攻略難易度最難関のその理由
ハンナは乙女ゲームのヒロインに転生した少女である。
その彼女の記憶に残った乙女ゲームの情報はそう多くはない。
しかしイベントをこなし、平日の勉強フェーズを頑張れば大抵は攻略できるというのは分かっているし、選ぶ選択肢の傾向や肝心な選択肢は覚えていた。
なので、彼女は入学した後直接顔面を見て攻略先を選ぶことにしていたのだ。
そこで、アロイス・ハーミットに一目惚れした。
アロイスはハーミット侯爵家の跡継ぎで、金髪碧眼のまさしく貴公子といった外見の男性である。
細身ながら筋肉もバランスよくついた体、制服がこよなく似合うような洒落た空気、どこか物憂げな表情がソソる男だった。
ハンナは伯爵家の令嬢である。身分としてつり合いは取れる。それもあってハンナはとにかくアロイスをモノにするために攻略情報の記憶を頼りに努力を重ねたのである。
結果。
ハンナは明日の絞首刑のために牢獄にいる。
さて。
アロイスの攻略難易度が最難関であった理由だが、彼は第二王女の婚約者であり、その第二王女が大層優秀であったから、彼女に打ち勝つためにも優秀でなければならない――というのがゲーム上の理由だった。
実際、ハンナは学校の試験順位を見たが、第二王女は常に堂々の満点だった。
そんな第二王女に対抗してハンナは勉強を頑張り、一点か二点足りない二位にはこぎつけていた。
伯爵令嬢として見れば破格の出来のよさである。
そうして第二王女に負けないほど優秀であることを示しつつ、アロイスに擦り寄っていたハンナだったが、第二王女はハッキリとこう言ってきた。
「あたくしの夫を取るつもりなのならそれ相応の覚悟を持ったほうがよろしくってよ」
エンディングで捨てられる程度の王女様が笑わせてくれるわ。
ハンナはそう思って一顧だにしなかった。
ここで引き返しておけば。
ここで他の男にチェンジしておけば。
そうすれば伯爵家は取り潰されなかったし、ハンナも処刑されなかったのに。
そうして数か月の間、第二王女は時たま牽制をしてきたが、基本アロイスにひっつけていた。
アロイスは何を考えているのか分からないが、近くにいることは許してくれていた。
腕に抱き着いたりは許してもらえなかったし、それ以上――キスや抱擁などもってのほかだったが、貴族だしね。とハンナは勝手に納得していたのだ。
しかし、ある日第二王女を隣に立たせたアロイスにこう言われたのだ。
「付きまとわれて迷惑してきていたんだ。
悪いけど、死んでくれないか?」
そうして近衛兵にしょっぴかれたのである。
アロイスの攻略難易度が高いのは、第二王女がいるからでもあり、アロイスの精神性もあったのだと、乙女ゲームが現実になったことでハンナは思い知ることになったのだ。
アロイスは第二王女にしっかり愛情を持っている。
しかし不器用な性質から伝え方を熟慮し過ぎて、外から見ている分にはなんとも淡泊に接しているように見える。
本当は手を取り合いたいし手も繋ぎたいし腕に抱き着いて欲しい。
許されるなら抱擁だってキスだってしたい。
しかしはしたない願いなのではないかと封印していて、けれどそうして欲しいという思春期男子の欲求を堪えているが故のアンニュイな雰囲気だったのだ。エロガキめが。
そして第二王女はそんなアロイスの悶々を知ったうえで焦らしていた。
ふとした時に手を触れさせることで己の手の柔らかさを伝え、妄想に拍車をかけさせることは時たましていたし、リップはいやらしさのない程度に艶々するものを使って「この唇うまそう」と思わせていた。
それで益々物憂げな色気を加速させる婚約者がムッツリ隠せてなくて可愛い。
もっといじめてあげたい。
歪んだカップルだったわけである。
勿論両想いであるので、そもそも、誰もその間に入る余地などなかったのだ。
それは社交界では常識だった。
しかしそこに割って入ろうとした存在がいる。
誰あろうハンナだ。
彼女は第二王女の優秀さにのみ対抗していた。
アロイスにとって大事なのは愛する第二王女の存在そのもので、ちょっぴり頭が悪くてもそれはそれで……という感じだったのだ。
それを「彼女と同じくらい頭がいいですよ!どっすか!」と売り込まれても。
でもきみ、王女殿下じゃないから。
そうとしかアロイスは言えないのだ。
しかし露骨に邪険にするとあの手の女はないことないこと言って泣き伏してこっちを悪者にしようとするだろう。
アロイスは別ベクトルの物憂げを出すようになった。
気に入らないのは第二王女である。
自分に対するアンニュイを堪能していたのに別の女の処分に困ったアンニュイに浸食されつつあるのだ。
夫婦になるまでのあと少しの間しか堪能できない愛する男の物憂げ姿を奪われてなるものか。
そう思ってふと魔が差して伯爵家を調べたら、なんと麻薬を密売していた。
ラッキー!
第二王女は姉であり王太女である第一王女と父王にその辺を奏上し、伯爵家の取り潰しと一家の処刑を提案した。
二人は躊躇なく頷き、伯爵家は一家丸ごと捕縛され尋問という名の拷問を受けるハメになった。
まあ、麻薬の密売を手掛けていたのは当主と先代のみで、夫人がたや子は一切何も知らなかったのだが。
それはそれとして家のことを知らねばならない夫人の立場で、有り得ない収入があるだとか、収入の割に豪奢な生活をできているだとか、不審に思うべき部分はあった。
子供たちも同じくである。
しかし十五歳に満たない子供にそれを強いるのは可哀想だねということもあって、ハンナの弟であるテッドくん八歳は分家の養子に出されて命だけは助かった。
しかしハンナは十六歳。
立派に責任があるよね、と。
処刑が決まったのである。
ハンナがもしもアロイスに、第二王女に絡まなければ、麻薬の密売は早々見つかるものではなかったろう。
だって、本当にちょっぴりしか流してなかったのだ。
そりゃあちょっとは贅沢に暮らせる程度は流していた。しかし「やべー薬が流通してるぞ、ちょっとこれは問題だ」と騒ぎになるほどではなかった。
その辺の匙加減はどこの家でも分かっている。
ちょっぴし後ろ暗いところのある家など、掃いて捨てるほどあるのだし。
それが表ざたにされ、家がなくなり、一家が処刑となったのは、ハンナが愛し合う二人にちょっかいをかけたから。
下手に権力がある人に迷惑をかけたから。
そう、看守に気の毒そうに説明されて、ハンナは「こんなことになるならアピールされてた男子に靡いてアロイス様は諦めるんだった」と今更後悔したが、何もかもがもう遅かったのである。