第25話 禍福は糾える縄のごとく
(妖魔の血が半分流れているから、なんだっていうんだ。自分を「異質な何か」だと考えているみたいだけど、半分は人間じゃないか)
玲の露悪的な物言いは、どうも敦のカンに障る。「いかにも人間の発想」だとか、騙されやすそうだとか、言われたい放題なのが納得いかない。
情にほだされた父親が死んでいる玲としては、甘い考えをする人間を許せないのかもしれないが、敦としては「それはそっちの事情であって、僕には関係ない」である。
「玲さんが妖魔に敵愾心を燃やすのは当然だろうし、止めない。最前線に立つ異能持ちは、そのくらいの覚悟がなければ折れて戦えなくなるんだろ。だけど、僕を説得しようとは考えないことだ。背中を預ける以上『自分と同じ考えでなければ不安』なのかもしれないけど、僕は玲さんじゃない。違う考えを持った、違う人間だ」
自分の考えを押し付けるなと、敦は突っぱねる。
睨みつけた視線の先で、もはや玲にしか見えない絹は、明らかに機嫌を損ねた様子で薄く笑った。
「敦くんのそういうところ、俺は本当に嫌いだ。軍が規律を重視し命令系統を絶対とするのは『全員同じ考えでなければ勝てない』からだよ。個人的な感傷とか思い入れを持ち込まれると死ぬほど迷惑なんだ。というか死ぬ。『悪意』の想像がつかない奴って本当に邪魔。世の中には君の想像もつかないような、とんでもない悪意があるんだ。『まさかそんな』と言っているうちに、命取られておしまい!」
イライラしているのが、実によく伝わってくる。玲のような手合からすると、敦はどこをとっても柔弱で頼りなく死にやすく見えるのだろう。
わかるのだが、敦としても折れることはできない。
「それなら、玲さんは自分の相棒には同じ考えの相手を選ぶべきだった。この僕を指名したからには、自分とは全然違う見方をする人間がいなければ、妖魔探しが行き詰まったままだと考えたからじゃないのか。いまさらぐずぐず言われてもうるさいだけだ。少し黙れ」
売り言葉に買い言葉とはこのことで、敦の言動は火に油を注ぐばかりで事態を瞬く間に悪化させる。
「この減らず口野郎が。君こそ黙れ。ここをどこだと思っているんだ、そんな本性むき出しの言動ばかりでは」
ぴたりと、玲は不自然なところで言葉を切って口をつぐんだ。違和感はあったが、玲が黙っても自分は黙らないとばかりに、敦はなおさら強く言い返す。
「どこって、女学校だろ。僕にも玲さんにも本来縁のない……」
玲の視線が、敦の背後へと流れる。なんだ? と首を傾げてから、敦は嫌なことに思い当たり、背筋を凍らせた。
後ろに誰かがいる。
姿形はまぎれもなく絹の玲は、敦の背後に向けて、にっこりと微笑みかけた。その表情だけで、かなり厄介なことになっていると気づきながら、敦は振り返る。
胸の前で腕を組み、感心した様子で自分を見ている楠木菜津と、目が合った。
「ごめんなさいませ、聞こえてしまいましたわ」
なんでだよ、と誰に対する愚痴とも知れぬものを口にして、敦は片手で額をおさえる。
絹と菜津から同時に「御髪が乱れますよ」という指摘が入った。敦は「うるさい」と言い返してから、菜津に鋭い視線を投げかけた。
「立ち聞きとはお行儀が悪い。何か用ですか、楠木のお嬢さん」
今日は女学生らしい着物に袴姿で、足元は紐付きのパンプスを合わせている。おそらくダンス練習のために履物はドレスに合わせているのだろうが、着物というだけで雰囲気はがらりと変わって見えた。髪型も含めて、誰かに似ている? と敦は一瞬妙な感覚を覚える。
菜津は、組んでいた腕を解いて、敦の顔をじっと見つめ返しながら答えた。
「私、高槻さんと仲良くなりたかったんです。『将を射んとする者はまず馬を射よ』の意味で」
ふと、菜津の出で立ちは胡桃に似ているのだと気づいた。つまり、いまの敦に。なぜそんなことを? と思いながらも素早く言い返す。
「勘違いでなければ、それ私を、馬扱いしています?」
聞き捨てならないぞと敦は食ってかかったが、菜津は「馬は大切です」と真顔で絶妙な返答をする。答えになってはいないが、「軽んじてはいない」という意味だろうか? と敦がなんとも言えない顔で首を傾げていると、菜津はその隙に話を進める。
「柿原の若様は、高槻胡桃さんに夢中でまったく脈が無いのはわかりましたけど、しょせんあの方との婚約は私の意志とは無関係に親が望んでいることですから、どうでもいいかと思いまして」
絹の姿のまま、玲が遠慮なく噴き出した。それはさすがに無しだろうと敦は咎める視線を送ったものの、菜津は話をやめない。
「私としましては、ダンスの合同練習で女学生の皆さんを虜にした高槻敦さんにお近づきになれれば僥倖と思っておりましたのに、あの日以来お姿を見せてはくださらないものですから。お風邪でもお召しになったのかと、心配しておりまして、妹である胡桃さんにお話を伺いにきたのですが。声を作らないと、そういう感じなんですね。高槻……胡桃さん? それとも、敦お兄様?」
とても面倒なことになっている。
敦は万感の思いを込めて、絹の顔のまま余裕綽々とばかりに笑っている玲に対して恨み言を言った。「お前のせいだ」と。
玲はどこを吹く風といった様子で、敦の肩に気安く腕を回してきて「こうなったら仕方ないよ、協力を仰ごうじゃないか」と開き直った口ぶりで言ったのだった。




