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その1 婚約破棄されました

(冗談じゃないわよ、なんであんな人たちのために働かなきゃならないのよ)

 アシュリーは荷物を鞄に詰め込みながら心の中でぼやいた。


(ドレスは必要ない、でもお母様の形見一着だけは持っていこう、あとは動きやすい平民服と下着、それに乾燥させた薬草と種、手持ちの現金は少ないけど、これを売れば当面の生活費にはなるはずだわ)


 年頃の伯爵令嬢なのに高価な宝石類は持っていない。三年前の事件でひたいに傷を負わされたアシュリーは、前髪で隠れるとはいえ、貴族令嬢にとって致命的な顔の傷により社交界デビューも出来ず家に引きこもっていた。

 だから豪華なドレスやアクセサリーは必要なかったのだが、それにしても、婚約者のブルーノ・バルトから贈り物をされたこともなかった。


 アシュリーは簡素で動きやすい平民の服に着替えた。


(ヘイワード伯爵家直系の血を絶やさないこと、それがお母様の願いだった。だから宿命と思って我慢してきたのに、それが叶わないならここにいる理由はないわ)


 アシュリーは窓を開けた。

 秋の夜風は少しひんやりしたが、コートが必要なほどではなかった。


(そっちがその気なら、私だって自由にさせてもらうわ!)

 外には二階まで伸びた木の枝がちょうど手の届くところにある。

 まずは持ち手に紐をつけた鞄をそっと下ろす。

 地面に着したのを見届けてから、自分は木の枝に飛び移った。


 貴族令嬢らしからぬ行動、しかし恰好などかまっていられない、みんなが呑気に寝静まっているうちに、この邸から抜け出さなければならないのだ。

 地面に無事着地したアシュリーは、先に下ろした鞄を手にした。満月が彼女の行動を手助けしてくれる。ランプなしでも足元の石ころに躓くことなく歩けた。


 庭を抜けて裏門へ急ぐ、鍵は持っていた。

 そっと門を開けて無事に脱出成功。

 門から出たアシュリーは自分が生まれ育った邸に振り返った。

 未練がないと言えば噓になる、生まれ育ったこの邸には母や祖父母との思い出がいっぱい詰まっている。


 アシュリーはヘイワード伯爵家の長女、紅茶色の髪に紫水晶アメジスト色の瞳、美人とは言えないが貴族令嬢の気品を供えた凛とした十六歳の少女である。十八歳になれば婚約者の子爵令息ブルーノ・バルトと結婚する予定だった。この国の法律では爵位は男性しか継げないので、ブルーノが婿養子に入り、彼と共にヘイワード伯爵家を守っていく予定だった。


 ヘイワード伯爵家は建国当時から続く由緒正しいが少々特殊な家柄だった。普通の貴族とは違い領地は持たない、その代わり、郊外に広い畑を所有し、薬草を栽培して利益を得ている。

 その良質な薬草は王宮の医局に卸され、ヘイワード伯爵家は王家の薬箱と言われる特別な存在だった。


 遠い祖先は魔女だったと言われている。魔法を使える者が生まれなくなって何百年も経つが、その血は脈々と流れている。その秘められた魔力で良質の薬草が育つと考えられているで、決してその血脈を絶えさせてはいけないのだと、今は亡き母のミシェルから何度も聞かされていた。


 ミシェルも両親から刷り込まれていたので、婿養子である夫ルドルフからどんな仕打ちを受けても家のために我慢していた。


 しかし、アシュリーは自分に魔力があるなんて信じていなかった。そんな力があったのなら三年前の事件は防げたはずだ。

 母のような生涯を送るつもりはない。このまま邸にいれば、アシュリーに対して愛情の欠片もない父親ルドルフ、前妻の子を疎ましく思う後妻の義母カティアや異母妹リディアに利用される未来しか見えない。


(そんなのまっぴらゴメンよ!)

 自分が去ればヘイワード伯爵家の血は途切れるが、でも、知ったことではない。


(そりゃリディアの方が美人だし色っぽいしブルーノが惹かれるのも無理はない、でも彼はあのマルレーネおば様の息子よ、まさか、おば様に相談もなくあんなバカなことを言いだすなんて思いもしなかったわ)


 それは数時間前の出来事、夕食後にいきなりはじまった。





 今夜は婚約者のブルーノもディナーの席についていたが、食事を終えたアシュリーはいつものように自室に戻ろうと席を立った。

 その時、ブルーノも立ち上がり、失礼にもアシュリーを指さした。


「そう言うところだよ、君の冷淡な態度には我慢ならなかったんだ」

 アシュリーは唐突に言いだしたブルーノの意図がわからず面食らった。アシュリーがすぐに席を立つのはいつものこと、ここにいても不愉快な思いをするだけだからだ。ブルーノは婚約者よりもリディアに夢中なので、自分はいないほうが気兼ねなく過ごせるだろうと気を利かせているつもりだった。


「三年前、強盗に襲われてお母上を亡くし、身も心も傷を負った君を俺は支えようと努力してきた、なのに君は心を閉ざしたままで俺の真心を受け入れようともしない」


 アシュリーの記憶は違った。ブルーノが見舞いに来たのは事件から半年も経ってからだった。当時寄宿舎に入っていたのでやむおえないと言えばそうなのだが、それにしても母親に連れられ渋々と言う感じだった。


 彼が頻繁に訪れるようになったのは、それからまた一年後、学園を卒業して久しぶりに訪れたヘイワード家にリディアの存在を見つけてからだった。ルドルフは長年外でかこっていた愛人のカティアと、その間に生まれた同い年の異母妹リディアを家に迎え入れていた。


「君はいつも俺を避けるように自室に引きこもって誰も受け入れようとしない、このまま君と結婚するは不安でしかないと感じるのは当然だろ」

(どの口がそれを言うのだ? その言葉そっくりお返しするわ)

 アシュリーは呆れ返った。


「そればかりか、代わりに俺を気遣ってくれるリディアに嫉妬して嫌がらせをしているそうじゃないか、恥ずかしいとは思わないのか」


(気遣っているじゃなくて誘惑でしょ? それに嫌がらせってどんな? いつの話? さっき自分で言ったことを忘れているの? 私は自室に引きこもっているから関わることもないし)

 アシュリーは心の中で突っ込んだが、言い返すのも面倒だった。


「リディアはこの家に来てから二年、君と本当の家族になりたくて努力してきたんだ、なのに君は拒絶するばかり、彼女がどれほど悲しい思いをしているか考えたことはあるのか?」

 ブルーノは移動してリディアの後ろに立ち、肩に手を置いた。


 リディアは輝くプラチナブロンドにエメラルドの瞳の美少女だ。大きく開いた胸元から見える豊満な胸の谷間は透き通るように美しい白い肌、すでに成熟した女性のセクシーさも兼ね備えていた。


「アシュリー、君との婚約は破棄する!」

 肩に置かれたブルーノの手に、自分の手を重ねながらリディアはどや顔で笑みを浮かべた。


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