第一話
つたない文章&内容ですが、読んで頂けたら幸いです!
ここじゃないどこか。一つの星が産声を上げた。
宇宙に浮かぶ幾つもの塵が、星の原石が、ぶつかり、砕け、引力に結ばれ一つとなる。空から降り注ぐ雨はやがて海となり、星は那由多超える可能性のの中から1つの世界を、
生命誕生という奇跡を紡いだ。
膨大な力を秘めていた星の原石、それらの激突が成す莫大なエネルギーは惑星に取り込まれ、その原動力となる。
地殻変動。大地が隆起し、海と陸とに分かれ、大自然が形成された。かつて海で生まれた生命は自らの足で地を踏みしめ、一斉に大地へと広がっていく。それは爆発と形容されるに足る逞しさを持っていた。
自然は、柔らかな抱擁を以て慈しむ母の顔を見せる一方で、時に激高し爪を立て荒々しく破壊する父の顔を見せた。
二つの顔に翻弄され散っていく生命もあった。しかし命は確かに育まれた。そして人が生まれ、いつしか彼らはこの大いなる青い揺籠を、ティクナと呼んだ。
そして、今じゃないいつか。人の世は常に遷ろう。その変遷の中で人々が見出した超常の力、魔法。それが世界の根幹を担う理であった時代。
ここに刻むのは、命と絆、心と思いを巡る、人々の軌跡。そしてその先の、犠牲の意味を問う物語……。
今ここに遠き未来の揺籠を描く。
世界は禍つ殺意に満ち溢れ、その地に幾万もの屍が横たわる。幾億もの涙と、幾筋もの血の河が、大地を、人を、絶望に染める。弱き者は暴君の過ぎたる力と欲望に蹂躙され、虐殺される。魔を統べる者、栄光の玉座にて終末を望む。
黒き力世界に満ちる時、示されし者現れる。我はその拳に白銀の希望を託す。我が血を引く、聖地の王位継承者はこれを導く灯たれ。
示されし者よ、世界を渡り、四つの真理の洗礼を受けよ。
一つは古代の怒り眠る場所で力を試す。
一つは偽りの平安に沈む、優しき海にて叡智を問う。
一つは気高き孤高の旅人。身を削り、されど抗い、苦しみの果てに尊き覚悟を示せ。
四色の力その拳に宿し、その深奥、原初の感情に至る時、其は遂に王の力覚醒させる。
聖なる犠牲の上に、遥かなる繁栄は築かれる。
――救世の魔女アリオスナーテ・シュターニアの預言
生い茂る森が暁に包まれ始めた頃。そびえ立つ木々の中の一つに、少女はその身を委ね、力なく座り込んでいた。成年にも達していないだろう、幼さが残るその顔には険しく、苦悶に満ちた表情が浮かぶ。汗が滲み、額に亜麻色の髪が張り付き、その表情を一層無様なものに見せる。
少女の大腿には矢が突き刺さっていた。少女の白い足と鮮やかな対照を彩りながら、地面に赤い溜まりがつくられる。
少女は服を切り裂き、切れ端を口にくわえた。その後震える手で矢を握る。その顔にいくらか躊躇いが窺えたが、二、三度呼吸を整えた後、矢を一気に引き抜いた。
「うっ、ぐぅぅぅ……!」
辺りにくぐもった、甲高い叫びが響き渡り、青い瞳に涙が滲む。同年代の子供は無論のこと、大の男ですら、下手をすれば失神にいたるだろう激痛の中、少女は気力を振り絞り、両手をさらに出血がひどくなった傷に添える。
すると両手が青く光り、その手の先に、幾何学的文様の、青い光の円が現われた。やがて微弱ではあるが、少しずつ出血が収まっていった。緊張が解けたようにその表情は幾分か穏やかになった。全身が鈍く痛むのも、疲弊により感じるべき痛みだろうと思い、両手を傷に当て、ゆっくりと目を閉じた。
少女はある使命を託されていた。それを託した少女の父は目の前で殺された。今際の父から託された使命を果たすため、少女は五年もの間大陸を旅し、諸国を練り歩いた。
度重なる襲撃、迫る脅威、逃れるために信頼できる者に身を寄せるも、敵に殺され、時には裏切られ、またあての無い旅へ……。
終わりの見えない五年の月日は、彼女の身も心も苛んでいった。そしてほんの数時間前、疲弊が彼女に一抹の、そして決定的な油断を生んでしまった。
追手との交戦中、視界の端に映った鈍色の光。投擲された短剣だと認識する前に撃ち落とすも、咄嗟の反応ゆえに僅かに体勢を崩される。目の前に晒された獲物の隙を見逃すほど、彼らは鈍重さも道義も持ち合わせていなかった。
敵の殺意は容赦なく、その牙をもって少女を貫かんと顎を開いた。放たれた矢は二本。一本は顔面間近の所を危うく避け、一本が少女を貫いた。その後数人を倒し、残りの敵から辛くも逃れ、今に至る。
白み始めた空と対照的に、森の中は未だに黒く淀み、周囲数メートルしか視認できない。闇は、文字通り先の見えぬ少女の行末を暗示させるように、声無き叫びでその存在を主張する。少女は恐怖と痛みに耐えながら、鈍くなった思考回路でこれからの自分が取るべき行動を考えていた。
ここで応急手当を済ませる。森のなかで薬草を探そう。これ程の森なら、良質なものを探せるかもしれない。そしてまた奴等の手を逃れ、安全な場所を目指して……。
思考を巡らせた後、少女は呆れたように笑った。自分は何を期待しているのだろう。この国、いや、この大陸に、もうどこにも自分にとって安全な場所などないと分かっているのに。
どこへ行けばいい? 誰を探せばいい? 考えれば考えるほど、頼るべき存在がないという孤独、いつまた襲撃してくるのかという恐怖が少女を苛み、全身が激しい悪寒に襲われた。
冷たい絶望が少女の全身を駆け抜けた。治まりつつある傷口の痛みと別に、先ほどから感じていた全身の痛みが、今や焼けたナイフを全身の内側から突き立てるように少女の体を蝕んでいた。そして目の前が霞み、味わったことのない程の熱を感じ、総身が震える。
「そんな……いやっ、ウソ……」
矢に毒が塗られていた。最悪の可能性を拒否しようとする弱い思考とは裏腹に、刻一刻と歪みを増す視界が、加速度的に熱を帯びる激痛が、問答無用に少女に現実を突きつけた。両手の魔法陣は歪に捻じれ、最早形などない蛍火に成り果てた。その青い光も、弱々しく点滅し揺らぐのみだ。解毒剤、もしくはそれに準ずる薬草は手元に無い。森で探そうにも、既に木に身を預けたまま身動き一つできない。
次第に自分の体が弱りゆくのを感じ、もうどうにも出来ないと悟ったとき、少女は自分の死を覚悟した。
青い瞳から涙が零れた。死に対する恐怖か、敵に対する怒りか、それとも亡き父を思う悲しみか……。様々な思いが渦巻き、せめぎ合い、少女の心の中を掻き混ぜ、その所以を分からなくさせる。その頬を伝う雫も、勿論何も語らない。
「どうして、生きてきたんだろう……」
掠れ、震える声で呟かれたそれは、十と五年の月日を過ごしただけの少女から発する言葉にしてはあまりにも重く、悲しみに満ちた問いだった。
自分の人生は何だったのだろう。何のために生まれてきたのだろう。こんな場所で、一人無惨に死ぬために、自分は今まで生きてきたのだろうか。何も、果たせぬまま。
今となっては全てが遅い。そう思い、少女は輝いていた幼き日々を、旅の中で出会い、自分を守るために戦い、亡くなっていった恩人達を、そして厳しくも自分に精一杯の愛をそそいでくれた優しき父の笑顔を思い、二度と覚める事のない眠りに身も心も委ねようと瞼を閉じかけた。その時だった。
何かが地面を踏みしめ、土が沈み、葉が擦れる音。幻聴かと思ったが、ゆっくりと、しかし確実に、その音は後ろから、少女のもとへと近づいてくる。
反射的に構えようとするが、体がいうことを聞かないと分かると、観念したように力を抜いた。
次第に足音は木の後ろ、座り込む少女の後ろへと近づき、とうとうあと二、三歩程の場所に気配を感じた。
間もなく武器を携えた兵士が目の前に現れ、そして……
少女は全身の激痛と朦朧とした意識の中、次に我が身に起こる未来を思い、その表情を歪めた。その時だった。
木々の間から日の光が差し込む。辺りを暖かく照らし、少女の場所だけ、闇の中から切り離されたように黄金色の世界が形作られる。
蝋燭の炎が、その芯の最期に一瞬強く燃え上がるように、ぼやけていた少女の視界が、一瞬だけ鮮明に色付いた。
そこに現れたのは、村人が着る色褪せた服を着た、驚きに見開かれた黒い瞳、光に照らされ煌めく、銀色の髪をした少年だった。
「だ……れ……?」
弱々しくそう呟いたあと、少女は意識を手放した。