第24話 交わらない思い
妖魔がいて、対抗手段としての「異能」がある。
人間と妖魔は、その出会いの初めから、和解することなく滅ぼし合うだけの間柄であったはずだ。
転機。
戦いに明け暮れた歴史の果てに、言葉を覚えて人間の世界へと入り込む妖魔が現れる。一見して、人間と区別のつかないその個体は、人間と深い仲となる。
妖魔と人間の間に、子どもが生まれる。境界線が、どろりと溶けて、混じり合う。
(考えてみれば、もっと早くそうなっても、不思議はなかったのかもしれない。異質な存在とはいえ、近くで生きているとは、本来そういうことなのだから)
敦の視線に気づいた絹が、にこりと笑う。
意識して見れば、表情が以前とはまったく違う。玲だ。
「何か言いたげな顔をしているね、敦くん」
昼休み。木陰で二人並んで、傍目には睦まじく弁当を食べているように見えるであろう場面。
敦は手にした握り飯をはぐっと噛み締めて、咀嚼しながら「べつに」と答えて、絹から視線を逸らした。
(妖魔と人間の子。自分を産み落とした妖魔を探している。人間の世界に「それ」が紛れているのであれば、探すのは当然だ。いつまでも、おとなしく潜伏を続けるとは限らない。いずれ何か事を起こす。何か……)
そこまで考えて、敦はためらいながら自分の疑問を口にする。
「妖魔を見つけて、どうするつもりなんだ。もしそれが、葉室玲を産み落としてからずっと人間のそばで、妖魔と気づかれぬ完璧さで擬態して生きてきたのだとすれば、おそらくそれはもう、人間と変わらない存在になっている」
「妖魔だよ」
絹は、玲の口ぶりで突き放したようなことを言う。
敦にはそれが、その妖魔に気を許すことのないよう、自分を戒めている態度のように思われて、なんとも言い難い気持ちが込み上げてくるのだった。
それは妖魔であり、決してわかりあえぬ存在なのだ、だから見つけ次第排除せねば、と。
結論ありきで、決意の上塗りを続けているみたいだ。それはそれで思考停止ではないかと、うっすらとした反発を覚える。
妖魔の識別に「言葉」を置いた時点から、敦の中では言いようのない思いが渦巻いていた。
「言葉を学ぶ過程では、正確な使用法にたどりつくまでに、いくつもの推論をし、失敗をすることが不可欠だ。正しい話法、つまり不自然ではない会話ができるようになるまでには、相当な知識が必要となる。しかもそれらを有機的に結びつけるためには、以前も言ったように自我を形成するのが手っ取り早い。会話が成立しないと変な目で見られるとか、言っている内容と表情がちぐはぐだと疑いをもたれやすいとか」
葉室玲を産み落としてから二十年もの間、その営みを繰り返してきたのだとすれば、それは「見た目は人間に似せられても中身は妖魔そのものだった時点」から、おおいに変容している可能性が高い。
「排除が前提なのだと思っていたが、そいつの目的次第では、人間側に引き入れるのもありなんじゃないのか。むしろ、利用して妖魔の情報を引き出すのが得策とは考えられないか」
「考えられない」
玲の顔をした絹は、即座に断言をした。
「どうしてそう思う。言い切るからには、何か根拠があるんだろ」
敦の問いに対して、絹は冷ややかに笑った。
「簡単だ。俺は半分妖魔だ。だからわかる。『妖魔はその程度のことで、本質は変わらない』よ。根気強く人間のマネごとをしているから、なんだって? そこまでするからには人間になりたいと思っているんじゃないかだなんて、いかにも人間の発想だ。根本的に、妖魔の理屈は人間の情とはまったく別だ。そこを理解しない限り、君は簡単に騙されるぞ」
絹は、敦の耳元に唇を寄せて囁く。
“もう誰も傷つけたくない! 君の手でぼくを殺して!”
絹であり玲である存在の父、葉室要を死に至らしめたその言葉を。
「敦くんに忠告をしておく。最大火力を使わないということはね、その時点でもう君は決定権を手放していることになる。自分の決断を、他者に委ねているということなんだ」
「どういう意味だ?」
まったく、忠告の意味がわからないと、敦が問いかければ、絹は立ち上がって敦を見下ろして言った。
「妖魔を目の前にしたら、絶対に手加減をせず、必ず殺す意志を持って確実に討てという意味だよ。自分が取り逃がしても誰かが討ってくれるだろう、そんな気持ちが少しでもあったら負ける。少なくとも、俺はそのつもりでいつも戦場に立っている」
そして、今探している個体を見つけたときには、いつもと同じようにそいつを討つさ、と。




