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第九話

 セラが峠を越し、意識を失っている間にルナに打ち明けた話ではあるが、その際にはあまり興味を示すことなく聞き流された。

 どんなに切迫した状態でも軽口をたたき笑顔を絶やさないで乗り切ってしまう彼女だ。普段のようにからかわれ笑われると思っていたイセルにとってその反応は拍子抜けするほどに淡白だった。

 それを今になって、冷やかすでもなく真剣さを滲ませて問うてくるルナの意図を、イセルは推し量れずにいた。

 

 「するわけないだろ。てかそもそも、そんな話をしたところで何になるのさ。『君に似た女性が子どもの時からずっと夢に出てくるんだ。知らない?』なんて聞いてみる? 『まあ素敵。なんだか運命感じるわね』みたいな先生お得意の物語の展開には、まあ確実にならないと思うけどね」


 気まずさや気恥ずかしさを吹き飛ばすためか、つとめて明るい口調で言葉を返すが、張りつめた表情のままのルナを見て堪らず口を閉じた。

 ルナのこのような表情を見たのは過去に二度だけだ。一つは赤熊の時、もう一つはそのさらに前。


 確かそう、あれは――。


 「知りたくないの? その女性(ひと)のこと、ずっと気になってたじゃない。セラちゃんはその手掛かりになるかもしれないのよ? いいの?」


 自分の記憶の堆積からその思い出を(さら)い出そうしたとき、溢れだしたようにルナが言葉を放つ。その余裕のない声音に少し気圧されるように、イセルは目を見開いた。


 「そんな物心つく前から夢に見るってことはね、イセル。その女性(ひと)はあなたにとって重要な、とても大切な人のはずなの。もしかしたらあなたの母親――」

 

 「先生勘違いしてる。俺はそんなのどうだっていい」

 

 自分でも思っているより張っていた声だと、イセルはどこか苛立った心地で感じた。体を震わせ、ルナは言葉を止める。

 

 「俺も少しは考えているよ。夢に出るあの女性、昔から何度も出てくるんだから俺の心の深くに居るようなそんな人なんだと思う。セラがその人にゆかりのある娘なのかもしれない。でも、」

 

 夢に出る女性が自分の母で、セラは生き別れの妹とか、それほど都合がいいわけではないにしろ、夢の女性や自分に強い繋がりを持つのかもしれない。セラがこの場所に来て、イセルは彼なりに思いを巡らせていた。そして何度考えても、心の行き着く先は一つだけだった。


 「セラはともかく、あの女性に会いたいとか、家族として過ごしたいとは思わない。俺の家族は、ロラン、リリー、フィン、先生だ。それと俺の母さんは」

 

 イセルはルナを真直ぐに見つめる。ルナの表情はあの時と同じ、今にも壊れそうなくらいに悲しげだった。

 己の言葉を最後まで繋げてはいけない。頭ではそう分かっていても、堰が切れたようにイセルは言葉を紡いだ。


 「あんな女性じゃなくて、今まで俺を育ててくれた先生だけだって、これまでも、これから先もずっと、思ってる」


 最後までルナの顔を見ることが出来ず、イセルは俯いて拳を握りしめた。


 全てが止まったように、時が流れた。少年にとって逃げ出したくなるような静寂を破ったのは、ルナの声だった。


 「もう遅いわ。寝なさい」


 一度言われた時と同じように、その声は静かな調子だった。顔を上げルナを見るが、彼女は机に向かいイセルに背を向けていた。何か打ちひしがれたように目を伏せ、イセルは部屋から退出しようとした。


 「イセル」


 部屋を出る寸前、ルナに声をかけられ反射的に顔を向ける。体はイセルの方を向いていたが、蝋燭の灯が逆光となってその顔に影を落とす。それでも、頼りなく揺れる瞳が僅かに光っているのをイセルは見た。


 「……ありがとう」


 小さく呟かれたそれは、震えていた。答えることができず、イセルは振り払うように(かぶり)を振り、足早に部屋を後にした。



 「母さん、か……」


 部屋に一人残るルナは、放心したように力無く(ひと)()ちた。

 自分にそう呼ばれる資格などないと、十数年前にもう分かっていたはずだった。自らの魔導の才を封じたのも、イセルを育て、三人の孤児を拾い、村で人々の命を救っているのも、かつて犯してきた罪から目を背けたくて、贖いという逃げ道がほしくて行っている自己満足にしか過ぎないのかもしれない。それでも、


 「やっぱり、嬉しいな……」


 知らず、涙が零れた。母と呼ばれること叶わぬ身でも、イセルの言葉はルナを激しく揺さぶっていた。


 思えば酷だったと、ルナは省みて思う。イセルだけでなく、残りの三人にも寂しい思いをさせてきた。親に甘えたい盛りの彼らに決して母と呼ばせないのは、(ひとえ)に己の我儘でしかないと自覚している。自分の浅ましさに彼らを巻き込み、そしてイセルには、恐らく確定している運命の荒波に突き出してしまうことになる。


 重荷を押し付けることになる。


 もう一度羊皮紙を広げ、その上に手をかざし青い魔法陣を作る。また羊皮紙が輝き、数刻前となんら変わらない混沌の様相がそこに現れた。


「セラちゃんはやっぱり……。これも、全てあなたの筋書き通りなのですか……?」


 濡れて震えた言葉に答える者は当然おらず、ルナの声は虚しく消えた。

 しばし俯き体を震わせるルナだったが、やがて羽ペンを手に取り、一心不乱に書き始めた。

 二人に待ち受ける壁をどうすることもできない。それでも、少しでも彼らを導く助けとなることを願い、ひたすらに筆を走らせていた。


 投稿しますが、ちょいちょい文章改稿していくので、どうか悪しからず。

 皆さんからのアドバイス、感想、謹んで随時お受けしています。

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