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身代わりの男装令嬢は異能の青年に溺愛される  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【5】

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第23話 胡桃の異能

 数日、瞬く間に過ぎた。


(敦兄様もお忙しそう。いつも何か考えているご様子ですし、あまり家でも笑ったり話したりなさらない)


 気にはなるが、胡桃としても会話がないのは、実はありがたい。薄氷を踏むような入れ替わり生活に加えて、敦にまで秘密を抱えている自分が、どこでボロを出してしまうかわからないからだ。


 女学生が録銘館(ろくめいかん)の夜会にダンス要員として出席する。つまり、胡桃も正式に招待される立場なので、紛れ込むために小細工をする必要がなく、正面から入れることになったのは、ひとまず作戦上はありがたい。


 隠すことでもないので、予定そのものは両親に正直に話していた。

 当然の流れとして準備はどうするのかとの話になったが、今回は急なことで学校側がドレスや装飾品を用立ててくれる、と説明をした。


 実際、国の威信をかけての行事ということもあり、希望する女学生たちのためにお針子が募られて、急遽ドレスが何着も作られている。希望しないのは、楠木菜津のようにもともと予定を組んでいたり、自前で贅沢なドレスを用意できる家の者だ。

 胡桃は「大丈夫です」と学校の援助を断り、星周の手配に任せているのだが、その話を家族の前でするとややこしいことになってしまうので、黙っている。


 ここ数日、胡桃の代わりに女学校に通っている敦には「当日、ドレスで男女の入れ替わりは危ない」と主張し、胡桃自身が星周とその場で過ごす予定であると嘘にならない範囲で説明をした。敦は「夜会なんて何があるかわからないから、虫よけに星周がそばにいるなら、その方がいい。どうせ星周も楠木のお嬢さんよけに胡桃を使うつもりで、ドレスも意匠を揃えたいって言っているんだろ?」とけろっとした様子で答えていた。


(……敦兄様は、星周様が「高槻胡桃」に対して、なぜか重い思い入れがあることは、ご存知ないんですよね?)


 まるで知っているかのような反応だったのが、少しばかり引っかかった。だが、入れ替わり初日に、合同ダンス練習の場で打ち合わせなしのまま、二人で楠木菜津を退けていたのだ。星周の態度や言動で、察するものがあったのかもしれない。少なくとも「星周は菜津を避けたい」ということは伝わっただろう。どうせなら協力してやってくれと、友人として思っていてそうだ。


 なお、敦としては夜会の日までに、女学校での妖魔探しにけりを付けたいとのこと。

 たしかに、いつまでも続けられるものではないので、引き際は肝心だ。


 幸いにしていまは、ダンスの練習の他、お針子による仮縫いからの試着など、通常の授業が中止になるほど変則的な動きになっており、学内へのひとの出入りも増えていることから、調査で何かと出歩くのもかなり融通がきくらしい。


 妖魔の目星は、ついたかもしれない――


 敦は胡桃に対してそう言うものの、それ以上はまだ言いたくない素振りで、胡桃も無理には聞かなかった。言いたくないことがあるのは胡桃も同じだからだ。


 胡桃もまた、大学の空気が慌ただしいのを良いことに、初日以降は学生たちの動きに巻き込まれぬよう、ダンスの練習のための移動の際にさっと星周と抜け出して、他の学生たちとは別行動を取るようにしている。

 つまり、星周と二人きりでいることが多い。

 これは入れ替わりをごまかすために必要な行動とはいえ、敦が相手でも言いにくいものがあった。

 二人で何をしていると詰め寄られたら、きっと胡桃はぼろを出してしまう。


(遊んでいるわけではないんですけどね……っ)


 何をしているか。

 実戦に備えた訓練である。


 * * *


「私が持っている『異能』に関しては、家族しか知りません。まったく実戦向きではない上に、上限のようなものがわからないので、申請しようもないんです。専門機関で検査をすることには、家族が反対しています」


 星周に「異能」を打ち明けたのは、二日目のこと。


 ダンスの練習に出かけるという学生たちには「遅れていく」と言い訳をし、星周が先輩から鍵を預かっているという、大学の研究棟の隅の部屋に二人で向かった。

 乱雑に新聞や本が積まれた机、床に散らばった文字を書きかけた紙。いかにも気難しい人物が使っていそうな研究室で、舶来品らしきソファに向かい合って座り、胡桃は居住まいを正して「私の異能について話します」と告げた。

 星周は「無理に聞き出そうとは考えていない」と言ったが、覚悟を決めた胡桃はそれを制して言い切った。


「私は、怪我の治療ができます。病気や原因不明の痛みなどにどの程度効くかはわかりませんが、血の流れる傷を塞ぐ程度の能力はあります」


 星周は、瞠目して呼吸を止めたようだった。

 やがて、深く息を吐きだすと、思わずのように呟いた。


「敦より、相当厄介な力だな」


「はい。そういう反応になるのは、予想ができていました」


 胡桃が言うと、星周は澄んだ瞳でじっと見つめてきて「悪い意味では言っていない」と前置きをしてから続けた。


「有用だが、ひとに言わない方が良い能力であるのもわかる。『異能』は、代償なしに使えるものではない。俺はそれこそ体力が回復すれば使えるが、そういう『対人間』に効果を発揮する特殊な異能は、『対妖魔』とはまったく別系統だ。何を代償にするかわからない。やむにやまれぬ場面以外では、絶対使わない方が良い。少なくとも、他人に使い方を強制されてはいけない」


 星周の危惧が、胡桃にはよくわかる。

 本来『異能』は妖魔との戦闘において、その効力を発揮するもの。それを人間に対して使うのは、禁忌とされている。過去その禁忌を犯した者というのは、歴史的に見て極端に少ない。


(一説には、攻撃系統の異能を人間に向かって使った時点で、記録上は「妖魔と遭遇」として処理され討伐対象となり、異能持ちによって討たれた後は「妖魔との戦闘で命を落とした」とされ、人間対人間という形での証拠は残さぬようにしてきたとまことしやかに言われておりますが……)


 それは妖魔という「敵」に対してのみ使われる能力であり、「異能」持ちは英雄でありこそすれ、人類の敵となることはないと、能力を持たぬ者たちに知らしめるための暗黙の了解。

 そうでなければ、数において圧倒的に少ない上に、怪我をすれば弱り寿命を迎えれば死ぬ人間としての側面がある「異能」持ちは、用が済めば妖魔同等の脅威として排除されかねないからだ。つまり、いまこの時代のように、妖魔との戦いが落ち着きつつある時においては、まさに。


 一方で、「治癒能力」という「異能」がこの世にあるとすれば、それは妖魔に対して使うものではなく、戦闘で傷ついた「人間に対して使われるもの」となることであろう。

 異能の中では特殊すぎて「厄介」と言われる所以である。


「敦兄様の持つ異能も、異端です。周囲の異能持ちの能力を増大させるのであって、妖魔に直接働きかけるものは少ないですから。ただそれだけに、他の『異能』持ちと組まねば無能といいますか……。暴走の危険性はとても低い力です。私の場合も、暴走や対人の敵対行為に効力を発揮するものではないですが……」


 わかっている、というように星周は頷いた。


「妖魔が出現しようがしまいが、擦り切れるまで他人に利用される『異能』だ。まず、専門機関で上限を見ようとすれば、程度の違う怪我人に対して、治癒を発揮する実験を繰り返すことになる。その過程で胡桃さんは相当に疲弊するはずだし、かなりの傷も治せるとわかれば、前線送りになるよりどこかに幽閉でもされて、妖魔とはまったく関係のない場で使い続けることになるだろう。たとえばその能力が君の寿命と引き換えだった場合、君は使い潰されて死ぬ」


 それこそが、胡桃の「異能」に気づいた家族が、ひとに知られてはならぬと口を閉ざした理由でもあるのだった。


 平和な時代であれば、抜きん出た者として危険視される星周のような「異能」持ちは、自分を律する精神力を持つよう、幼少時から厳しくしつけられている。

 敦のように、他の「異能」持ちがいてはじめて真価を発揮する者は、脅威とされないまでも利用されることについて、常に考えることになる。

 そして星周が表現したように、本来の異能の系譜とはまったく別系統である、胡桃の持つ「異能」は。


(争いを生み、当人には不幸しかもたらさないと)


 他人を攻撃する力ではないにもかかわらず、危険度においては群を抜いている。


「両親と敦兄様からは、たとえ嫁ぐ相手であっても、言う必要はないと言われ続けてきました。怪我を治せるとはいえ、万能かどうかもわからず、限界もわからない。そんな不確かな能力は、最初から無いと思って、頼る気持ちなど持たない方が安全だと。そういうわけですので」


 胡桃はそこまでひといきに言い切り、星周の目を見て告げる。


「私に、兄様と同じ働きを期待されても、無理なのです。異能らしきものはあるのですが、頼りにはなりません。ですが、足手まといにはなりたくありませんので、想定される危機的状況や、私の動き方について、星周さまの作戦を教えていただけますでしょうか」


 薙刀は得意ですし、人間相手の近接戦ならなんとかなるんですよ~、と胡桃はおどけて言った。

 白皙の美貌をこわばらせていた星周は、ほんの少しだけ表情を和らげると、胡桃の目を見つめて「わかった、できる限りのことをする」と確かな声で請け合ったのだった。

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✼2024.9.13発売✼
i879191
✼2025.2.13配信開始✼
i924809
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