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私達にも安寧な生活を!  作者: 枯木えい
五章:瑠璃と春空
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5-09 天空の龍と鋼鉄の鳥




 地上班、つまりはギャレットを筆頭にして、バルベナの中央病院に集った面々。

 彼らはエドからの通信を聞きながら、レヴァのテロ行為を停止させるべく支援を続けていた。


「ねえ、ねえ。なんでエドはもっと速度を上げて戦闘機を追いかけないの?あの人ならきっと音速でも超えちゃうんでしょ?」


 そう問いかけるカミヤに、アンリが気難しい顔のままで答える。

「あの男なら本当にやりかねないが。そうしなかったのは賢明だな」

「なんでさ」

「お前さん、物体が音速を越えると何が起きるか分かるか」

「…タイムトラベルする?」

「全然違う」


 眉間の皺を増やしながら、彼は続ける。

「洒落にならんほどの衝撃波が発生する。音の塊が四方八方に飛び散るんだ。距離にもよるが、窓ガラスは軒並み割れるし、俺達の鼓膜はぶっ壊れる。そんな衝撃波を巻き散らしながら追いかけっこを始めて、しまいにゃ地上スレスレを飛ばれたりしたら、この街はワルプルギスの夜の時よりひでぇ事になるぞ」

「うえ。またウルフセプトの店が滅茶苦茶になるのはいやだ」

「そうだろ。だから、あの男はなるべくレヴァを刺激しないことを選んだ」


 ほお、とカミヤは感心したように息を吐く。

「…で、じゃあどうするの?」

「それを俺達が考えんだ。こっちからエドに指示出して、長期戦になる前にあの宙船を落とす」


 陰で、アディは「だから落とすなって」と釘を刺した。


 今まで静かにしていたレテが、ギャレットの背後から通信機を奪う。

「おい、エド。今、こっちには余とレリアもおる。もし、我々の力が必要になったらそう指示を出せ。貴様に魔力支援をするなり、都合のいい『偶然』を引き当てるなり、上手いこと手伝うことは出来るはずだ」

『―――レリアも、そこに?…ありがとう、君が助けに行ってくれたのか。助かる、君達の力があれば百人力だと思う』

「ふん、『人』で数えるな。神は一柱と数えるものだ」

『うん』

「返事が軽いな…」


 なんとなく肩を落とすレテから、またギャレットが通信機を回収して話を始めた。

「エド、考えはあるのか?減速させる手立ては?」

『魔術の強制破棄装置キャンセラーを持ってる。あの機体の速度は、魔術での補助ありきで成り立ってるみたいだから、至近距離でぶつけてやれば、今以上の加速は出来なくなるはずだ』

「お前も魔術で飛んでるだろう、巻き添えになって落ちるぞ」

『その時だけ、無理矢理に彼の機体にしがみつくよ。航空機のほうは一度刻印を破壊されたら再起不能になるけど、僕は空中でも術式を再構築できる』

「…」


 ギャレットが口を噤んだにも関わらず、背後でレテが「なんだこの化け物は」と呟く。

 ようやく何か考えが浮かんだらしいアンリは、ギャレットから無線機を預かると、ゆっくりとした口調でエドに声を掛け始めた。


「おい、蒼角。今、結局のところ、標的の航空機に接近する方法を決めあぐねてるんだろう。直接触れられないことには、作戦を始められない。だが無理に接近を試みてしくじれば、最悪泥沼になって取り逃す。そう言う状況ってことで、合っているか」

『あ、ああ。その声、もしかしてセブレムの理事長さんですか。ええ、おっしゃる通りです。あの航空機のスペックが分からない。真っ向勝負になった時に、もし向こうのほうが速度でも持久力でも勝っていたら、作戦は失敗です。だから無茶はしたくない』

「なら、何とかなるかもしれん。お前さん、目もいいんだろう」

『そう、ですね。今、標的は推定で十五キロ先に居ますが、捕捉は出来ています』

「型番は見えるか?奴の性格なら、これ見よがしに機体に書いてる筈だ」


 目を凝らしているのか、少しエドの返答までに間が空く。

『A-4618.4782。多分、そう書いてある』

「よし、ちょっと待ってろ。確認する」


 ギャレットが、「確認するって、なにを」と問う。

 アンリは、呆れたように彼の顔を睨んだ。

「おめぇ、セブレムの機器の命名規則、覚えてねぇのか。頭文字は機器種別、番号は識別番号。レヴァは昔から、識別番号をアクセスコードと紐づける悪い癖があった。セキュリティ上よろしくねぇから、そのうち指摘してやろうと思っていたが、俺が言う前に奴は居なくなっちまったからな。多分、今もそのあたりのいい加減さは変わってねぇ」


 後ろでは、なんにもわからない、という顔をしたカミヤ、レテ、レリアが座っている。


 アンリは、「五分待ってろ」とエドに告げた後、病院施設内の機器から外部へアクセスを始めた。

「ギャレット。お前、レヴァが垂れ流してた映像通信のログを漁って、アクセス元の情報を割り出せ。多分、蒼角の無線機を中継すればこっちからの攻撃も通る。パスの推測は俺がやる、分担だ」

「えっ」

「日頃からシステムに触れてねぇジジイにゃ無理だよ、ハッキングなんか。今はユアンが居ねぇんだ、お前が一番適任だろ」

「マジかよ」

 ギャレットは、苦い顔をしながらアンリの隣で解析を始める。



 しばらくして。

 アンリはまた通信機に声を掛ける。

「聞こえるか」

『ええ、聞こえてます』

「十秒後に、奴の航空機の制御を一瞬だけ奪う。多分、すぐに制御は奪い返されるから、俺が行けと言った瞬間に距離を詰めろ。後はお前さんに任せる」

『―――ありがとう。充分です』


 僅かな時間の後、残り五秒から、アンリはカウントダウンを始めた。

 タイミングを合わせて、ギャレットが実行キーを叩く。

「今だ、行け!」


 アンリの指示に合わせて、エドは出せる限りの最高速度で目標の航空機に接近する。


 その瞬間、強い風が吹くように、病院の窓ガラスが音を立てて揺れた。




◇ ◆ ◇




 レヴァは制御盤を強く叩きつけていた。


「くそ、技術者は軒並み拘束なり眠らせるなりしておいた筈だろう!誰だ、こんな遠距離でハッキングなんて成功させる頭のおかしい奴は!」

 露骨に苛ついた表情で、背後を映すモニターを見る。

 およそ人とは思えないような、魔力を雷のように纏うエドの姿が近づいて来ていた。




 機体の外、追い付いたエドは右側の翼に手を掛けて、飛行に使っていた複合魔術を解除する。

 元々正面から受けていた風圧が、轟音と共に、彼を強く吹き飛ばそうと牙を剥く。


 彼が妨害装置を取り出して使用を試みた瞬間、その機体は制御を取り戻したらしく、大きく方向を変え、エドを振り落そうと複雑な軌道を取って飛び始めた。


 さすがに生身で戦闘機にしがみつくのは辛いのか、彼は呻くような声を上げながら両腕で身体を支える。

 妨害装置は取り落としこそしないが、上手く使うほどの余裕も無い。

 突如として機首を真上にあげて飛ぶような動きを幾度も見せられ、エドは何度も機体に身体を叩きつけられ、あるいは肩が外れるような勢いで引き寄せられた。


「この速度でほぼ直角に曲がるとか、中はどうなってるんだよ!死んでないだろうな!?」

 思わず、そんなことを叫びながら体勢を整えようと手足を動かす。

 振り解かれたら負け。

 その状況で、彼は意地でも魔術効果だけでも解除しようと躍起になる。


 彼がしがみついていた部分のすぐ横、機体からは銃のようなパーツが現れた。

『諦めろ、エド。死にたくないなら手を離せ』

 聞こえてくるのはレヴァの声。


「…生存報告どうも!!」

 舌打ちをしながら、エドは身体を逸らして銃撃を避ける。


「こっちの声は聞こえてるか、レヴァ!聞こえてないかな、こんな風の音だもんな!」

 あらゆる搭載武器から、あるいは周囲の魔術刻印から放たれる攻撃を躱しながらも、エドは一切機体から手を離さず、複雑怪奇な軌道で飛び続ける戦闘機に喰らいつく。


「これだけ大層な戦闘機構だ、衝撃にも強いんだろう!?悪いけど、ちょっとブチ壊すからな!落ちるなよ、頼むぞ!!」

 執拗な攻撃に耐えかねて、エドは腰に差していた打撃武器を取り出し、機体の銃撃装置を薙ぎ払うように破壊して。

 大きく体を回すと、その両足を戦闘機の外板に思いきり突き刺して、そのまま両手を離して仁王立ちするように体を起こした。


「あァ、空気抵抗すっごいな!!」

 ただ、彼は耐え、そのまま妨害装置を構えて。


「―――破棄キャンセル!」

 機体に刻まれた魔術の刻印全てを破壊するコードを実行した。




 途端、機体内部にいたレヴァとベルティーユには、本来の飛行による浮遊感と揺れが伝わり始める。

 魔術による安定効果は切れ、内装からはガタガタと振動音が響いていた。

 レヴァは尚の事苛ついた顔を見せる。


「ああ、くそ!これ以上、邪魔をするな!」

 彼が制御盤を叩くと、今度は戦闘機両翼のエンジンが青白い輝きを放って、機体は今より更に早い速度を見せ始めた。


 ―――機体は一瞬だけ音速を越え、衝撃波ソニックブームがエドを襲う。


「うがっ!!」

 エドは大きく吹き飛ばされて、空中に取り残される。


 魔術による保護を失っていたレヴァとベルティーユも、加速による慣性に耐えきれずに機体後方へと強く転がされた。

 二人は寸での所で致命的な怪我を避けるが、ベルティーユは床に横たわり、レヴァは肩を押さえながら立ち上がる。

 速度が安定した後、彼はまた進行方向側の制御盤に向かい、正常に稼働する迎撃装置に手を掛けた。


「正義と秩序の象徴が死ねば、少しは母さんも報われるだろうよ」

 戦闘機下部からは、隠し持っていたように数発のミサイルが現れる。


 まだ意識を失っていないエドは、更にその双角と瞳を輝かせて、もう一度両手の魔法陣から推進力を得て飛び始めた。

 撃ち出されたミサイルは衝突直前で躱され、すれ違いざまに傷をつけられたことで、時間差で爆発する。


 レヴァは叫ぶ。

「ああ、クソが、化け物がァ!」


 エンジンブーストで一瞬だけ加速していた戦闘機は、次第に勢いを失って、エドに容易く追い付かれるまでに速度を落とした。

 エドは、再度機体上部に腕を掛ける。


 彼に通信が入る。

 ギャレットの声。

『―――おい、エド!?状況はどうなってる、何をしようとしてる!』

「魔術系統は全て封殺した!今の追いかけ合いで機体の動力も限界らしい、このまま僕の魔術で方向制御して、最大限減速させてから地上近くまで連れて行く!」


 そう話した矢先、エドの瞳からは輝きが失われ始める。

 息切れの中、彼は苦笑いする。

「…と、思ったけど。ヤバいな、これ、僕も限界か?」


 先刻の魔獣の群れとの戦いも響いて、彼の力は底を突き始めていた。



『―――エド!そのまま前だけ向いてて!』

 その声は、通信機越しではない。

 聞こえたのは、念話越しのレリアの声だった。


「レリア!?」

 驚いた彼だったが、言われた通りに正面の景色を見据える。

 遠くに、見慣れた街が見える。

 機体は、真っ直ぐにバルベナへ帰る方向へと進んでいた。


 彼の周辺に現れた魔法陣が、機体を不器用に制御しようと動く。

 機体のエネルギーはレリアに流れを制限されて、更に速度を落とし始めた。

『わ、わ!これ、どうやってバランス取るの!?』

「大丈夫、バランスを取るくらいはこっちでできる!減速だけに集中して!」

『向き、変わんない!街に落っこちる!』

「僕が何とかする!」


 機体の速度が、飛行できる限界まで低下して。

 後は向きさえどうにかすれば、何とか街を避けて着地できるところまで到達して、彼は内心胸を撫で下ろしていた。

 不時着直前で戦闘機内部に乗り込んで、レヴァとベルティーユを回収して飛び降りれば、被害は出ない、とそう考えて。

 あと少しだけ機首を左へ逸らそうとしたところで―――




「―――破棄キャンセル

 エドの魔術と、レリアからの支援の全てはその力を失った。


 声のした方向を見れば、機体横の扉から、レヴァが姿を現している。

 彼の手には、先程エドが使った妨害装置と全く同じものがあった。

「馬鹿が。これを作ったの、誰だか知らなかったのか」


 絶句したまま、エドは彼がそこから飛び降りる姿を見る。

「せいぜい、方向制御頑張れよ。ミスったら、この先にいる住人が数百は死ぬぜ。隊長、ちゃんと純粋無垢な市民を守ってくれ」


 レヴァは、嫌味を込めてそう言い放った後、機械仕掛けの飛行装置を背負い、その場から風のように飛び去って行く。

 彼の身体は、瞬く間に光学迷彩で見えなくなっていった。


 エドが咄嗟に、術式を再構築するまでの一瞬で。

 レヴァにより意図的に壊されたエンジンと、不規則な向かい風に揺らされた機体は完全にバランスを失い、うねるように回転しながら街へと落下を始めた。


 スローモーションに見えるその景色の中、彼は考える。

 機体は完全に制御を失った。

 この状況でベルティーユを放置すれば、彼女は無事では済まない。

 彼女を助けようと機体内部へ乗り込んでいたら、市街地への落下を回避するための時間が足りなくなる。

 この状況で、レヴァの追跡は不可能。


『―――ベルを引き摺りだして逃げろ!後は余がやる!』

 その無線を聞いて。

 彼は即座に機体の外板を破壊し、ベルを救出して、戦闘機から飛び降りた。




 戦闘機は、突如発生した上昇気流に煽られて、落下の勢いを緩める。

 レテを筆頭に、病院内にいた筈の彼らは外へ姿を現していた。


 こちらへ向かってくる巨大な鉄の鳥に向かい、獣の神は、瞳を輝かせて腕を伸ばす。

「この程度の奇跡、起こせずして何が神かァ!!」


 街へ落下する直前、機体は殆ど垂直に上を向き、歪に火を吹くエンジンに浮かされて高度を保ち続ける。

 そのまま、辺り一帯の建築物にはギリギリぶつからずに、彼女達の頭上を、轟音と共に、不思議な飛び方のままに駆け抜けていった。


「ウォォアァァ!!スレスレ!!怖ぇぇ、すげぇぇ!!」

 カミヤが叫ぶ。

 周囲の一同も、思わず頭を守るように腕を掲げながら、その大質量の飛行物体を見送った。


「うは、うははは!!因果を操る神の手にかかれば、こんなものよ!!このまま街の外へ落とす!貴様ら、これからはもっと余を称え―――!」


 地上スレスレで飛んでいた機体は、街の中でもひときわ高い建物へと向かっていく。

 それは、つまり、カミヤが大切にするウルフセプトの本店。


 戦闘機は、その施設の最上階辺りに激突して、爆音と共に大きく破壊した。 

 それからは、跳ねるようにしてまた浮き上がり、遠くへ飛んで街の外へと消えて行く。


「「………」」




 一同は口をあんぐりと空けてその様を見送る。


 ガラガラと音を立てて、半壊した店舗は瓦礫を落とす。

 一瞬調子に乗っていた神様は、背後の少女と目を合わせる。


「何やってんだァーーー!!れっちぃぃぃぃん!!!!!」

「ごめんーーーーーッ!!!!!」


 普段から声の大きいカミヤではあったが、この日ほど大きな声が出た日は無かったという。



 ―――後に確認したところ、人的被害は無かった、とのことだった。






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