ」

 オリヴィアはテーブルの端にトレーを置いて、書類に手を伸ばしたが、

「さわらないでくれるか」

 ヒューイは冷ややかに言った。


 しかし、オリヴィアは簡単に引き下がらない、アシュリーに生ゴミでも見るような目を向けながら、

「私は来年からの王立学園入学に向けて勉学に励んでおりますし、マイヤー夫人にも優秀だと言われていましたのよ、平民の彼女よりお役に立てますわ」


 教育係だったマイヤー夫人は、オリヴィアの機嫌を損ねないように甘やかしていたことをヒューイは知っていた。彼女が役に立てるとは到底思えない。

「今日はもう終わりにしようとしていたところだ、アンももう部屋に戻る、お茶も必要ないから下げてくれ」


 ヒューイが努めて穏やかに言ったのは、オリヴィアの癇癪がアンに向けられては面倒なことになるからだった。

「では明日からお手伝いしますね」

「明日は会計士が来るからその必要はない、それに、アルドは俺の執事だ、そんなことに使わないでくれるか」


「でも、アルドはお茶を入れるのがいちばん上手ですから、叔父様もそのほうがいいかと思ったんです」

 オリヴィアは残念そうにしょぼくれて見せた。自分がどんな顔をすれば可愛いかをよく知っている。しかしヒューイに通用しないことには、まだ気付いていなかった。


「アルドには別の仕事がたくさんあるんだ」

「そうですか」

「わかったら、今後は彼をメイド代わりに使わないでくれ」

「……わかりました」


 オリヴィアは部屋を出る間際に、ヒューイから見えない角度でアシュリーをキッと睨みつけた。

 憎悪を感じる視線に、

(なんで私が恨まれるの?)

 アシュリーはゾッとした。


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