5-08 CatWalk,DogFight
一同が頭を悩ませる中。
アンリは、ぶつぶつと呟きながら対処を考える。
「あいつの居場所を上手いこと突き止めてやりたいが。空中から放送してるってことは、ありゃ無線の類だ。発信源を手繰るにゃ外を歩き回るしかねぇ、だが外はあの状況だしな…ああ、くそ。ボケた頭じゃ新しい事は閃けねぇ」
「…ギャレットさん」
サラの呟きに、アンリは少し苛ついた様子で彼女を睨んだ。
「ああ、確かにギャレットならこういう所で頭が回るだろうよ。だが、目覚めないあいつに期待を寄せないでくれ。俺が、悲しくなるんだよ」
「…ごめんなさい」
アディが、恐る恐ると特別病棟に続く廊下を歩いて行こうとする。
「おい、やめろと言っているだろう。行っても何もならん。そも、お前さんじゃ扉も開けられんと言っているだろう」
「もしかしたら、ってこともあるじゃんか!諦めんなよ、治らないと思ってた病気だって、治ることはあるだろ!」
「やめろ、やめろ。許可しないぞ、鼠一匹通さないと言っただろう!」
明らかに苛ついている様子のアンリに、アディも諦めたように戻って来る。
そんな彼らのもとに、慌てた様子の看護師が駆け寄って来る。
「アンリ先生、アンリ先生!大変なんです!」
「やかましい、考え事をしている!ちったぁ機械無しで対応できねぇのか!」
「ギャレットさんの病室に猫が入っちゃって!」
「んあっ!?」
素っ頓狂な声を上げた彼に、アディは「鼠一匹入らせないんじゃなかったのかよ!」と大きな声を上げた。
―――扉を開けろ、中を確認しろと慌てるアンリとサラだったが、システムの不具合で上手く中の様子が確認できないらしく、彼らは慌てて奥の機械室のほうへと駆けて行った。
「…あれ、あの人はどこ行ったんだ」
アディはようやく、その場にカミヤが居ないことに気が付いて周りを見回す。
ふと特別病棟の真反対側、施設の西側に視線を送ると、何か獲物でも捕まえるような忍び足で、室内の柱のほうへ歩く彼女の姿を見つけた。
「何やってんだ、あいつ」
よく見ると、柱の影には別の人影があるように見える。
その誰かは、間近に近づいているカミヤには気が付いていない様子で、辺りをきょろきょろと見回していた。
カミヤが、その人影のもとに辿り着く。
「―――ばあ!!!なにしてるの!!!」
うぎゃああ、きゃああ、と二人分の悲鳴が聞こえた矢先。
カミヤの頭上を、突如育って巨大化した観葉植物が掠めて通り過ぎた。
声の主は、小さな子供と髪の長い女性。
柱の陰に隠れていたのは、レリアとレテの二人組だった。
◇ ◆ ◇
レリアは、街の騒ぎに居ても立ってもいられなくなって、引き留めるレテに我儘を言ってここまでやってきたのだと話した。
なにかをしないと、黙って大人に守られていたら、またきっと後悔するから、と。
「…しっかし貴様。我々を驚かせるとは、怖いもの知らずにも程があるぞ。余の対処が間に合わなければ、今頃、観葉植物に串刺しにされていたかもしれぬ」
「死ぬかと思ったし、殺してしまったかと思ったわ。どうして的確に私のトラウマを増やそうとするの??」
彼女らは、二人揃って跳ねる心臓を抑え込んで、信じられないという顔でカミヤの顔を凝視していた。
「えへ。やりすぎちゃった、ごめんね」
間一髪、もといレテの権能に救われて観葉植物の攻撃を回避できたカミヤは、床に滑り込むように倒れ込んでいる。
レリアにぽかぽかと背中を叩かれるカミヤは、そのままの姿で舌を出してお茶目に謝って見せた。
アディは、見慣れたレテの姿を見て、心なしか嬉しそうに悪態をついた。
「なんでここに居るんだよ、お前。何しに来た」
「何しに、とは心外な。元はレリアのお守りのつもりではあったが、ベルが攫われたと知れば余も動く。あの細長男からベルを取り返すのだ」
「…神様なら、始めからこの事態、防げたんじゃないのかよ」
「うむ。真に遺憾だが。なんか、上手くいかなかった」
「なんか、じゃねぇよ馬鹿!」
「ああ!こればかりはすまん!」
レテも同じようにアディに背中を叩かれそうになるが、彼はその素振りだけを見せて、そのまま力なくその拳を降ろした。
「助けてくれよ、頼むから」
「…ああ」
見知った顔に会えて緊張が解けたのか、彼は溜め込んでいた不安を露にして顔を伏せた。
ふと、カミヤが顔を上げてアディに問う。
「あ。そういえばさっきオールド先生とサラちが慌ててたけど、何があったの?」
「…特別病棟に、猫が入ったんだってさ。ふん、セブレムのセキュリティなんて大したことないんだな」
その話に、レリアは「猫?」と小さく首を傾げた。
「…」
レテとレリアは、はたと目を合わせて黙り込む。
「それって、黒猫?」
初対面の少女、レリアにそう問われて、アディは戸惑いながら「色はわかんないよ」と答えた。
アンリもサラも戻って来ないままで、幾らかの時間が過ぎる。
ここに居ても仕方ないかと一同が腰を上げようかと思った丁度その時に、特別病棟のほうから何人かの声が聞こえ始めた。
「何だ、誰か来るぞ」
そう言って、レテが身構える先。
看護師たちに引き留められる中で、その制止を振り切って松葉杖をつく大柄な男。
レリアにとっては、非常に見覚えのある男性の姿があった。
二年前に事故で寝たきりになった男、ギャレット・クラフェイロンの姿。
「…お医者さん」
目を見開いて、レリアは固まったままで彼の姿を見る。
「にゃあ」
聞き覚えのある猫の鳴き声が聞こえた。
彼の横をすり抜けて、レリアに挨拶をするように鳴いた黒猫は、そのまま溶けるように姿を消す。
その鳴き声に振り向きもせず、レリアは何かを思い出すようにギャレットの姿をただ見続けていた。
視線の先の彼も、レリアの姿に気が付く。
彼もまた、何かを思い出したように、彼女と目を合わせたままで数瞬固まっていた。
彼は笑いかける。
「元気だったか」
レテの手を振り切って、レリアは走り出していた。
松葉杖の彼のことを押し倒すような勢いで、彼女はその大きな体に抱き付いて大粒の涙を流す。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「また会えてよかった」
なぜ彼女が謝っているのかは、その場の誰も理解していなかった。
誰もが、彼らの関係を知らないまま。
ただ、決して邪魔をしてはいけない時間なのだと、レリアのその言葉を遮ることはしなかった。
彼女は、ただひたすらに、ごめんなさい、ごめんなさいとギャレットに縋り続けていた。
◇ ◆ ◇
上空五千メートル、先進都市バルベナ直上。
誰も気付かぬ遥か天空で、一人の英雄は彗星の如き速さで何者かを追いかけていた。
「―――こちら、哨戒部隊エドワード・ガルグイユ。誰か、この通信を聞いていたら返答を。至急、セブレム職員に伝達を願う」
何度も、何度も。
彼は、風を切る騒音で殆ど何も聞こえない状況下で、懸命に地上の基地局へと無線を飛ばし続けている。
通信を試みるうちに、誰かが応答を試みているのか、ノイズのような音が通信機から少しずつ聞こえ始めた。
『―――こちら、バルベナ中央病院。ギャレット・クラフェイロン。緊急か、エド』
無線に出た想定外の人物に、エドは驚いて声を高くする。
「ギャレット!?目を覚ましたのか、具合は!?」
『つい、さっきな。まだ本調子って訳じゃないが』
僅かに、エドは喜ぶような表情を見せる。
『状況が状況だ。要件があるなら言え、俺が何とかする』
ギャレットの声は落ち着いている。
その様子に、エドは一旦追及をやめて、進行方向へと視線を戻した。
「確認させてくれ。今、君はセブレムのネットワークにアクセスできるか?システムは正常に使えるか」
『うちの爺さんと協力して、なんとかシステムは復旧させた。全部確認できたわけじゃないが、通信の傍受は恐らく無いし、お前の支援も出来る。なにが必要だ?』
彼は手元の拳銃型の武器を確かめるように眺めながら、返答する。
「武器の制限解除。今、衛兵団の機械武器は管理者権限で遠隔停止させられているんだ。魔術の妨害も、遠距離狙撃も使用できない。それをどうにか解除して欲しい」
『待ってくれ、確認する』
少し間を置いた後に、またギャレットから返答が来る。
『気付かなかった、すまない。武器の制限はすべて解除した、必要な機能はすべて使えるようになった筈だ。―――というか、エド。お前、今、どこにいる?どういう状況なんだ、何を見つけた?』
「レヴァの居場所を見つけた」
『何、本当か!?教えてくれ、俺達もそちらへ向かう!説得でも何でも、あいつを止める為の協力なら何でも』
ギャレットがそう言いかけたのを、エドは「無理だ」と一蹴した。
「上空五千メートル。彼は今、ジェット式の航空機に乗って、遷音速で移動している」
『―――遷音速?』
一瞬の間を置いて、ギャレットは間の抜けた声で聞き返す。
その声の背後、どうやら彼の後ろにいたらしいカミヤが、『センオンソクって何!?どれくらい速いの!?』と聞く声が聞こえる。
エドの発言が聞き間違えでは無いとわかったギャレットは、驚きを隠せないままに問いかけた。
『ああ、そうか、うん。さっきから、無線越しの風の音で声が聞き取りづらいと思っていた訳だが。まさか、エド。お前、生身でそれに追従してるのか?そもそもそんな上空にいるジェット機をどうやって見つけ―――ああ、いや、聞きたいことは山ほどあるが!聞いている場合じゃないな!?』
「うん、悪いけど説明している余裕はない。彼に気が付かれないうちに、航空機に細工をする。安定飛行できる速度を下回らせて、強制的に不時着させる。それが、今、僕達のやるべきことだ」
彼の見据える視界の先、豆粒のように見えているのは、明らかに一般には存在するはずのない、戦闘機のような見た目をした中型の航空機。
その航空機は、両翼にジェットエンジンを備え、更には機体を囲い込むように浮かび上がる魔法陣を輝かせていた。
その魔法陣からも力場が発生しているらしく、上乗せされた推進力で機体は最高速度を維持している。
セブレムに匹敵する技術、魔術の知識、『兵器』を作る事に対する才覚。
誰にも発見されない、上空というフィールドを隠れ場所とする周到さ。
それらを持ち合わせた人物は、元々セブレムに所属していた天才、レヴァただ一人だけ。
―――エドは、それに対し、自身の魔術と持ち前の身体能力だけで、同程度の速度を維持していた。
無線機から、ギャレットではない誰か、少年の声が聞こえてくる。
『待って、ちょっと待ってよエドさん!多分、そこに乗ってるのは犯人だけじゃないんだ、俺の姉ちゃんも乗ってんだよ!落としたら死んじゃうよ!』
その声に、エドは少年の立場を察したように、穏やかに返答する。
「君は、あの映像に映っていた女の子の兄弟?大丈夫、落とすと言っても、そんなに乱暴にするつもりは無い。こちらで制御を奪って、安全に着陸できるように上手く誘導するから、安心して」
『そ、そうなの。怪我、させないでよ。元々、足が弱いんだ』
「了解」
そう、微笑んで返事をした矢先。
正面に見える航空機は、今まで左回りの曲線を描くように飛んでいた軌道を外れて、高度を上げてエドを振り解くような動きを見せ始めた。
「マズいな、気付かれたかも」
エドは小さく舌打ちした後、まだ深く追う素振りは見せないままに、様子見を続けた。
「―――気付くのが早いんだよ、化け物が」
エドに追われていることに気が付いた、航空機内の男。
薄暗い機内で、ごく普通の室内を装うように置かれた椅子に座っていたレヴァは、立ち上がって操縦席に向かう。
潜水艦のような、圧迫感のある操縦席に置かれた機器を触ると、彼は飛行を自動操縦から手動操縦に切り替えて、高度を上げることで追っ手を撒こうと試み始めた。
魔術の効果で機内は安定が保たれ、大きく揺れることも無く飛び続ける。
「何故あいつは生身で、この高度で、この速度で呼吸ができるんだ。意味が分からない」
エドの存在に気付いた後、彼は一時的に、地上への映像通信を中断していた。
ただ、地上への『不可視の斬撃』による攻撃は、とある方法で継続して行っている。
「…気持ちよさそうに眠りやがって。こっちの気も知らずに」
彼が振り向いた先には、人質としてとらえられたベルティーユが座っている。
彼女は半ば睡眠状態にあるのか、夢を見るように、気持ちよさそうに身体を揺らしていた。
―――眠りについている彼女は、魔法を使っている素振りは一つもない。
「…」
大きく焦るでもなく、憤るでもなく。
彼は、もと座っていた椅子にまた座ると、大きな溜息を吐いた。
「いいんだよな、先生。俺、これでいいんだよな。やってること、正しいんだよな」
衝動的に不安に駆られるように、彼は頭を抱えて蹲る。
髪を掴み、狂いそうになる思考回路を痛みで誤魔化そうとする。
「悔しかったんだ。この世の中のせいで、俺は孤独になった。だから、これは正当な報復だ。セブレムも所詮はそのための踏み台だ、道具だ。それでよかったんだ」
言い聞かせるように、彼はぶつぶつと呟く。
荒くなる呼吸を抑えようと、彼は懐から薬を取り出して、数も数えず、水も無しにそれを飲み込む。
何度も深呼吸をして、髪を掻き上げて、最後にもう一度深く息を吐く。
「全員、何もわかってないんだよ。そうだ、僕が正しい。先生が正しい」
様子が変わって、目が据わった彼は、不気味な様相でもう一度立ち上がる。
「邪魔をする奴は、全員排除だ。低俗な思想の人間に施しは要らない。殺していい、許さなくていい」
もう一度、操縦席のモニターに視線を移す。
「あの龍人も、先生が目指す完璧な世界には不要な人間だ。殺そう、そうしよう」
そう呟く彼の表情は、窶れ、呪いに染まり。
そこには、彼の持つべき正気はどこにも無くなっていた。




